大海原へ
それから船が完成したのは三時間後だった。
いや、実際船を作ったらもっと掛かるんだろうが、そこはゲームなのだろう。
最初こそチラチラと俺達を気にしていたしぇりるだったが、直に集中力を発揮して船はみるみる形成されていき、やがて大型クルーザークラスの帆船が出来上がった。
材料の中でも結構な額がした丈夫な布はこの材料だったのか。
しかし帆船とか実際には見た事無いけど、結構迫力あるな。
今は海に浮かべていないので帆は閉じられているが、これが広がるともっと凄そうだ。
「やっぱ四人で動けるとなると結構大きいんだな」
「そう」
「お? 船の後ろの方に弓みたいの付いているけど、これはなんだ? バリスタ?」
「そう」
「なんでも『そう』だけで片付けるのやめないか?」
「そう」
「…………」
まあいい、今日は俺達の船が完成した記念すべき日だ。
無粋な事は言わないさ。
……今日だけはな。
俺が黒い笑みを浮かべていると硝子がおろおろとしている。
どうやら俺がしぇりるに対して抱いている感情を読み取ってしまった様だ。
「さて、早速海に行くか?」
「……うん」
「自分は船が出来上がってから身体がソワソワしているでござる」
そうだろうな。
身体全体が妙に揺れていて、興奮で飛び出して行きそうだ。
「いきなりで大丈夫でしょうか?」
硝子が未知への不安を洩らす。
確かに俺達スピリットは安全を第一に動かなければいけない種族なので気持ちは解る。
「……大丈夫」
「……しぇりるさん」
見詰め合う硝子としぇりる。
え? 何、そのちょっとフラグ立ちましたみたいな雰囲気。
というか今までの流れ的に突然過ぎないか?
「最初は近場で練習する」
「練習ですか?」
「そう」
「何の練習ですか?」
「そう」
「いえ、ですから」
「そう」
「えっと……」
なんか硝子が助けを求める表情でこっちを見て来る。
まあこの二人に百合フラグが立つ事はありえないよな。
性格的に。
ともあれ間に入って仲介し、俺達は海へと向かった。
†
「じゃ、出す」
アイテム欄からしぇりるは帆船を取り出した。
あの四人が乗れる程巨大な船をどうやって収納したのか、とか考えていはいけない。
この世界はゲーム。
四次元的な効果で取り出したと思って納得した。
ザバーンッと小さな波を立てて海に浮かぶ俺達の帆船。
「そうだ……一応スキル取得しとくか」
誰に呟くでもなく、俺はメニューカーソルからスキル欄を選択。
船上戦闘Ⅰ。
船上専用スキル。
船の上で発生するあらゆるマイナス補正を軽減し、プラス効果を付与する。
毎時間200のエネルギーを消費する。
取得に必要なマナ200。
獲得条件、12時間以上船で行動する。
ランクアップ条件、84時間以上船で行動する。
船上戦闘Ⅱ。
船上専用スキル。
船の上で発生するあらゆるマイナス補正を軽減し、プラス効果を付与する。
毎時間400のエネルギーを消費する。
取得に必要なマナ600。
獲得条件、84時間以上船で行動する。
ランクアップ条件、168時間以上船で行動する。
取得した瞬間、ランクⅡが出現したので、そのままⅡまで取得した。
マスタリー系と違って具体的な効果が書かれていないが、どうなのだろう。
多少損になるが、効果が微妙なら後々マナ半分を犠牲にしてスキルをランクダウンさせればいいか。
「絆さん、行かないのですか?」
言われて周囲を見回すと既に闇影としぇりるが船の上にいた。
なんという速さだ。
「じゃあ、行くか」
「はい!」
大きな船なので、以前の物より安心感がある。
俺はぴょんと飛んで船に飛び乗った。
「うん。行けそうだな」
結構力を入れたつもりだが、ビクともしていない。
これなら硝子と闇影がいれば怖くないはずだ。
ん?
いつになっても船に乗らない硝子に気が付いた。
というよりも船の前で気不味そうな、心配そうな表情を浮かべている。
「どうした?」
「えっと……お恥ずかしながら、ちょっと怖くて」
あ~確かに、船って独特の緊張感があるよな。
揺れとかもあるし、浮遊感みたいのもあって怖い気持ちは理解できる。
「大丈夫だ。海なら多少経験がある。慣れるまで、俺が支えるからさ」
そう言って硝子に手を伸ばす。
硝子は、はにかんだ笑みを浮かべて俺の手を握り、俺は引っ張って船に乗せた。
「な、大丈夫だろう?」
「そ、そうですね。絆さんとなら、安心できそうです」
「それ、勘違いされるから、あんまり言うなよ?」
「……?」
一瞬ドキっと来たじゃないか。
硝子って時々こういう無防備な事言うから怖いんだよな。
これで本人に自覚があったら問題あるんだが、反応からして気付いて無さそうだし。
そんな気分を誤魔化す為に闇影達の方を向くと……。
「タイタニックでござるー!」
「……そう」
闇影が船の先頭で両手を広げていた。
なにやってんだよ……。
しぇりるが微妙な顔しているじゃないか。このお調子者が。
「そういう縁起でもない事するなよ。沈んだらお前の所為だからな!」
「ふふっ」
闇影に注意していると背後から小さな笑い声がした。
振り返ると硝子が笑みを浮かべている。
いや、硝子は良く笑う方だが、今回のは違う。
今までに見た事のない、楽しそうな笑みだ。
「硝子、笑い事じゃないぞ」
「す、すみません。つい」
「つい?」
「いえ、皆さんと一緒にいると楽しい、と思いまして」
「……そうか」
楽しい、か。
MMOの醍醐味は見ず知らずの誰かと一緒にゲームをする事だからな。
「私は今までずっと、強くなる事に固執していましたが、絆さん達とこういう風にしている方が合っているのかもしれません」
「そう言われると照れるな」
前線組の効率から見たら、俺達は相当アレだと思う。
でも、誰も見た事がない海へ向かうと考えると心が躍る。
この感情を共有できた事がちょっと……いや、かなり嬉しかった。
それに。
「だけどな、硝子。俺はネタプレイに生きると決めた訳じゃないんだからな」
「わかっています」
海へ行くのはエネルギー獲得量も兼ねているし、海の向こう側に可能性を見出しているからでもある。できれば硝子がエネルギーを失った事で前線から離脱したのを少しでも補えれば、とも考えている。
無論、絶対に何かあるとは思っていないが、可能ならば硝子が一度夢見た前線復帰の手伝いもしたい。
今はまだ、足を引っ張っているが、四人で何かできれば良いな。
「じゃあ、出航と行くか!」
「はい!」
――こうして俺達は大海原へ旅立った。