ディメンションウェーブ-終結-
――――――――――!?
誰の攻撃で仕留めたかは不明だが、引き裂く様な咆哮と共にケルベロスは倒れた。
同時に白いフラッシュが起こり、その場にいる誰もが次の攻撃に身構えた。
が。
閃光が晴れ、やがて瞳に映った光景は青い空と白い雲……元に戻った空間だった。
そしてどこからか白い花びらが吹き荒れる。
周りを眺めると辺りは花畑で、様々な花が咲き乱れていた。
「よっしゃー!」
気持ちの高ぶった誰かが言葉を紡ぐ。
それに釣られて勝鬨を上げ始める人々。
「おつかれー」
「お疲れ様~」
「おつです」
「乙」
オンラインゲームにお決まりの勝利後セリフをバックミュージックにしながら俺は花畑を絨毯にして腰を下ろしていた。
この身体……絆†エクシードは疲労を感じないが、精神的に疲れた。
ヘイトを稼ぐという直前の緊張が途切れたのも大きい。
スピリットにとってダメージを受けるのは強いストレスになるからな。
――ディメンションウェーブ第一波討伐!
システムウィンドウが強制的に表示されて、そう描かれている。
その中にはディメンションウェーブで如何に貢献したが順位になって表示されている。
えっと、俺の総合順位は……。
――総合順位77位、絆†エクシード。
77位か。
このプレイヤー群の中で77位なのは行った方か。
他にも様々なランキングが表示されていて、ベスト五位までは調べなくても名前が載っている。
――合計ダメージ1位、紡†エクシード。
さすがは我が妹。
大鎌の範囲攻撃と大群だったので相性が良かったのが理由か。
おお、物資支援なんかも評価に入るのか。
1~10位までにアルトとロミナの名前があった。
何だかんだであいつ等もディメンションウェーブに貢献していたんだな。
中には一月生活ランキングなどという項目もある。これはおそらく設定された基準から算出された日々の生活を謳歌しているか、といった所か。
料理や家を作ったりするのがこれに入ると思う。
俺は542位だった。
「うわ、8万もダメージ受けている奴がいる!」
被ダメージキングの項目で2位を大きく上回って1位を取っている奴がいる。
なになに?
――被ダメージキング一位、絆†エクシード。
……俺じゃねーか!
頭を垂れて、地面に両手を付いたポーズを取りたくなるつーの!
あれ、良く見ると衣服が外れてインナーになっている。
名前/絆†エクシード。
種族/魂人。
エネルギー/19550。
マナ/8100。
セリン/46780。
スキル/エネルギー生産力Ⅹ。
マナ生産力Ⅶ。
フィッシングマスタリーⅣ。
ヘイト&ルアーⅠ。
解体マスタリーⅣ。
クレーバーⅢ。
高速解体Ⅲ。
船上戦闘Ⅳ。
元素変換Ⅰ。
……まあ、こんな感じだからな。
「装備に必要なレベル……じゃなくてエネルギーを下回ったって事か……」
そもそもこのゲーム装備レベルとかあったのか、知らなかった。
つまり装備に必要なエネルギーを満たせず強制的に解除されたって所か。
しょうがないのでアイテム欄から以前使っていた装備を取り出して着る。
エネルギー不足で強制的に外れた防具はいつのまにかアイテム欄に納まっていた。
そんな感じで順位などをスクロールしているとランキング以外にも項目がある。
――追加スキル及び、アイテムの実装。
他、新技術という表現で道具や既存の特化武器と派生武器などの説明がある。
身近な物で大鎌が戦鎌に特化。片手剣なら派生に双剣。両手剣なら派生に刀。
みたいな感じで今まで以上に武器系統に差が出る形となっている。
所謂ゲーム的に追加パッチといった所か。
次のディメンションウェーブで確認しないと判断できないが、多分ディメンションウェーブをクリアする度に追加アイテムやスキルといったパッチが当てられるのかもしれない。
お、釣竿の項目にリールの実装と書いてある。
これは後で絶対手に入れなくては。
そんな感じで追加項目をスクロールしていく。
「種族の能力解放?」
説明を流し見ていると種族の項目があったので目を止める。
他の種族は後から調べるとしてまずはスピリットからだ。
――媒介石の実装。
