マリンブルー
「いた。あれだ」
俺達三人は第一都市にある、一週間前俺が船を買った広場に来ていた。
露店には俺が購入した船と同じ物が並んでいる。
くすんだブルーグレーの髪にマリンブルーの宝石が胸に付いた晶人の無表情な少女。
オーバーオールを着ているしぇりるは一週間前と同じく暇そうに空を眺めていた。
「あの方ですか? 女性の方だったんですね」
「絆殿は婦女子ばかりに目が行くのでござるな」
「……なんか俺、責められてないか?」
謎の追求を無難に避けつつ、露店の前に立つ。
するとしぇりるの視線が下がって俺を見詰めた。
「ん」
……何だ、そのセリフは。
挨拶か何かなのかもしれないが、どうも掴み所がない。
「さっき連絡した絆だ。言われた通り仲間を連れてきた」
「そう」
「初めまして、函庭硝子です」
「そう」
「自分は闇影でござる。何ならダークシャドウでも良いでござるよ」
二人としぇりるは各々に自己紹介を始めた。
しかし闇影さん。あんた、まだそのネタ使うのか。
「……わかった。闇子って呼ぶ」
「くっ!」
咄嗟に口元を押さえる。
「な、何故その名称を知っているでござるか!?」
「……別に?」
このネタに持っていく発想は俺だけじゃなかった。
どうでもいいが、少ししぇりるに共感を抱いてしまった。
ともあれ商談だ。
あまりにも突飛な値段を請求されれば船所じゃないからな。
「それで、船作りの商談にどうして二人が必要だったんだ?」
「どうして船が必要なのか、知りたかったから」
「……? 船の必要性と人数は関係ないのではないですか?」
「そうでもない。一人で船は動かせないから」
確かに小船程度ならどうにか戦えるが、大きな船となるとそれも難しそうだ。
「聞きたい。どうして大きな船が必要なの?」
「嘘を吐く理由がないな。単純に経験値がおいしそうだと思ったからだ」
「……そう」
しぇりるの無表情の中に若干気を落とした様な雰囲気を感じた。
パーティーとしての本音はここまでだが、俺個人としてはまだある。
「後、俺は船を使って海に行った事があるんだが、気になった……というのも強い」
「気になる?」
「ああ。船を作れるなら一度は海に出た事があるだろう?」
「ん」
「妄想と言われればソレまでだけど、俺はあの水平線の先に何かあると考えている。なんというのか、風が呼んでいる様な、そんな気がするんだ」
「……そう。わたしと同じ。あなたなら話しても、いい」
どういう事だ? と顔で訴える。
置いていかれている二人も似た様な表情だ。
しかし我関せずといった態度でしぇりるは口を開く。
若干だが無表情の中に決意の様なモノが見える気がするのは気のせいだろうか。
「自己調査になるけど、今海に注意を向けている人は少ない。皆、第二第三が目的で、無視されてる」
「そうなのでござるか?」
「言われてみれば、一週間位海にいたけど俺以外が船を使ってる所を見た事が無いな」
その影響もあってタイやマグロは高く売れた。
仮にしぇりるの話が事実なら沖の魚が高く売れたのにも納得が行く。
何よりも俺は空き缶商法で金があったが4万セリンといえば結構な額だ。解体スキルを持っていない釣りスキル持ちが稼ぐには少々酷だろう。
そして金を持っているであろう前線組は今、第三都市発見に尽力している。
自然と第一にある海なんて無視されていく、という事か。
「そもそもこのゲームは一人でできる限界がある。最初は泳いで沖にいったけど、途中から進めなくなってる。多分、個人の限界がある」
「まあ、MMOだしな」
なんでも一人でできるなら他人が必要ないコンシューマーで十分だろう。
何よりも普通のネットゲームと違って、セカンドライフを謳っているこのゲームは一人で行動するのもありだとは思うが、やはり他人との交流にも重要な要素を割かれていると考えて何等不思議はない。それに攻略掲示板がないので、自分達で行動を起こさないと始まらない、というのもある。