魂を現身に維持させる為の依り代となる結晶石。
という触れ込みで、付け替えの可能なスピリット専用装備、らしい。
効果は媒介石によって様々で、エネルギー生産時間を短縮させる物やスキルによるエネルギー使用量を減少させるもの、シールドエネルギーなどが簡易的に書かれている。
そして最後にディメンションウェーブ貢献度に応じてアイテムが送られるそうだ。
総合順位から計算されて1~5位、6~100位、101~1000位、1001~5000位、それ以降で報酬が変わるらしい。
一応俺は77位、多少は良い物が出る事を期待しよう。
報酬を受け取りますか? と選択肢があったので『はい』を押す。
押すとルーレット、数字や果物などの絵柄が回る。
人魂のマークが横一列に並んだ。
――エネルギーブレイド獲得。
おお、これはスピリット的に期待できるんじゃなかろうか。
何故か普段は表示されないアイテム説明が映し出される。
エネルギーブレイド。
武器系統、なし。
攻撃力0。
装備条件、魂人。
装備に必要なエネルギー2以上。
任意でエネルギーを振り込む事で攻撃力を増加させ、一振りに限りダメージを与える。
注意、一度振ると命中の有無に関わらずエネルギーカウントは0に戻ります。
剣身の付いていない柄だけの剣だ。
昔のアニメや映画にこんな感じの武器があったな。
いざという時に力を発揮する選ばれた者が使う光の剣。
イメージ的にかっこいいが効果的にはどうだろう。
個人的には、良いような悪いような、微妙な武器だ。
スピリット専用装備なんだろうが、使い道に悩みそうな武器だと思う。
少なくとも、現状は使わないだろう。
まあそのうち使うかもしれないし、丁重に保存しておくか。
「絆さん」
エネルギーブレイドをアイテム欄に仕舞った所で硝子がやってきた。そんな硝子にお決まりの言葉である『おつかれ』と一言呟くと硝子も同様に返してきた。
しかし当の硝子はディメンションウェーブ討伐が完了したというのに浮かない顔をしている。
心配になって立ち上がりながら訊ねる。
「どうした? 何かあったか?」
「いえ、今回私が無茶ばかりをした所為で絆さんに多大な被害を与えてしまって……」
「なんだ、そんな事か。気にするなよ。ゲームは楽しんだ奴が一番って大昔から決まっているんだからさ」
「ですが――」
硝子の心配している事は俺の総エネルギーの事だろう。
劣勢の時に大群から受けた攻撃、紡を守って受けたダメージ、ヘイトを受け持って受けた致命傷。どれを取ってもエネルギーを失うに等しい攻撃だったからな。例え全て俺が選んだ事で受けた物でも間接的に自分が関わっている事が心残りなのだろう。
だけど俺は知っている。
ケルベロスからの攻撃を何度もあのカウンタースキルで防いでくれた事。
無論チャージの必要な扇子では連続の使用はシステム的に不可能だ。
それでも、あの接戦の中にいて俺に意識を向けてくれた事が嬉しかった。
「ともかく海だよ、海! でもエネルギー的に厳しいか。そもそも現状じゃあ寄生になりそうだな」
「そんな事はありません。私は絆さんをあの先へ至るお手伝いをしますから……いえ、したいんです」
「それは助かる。硝子は頼りになるからな。今回はそれが凄く分かった」
ケルベロスに行なったアクロバットを忘れていない。
そもそも紡と同レベルのプレイヤースキルを持っていた事に驚きだ。
もしも前線組に復帰したいとか言い出したら、というかゲーム的にはそっちの方が世界に与える影響は良いんだろうけど、生憎と硝子はこういう性格だからな、きっと俺達と一緒に居てくれる。
そんな硝子に前線組に復帰するか? という質問は無粋だろう。
「ともかく今日は疲れた。第一に帰ってゆっくり休もうぜ」
「その事なのですが……」
「なんだ?」
硝子は人差し指を口元に当てて『静かに』のポーズを取る。
そして視線だけをケルベロスの死体に向けた。
なるほど……解体か。
ロゼ達に話そうと思ったが色々あって解体武器の効果を話していない。
何よりもあの時の俺は平然を装ってこそいたが少し機嫌が悪かった。
仲間を貶されたのだから当然だろう?
ケルベロスの向こう、プレイヤー達にも目を向ける。
既にイベントが終了したので帰還を始めているプレイヤーは多い。
節約をする者は徒歩だが、前線組ともなると帰路ノ写本を惜しげもなく使っている。
中にはこれから更にモンスター狩りに行くと発言している猛者までいた。
これだけのプレイヤーが一挙にいる場所で解体作業を行なえば当然バレるだろう。
仮に隠し続けるとすれば、安易に解体作業は行なえない。
「少しゆっくりしませんか? こんなに綺麗な場所なのですから」
「……そうだな」
ゲーム製作者も粋な事をしてくれると思う。
ディメンションウェーブを討伐したら辺り一面幻想的な花畑だもんな。
せっかくの現実と卒の無い……下手をすると現実よりも綺麗なのだから堪能するに越した事はない。まあ先程まで戦っていた凶悪なモンスターの死骸が視界にあるのはシュール過ぎて逆に笑えないが。
「絆殿!」
「闇影か、おつかれ」
「おつかれでござる。それより聞いて欲しいでござる」
「おう、何か良い事でもあったか?」
「自分、スピリットランキングで一位になったでござる!」
「ああ、またの名をエネルギー量ランキングか」
総獲得エネルギー量が100万の闇影なら確かに一位を取れそうだな。
今回の戦いも常にサークルドレインを使っていただけに無難な線か。
「そういえばしぇりるはどうした?」
「……さっきからいる」
「うわっ! ビックリさせるな」
いきなり背後から声がしたので驚いた。
潜伏スキル持ちでもないのに存在感を消せるとは中々やるな。
いや、単に俺が連戦で疲れていて注意力散漫になっていたのが原因だが。
終盤、闇影よりも空気だった気もするしぇりるだが、ボス戦闘の邪魔にならない様に雑魚モンスター討伐をしていたらしい。
地味な作業だが、結構重要な役回りだ。
なんていうか、細かい所に気が回るしぇりるっぽいと納得してしまった。
しぇりるは鳥系モンスターが逃げ出したりすると、しっかり追い討ちを掛けるからな。そういう先を読む技術は素直に参考としたい。
ともあれパーティーメンバーが全員揃った。
「まあお前等なら分かると思うが『アレ』のついでに花見しながら祝勝会と行こうぜ」
「良いでござるな!」
「ん」
「はい」
まあ春でも花見なんて現実ではした事がないのだが、戦闘後の高揚感からか、それとも仲間と一緒に何かを成し遂げられた事からなのかは分からないが、妙にワクワクした。
……実際は、花を見るだけなのにな。
「ただ花見るだけなのはアレだな。今度料理スキルでも覚えるか」
「スキル圧迫せぬでござるか?」
「多少厳しいが、最終的には必要になるだろう。海を越えるんだから」
「そうですね。食料的にはアイテムメニューがあるので大丈夫ですが、仮に尽きた場合、誰かが料理スキルを使えれば困らないでしょうね」
「そうなると自然と戦闘スキルメインの硝子と闇影は外れるだろう? しぇりるは既に製作スキルを取っているからきついだろうし、消去法で俺って感じだ」
「……絆がそれでいいなら」
「使っている武器的に相性も良いしな」
釣った魚をその場で料理する。
今までは釣って終わりだったが良く考えたら、どうして取得してなかったんだ。
うん、半ば衝動で言ったが割と本気で取得を考えておこう。
ん?