「……だから海へ行こうと考える、強くてお金のある人、探してた」
「残念ながら、俺はそんなに強くない」
「そう」
「だが、硝子は元前線組だ。プレイヤースキルは相当だぞ」
「私、ですか?」
「おう、間違いなくこの中じゃ一番強い」
「そ、そうでもありませんよ。上には上がいます」
ほんのりと頬を染めて照れた表情を浮かべる硝子。下手に自分は強いという奴よりは何倍も強い。少なくとも俺はそう思っている。
ゲームでは昔から自称普通程信頼できない奴はいない。
良い意味でも、悪い意味でもな。
……対戦ゲームで痛い程経験している。
「わたしは海の向こうに行って見たい。皆気付いてないけど、何かある、はず」
しぇりるは俺と同じ考えの奴だったのか。
いや、誰だってあの大海原を一度でも経験していれば、そう思うはずだ。
この先に何かあるって。
「小船だと途中で海流が強くなって進めない。材料さえあれば船は作れるけど、モンスターも多いし強いから死んじゃう。ソロだと……限界。力を貸して欲しい」
個人的には協力したい。いや、協力する。
例え二人が反対しても協力しよう。
10万セリンは持っているので船を作成する分の足しにはなるだろう。
問題はあのモンスターを倒せる戦力だが、俺は半生産職なので難しい。そうなると最初に戻って二人の協力が必要になる。
嫌なスパイラルだ。いわゆる負の連鎖って奴だろう。
「絆さん!」
「な、なんだ?」
硝子がぐいっと俺の両手を掴んで見詰めてきた。
これはどういう意味でしょうかね。
「協力しましょう!」
「……いいのか?」
「何を言うんですか。人様の役に立つ……とても素晴らしい事です」
函庭硝子。人情に厚い女である。
まあ半分冗談にしても硝子が協力的で良かった。
「闇子さん、もちろん協力しますよね?」
「然様でござる」
しかし、こいつ等妙に融通が利くよな。
硝子に至っては元前線組なのだから、もう少し効率に走ると思っていた。
「まあそういう感じだからさ。俺達はどうすれば良い?」
しぇりるに向き直り、意見を問う。
正直、船を作れるのはしぇりるしかいないのだから、しぇりるに聞かなきゃ始まらない。
「いいの?」
「ああ、見ての通り三人ともスピリットだからな。はぐれ者が多いんだ」
「わかった。必要なのは――」
俺達三人に加えしぇりるも含めると最低四人が乗れる船が必要だ。
海流を越えるとなると当然大きな船は必須だろう。
――必要な材料は。
トレントの木、500個。
丈夫な布、200個。
鉄、20個。
風斬石10個。
結構必要だな。
俺の全財産を出費しても足りるかどうか。
「しぇりるは何個か持っているのか?」
「その内風斬石10個、布100個、木200個は持ってる」
「半分位か……相場しだいでは揃えられるかもな」
「……本当にお金持ち」
空き缶商法とマグロ商法によるあぶく銭だがな。
ともあれ相場を聞くのに最も適した人物が一人いる。
「待っていろ。少し顔が広い奴がいるから、そいつに安く仕入れられないか聞いてみる」
アルトなら空き缶商法の件もあるし、少し位融通してくれるだろう。
何より、あいつは自分が得になる事は頷く。こんな絶好の金稼ぎ、滅多にない。
「では、私と闇影さんは比較的に入手が簡単なトレントを倒して来ます」
「承知でござる」
トレントがどの程度のモンスターかは知らないが、二人の反応からそこまで強くないのだろう。集めてくれるのは助かる。
「……わたしも手伝う」
「それじゃあ、パーティー入っとくか。そっちの方が便利だろう?」
「いいの? わたし、レベル6」
レベルと言われても良くわからない。
それにネットゲームはレベルとか関係なく好きな奴と一緒に組むもんだ。
少なくとも俺は効率より、そっちの方が楽しいと思う。
「レベルとか関係ないだろう。協力した方が何倍も早い。だよな?」
「もちろんです!」
「自分はドレインができるのなら、何等意見はござらぬ」
「……ありがと」
――しぇりるさんをパーティーに招待しました。