そうこう考えていると俺達に近付いてくる足音がした。
紡の仲間、ロゼのパーティーだった。
「お兄ちゃーーん! むふー!」
大鎌を持ったまま紡が抱き付いてきた。
抱き止めようと思ったが、エネルギーが少なくなった影響か、のしかかられる形になる。
「大活躍だったな。絆」
「そういうお前等もな。何人か100位以内に入っていただろう?」
「運が良かったからだ」
「これから祝勝会をする予定だがロゼ達も一緒にするか?」
一応訊ねてみるもロゼは少し考えた素振りを見せた。
まあ見知らぬパーティー同士だと気を許せない気持ちが分かるが。
「悪いが今回は遠慮しとくよ。あんまりゆっくりもしていられないからな」
「その感じだとこれから狩りか」
「実装された武器やスキルの効果も調べときたいからな」
「そうか、前線組も大変だな。まあがんばれ」
さすがは前線組といった所か。
あれだけの事があっても直に戦いに身を投じる。
ぶっちゃけると俺だったら一日位ゆっくり休みたいと思う。
まあ俺もゲームに一度ハマると数時間近く続けてやるのだから人の事は言えないか。
まだ何か話があるのかロゼは言葉を続ける。
「それで相談なんだが、扇子の彼女」
「私ですか?」
硝子が不思議そうに返事をする。
この流れはきっとパーティーへの誘いって奴だろう。
まあ硝子の活躍を知れば誰でもパーティーに入れたいと考えるか。
「よかったらオレ達のパーティーに入ら――」
「遠慮します」
ロゼが言い切る前に即答した。
闇影やしぇりるが何か言おうとしていたみたいだが、問答無用で即答だった。
正直、ちょっと意外だ。
硝子は人の目とか、道徳観念などを気にする所があるから、断るにしてももうちょっとやんわりと答えると思っていたからだ。
しかし同時に納得している部分もある。
硝子って本人も口にしていたが聖人君子じゃないというか、こうと決めたら無鉄砲な所がある。だからこんな風に断るのも硝子らしいとも感じた。
ロゼットの方もまさか即答されるとは考えていなかった様で少し動揺している。
「しかし、君の腕前なら前線組でも十分活躍できるはずだ」
「それでも絆さんと一緒に行くと決めているのです。私の魂に誓って」
……初対面の頃から硝子はこういう奴だけど、凄く照れる。
なんとなく出会った時にされたお辞儀を思い出してしまった。
「そうか……絆、引き抜く様な事を言ってすまなかった」
「問題ない。硝子はこういう奴だからさ」
「みたいだ……奴等は見る目がない」
奴等というのはおそらく硝子の元パーティーの事だろう。
スピリットという種族の風聞だけで物事を決めたのは早計だったな。
まあ攻略wikiを全てと鵜呑みにするプレイヤーに陥りがちな知識不足って感じか。
硝子と意気投合したというのだから元は良かっただろうに、本当残念だ。
プレイヤースキルはトップクラスなのにな。
「じゃあオレ達は行くぜ」
「おう、またよろしくな」
軽く手を振り合ってロゼット達は帰路ノ写本を使って飛んでいった。
そしていつまでも俺にのしかかったままのマイシスター。
「あのな……」
「なあに?」
「お前のパーティー、先に行ったぞ」
後ろを振り返りロゼット達がいない事を確認する紡。
そして指を咥えて『う~ん』と首を傾げた。
「どうした?」
「……お兄ちゃん達はこれからお花見?」
「その予定だが?」
「…………」
なんか紡が俺の目をジッと見つめてくる。
この目は紡が真剣にゲームをしている時の目だ。
考え事、というか脳が動いている時の目とでも表現するか。
この状態の紡は全力の姉さんでも止められない。
ある種、トランス状態に近い。
硝子にも言えるが、集中力が高いんだろうな。
紡の場合、好きな事……つまりゲーム限定だが。
そして考え事は終わったのかニコっと微笑み。
「き~っめた! お兄ちゃん、またね!」
そう口にして帰路ノ写本を使い飛んでいった。
なんだったんだ?
「取り敢えず、予定通り花見でもするか」
それから俺達は誰もいなくなるまで話に花を咲かせてのんびり過ごした。