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効率が良くて、金が稼げて、人がいない場所

 翌日。

 パーティー結成式という事で最高級ニシンやクロマグロを振舞ったらテンションが上がり過ぎて全員愚痴大会となり、結局酒に酔った訳でもないのに見事に爆睡してしまった。


「で、これはどういう事だ?」


 昨日の事を思い出す。

 道行く料理人に最高級ニシンを渡し料理してもらった俺達は川原で硝子の提灯片手に料理を啄ばみつつ雑談をした。

 スピリットだからなんだっていうんですか、に始まり、コミュ障害で悪いでござるか、自分は誰にも迷惑を掛けていないでござる、だとか、奏姉さんと紡に強制されたネカマプレイへの愚痴を吐きつつも親睦を深めた。

 それは良い。そこまでは覚えている。

 だが、これはなんだ?


「う……ん……」

「……自分……ほん……は……ござ……なん……言わ……い……」


 俺の瞳に映し出されるは浴衣の硝子と下着以外素裸の闇影。

 そしてもちろん俺も下着以外素裸だ。


「え? 昨日何があった?」


 このゲームは全年齢だ。ゲームの仕様上酒類は未成年に制限されている。なので酔った勢いで過ちを犯すなんて事はないはずだ。無論、いやらしい事だってシステム上再現されていない。

 最近噂の18禁ゲームではVR機材を使ってヒロインとのエロ再現、なんて話を聞いた事があるが、そういうゲームじゃないから、このゲーム。


「えっと今何時だ?」


 窓から照らす陽光。少なくとも朝日ではない。

 カーソルメニューを開くと時刻は13・24。

 思いっきり真っ昼間です。

 パーティーを組んだ翌日に寝坊とかどんだけ自堕落なんだ、俺達は。


「おい、起きろ! 硝子、闇影!」


 そう大きな声で叫ぶと硝子の方が眠そうな眼で体を起こす。

 格好を見る限り一人だけ寝巻きを付けている。おそらくは眠った俺達を運んでくれたのではないだろうか。


「おはようございましゅ。絆しゃん……」

「まだ半分眠ってるな……」


 前々から思っていたが宿屋のベッドが性能高過ぎる。

 少なくとも4、5時間は眠ってしまう。

 多分ゲームのやり過ぎに対する不眠対策としての処置なんだろうけど。

 いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。


「硝子、昨日何があった?」

「みなしゃん、眠そうにしていらっしゃっらので、宿に向かったのりぇす」

「うんうん」


 呂律が回っていないが、どうにか意味は聞き取れる。

 どうやら宿へは俺達三人自分の足で向かったみたいだ。


「あのじょうらいでは危なそうでしたのれ、皆で眠る為、大きなへやにしましら」


 大体事情は把握した。

 しかし、しかしだ。


「なんで俺と闇影はほぼ全裸なんだ!?」

「…………はっ!」


 あ、完全に覚醒した。

 硝子は周囲をキョロキョロと眺めると一度頷き、こう言った。


「絆さん、おはようございます。素晴らしい朝ですね」


 とても清々しい笑顔だ。


「もう昼だよ!」


   †


 真実は酷く単純だった。

 硝子は、そのままの格好で眠ってしまった俺達の衣類を思っての事だった様だ。

 このゲームは衣服の皺とか妙に再現されているからな。

 酷い皺になると、結構残るんだ。

 ちなみにクリーニングみたいな店があるので、お金を出せばどんな汚れでも直してくれる。そんなに高い訳でも無いので女性プレイヤーは結構使っているらしい。


「本当にすみません」

「いや、謝らなくて良い。むしろ感謝したい位だ」

「その通りでござる。システム的に安全な宿で休息を取らなければ、何かある可能性だってあったでござる。函庭殿には感謝の言葉しか出ないでござる」


 そう口にする闇影は、目を覚ました直後酷く狼狽していた。

 なんでも他人に素肌を見せるのが恥ずかしかったとか。

 しかも『み、みないで……』とか普通に言った。ござる言葉がロールプレイの一環なのは事実だろう。まあリアルでござる、なんていう奴見た事無いけどさ。


「だけどな、一応俺はリアルでは男なんだから気を付けろよ。この世界じゃ、そういうのができないのは確かだが……こう、道徳的にな」

「そうですね。絆さんが女の子にしか見えなかったもので、つい失念していました」


 確かに今、俺は女だが……。

 これは闇影もそうだが、外見が及ぼすイメージはやはり強いみたいだ。

 俺が素肌を見ても、あまり気にした様子がない。

 元々普通のVR機よりもリアリティが高いディメンションウェーブは種族的特徴を省けば現実とほとんど変わらない。無論美男美女しかいないという現実との違いもあるが、どうみても人に見えてしまう。

 しょうがないとはいえ、二人は俺の、絆†エクシードとしての声と姿しか知らないからだろう。できれば気を付けて欲しいが……まあ俺の方が気を使えばいいか。


「さて、寝坊した分も取り戻さないとな。今日はどこ行く?」

「その事なのですが……」


 少々気不味そうな表情で硝子は考えを話し始める。


「常闇ノ森は条件が私達にとても噛み合っていました。ですが絆さんの『アレ』をこれからも隠し続けると仮定した場合、私の知っている場所では必ず誰かに見られてしまいます」


 何か困った事があるのかと思ったら、よくよく考えればかなり妥当な話だ。

 本音で言えば無理に隠す必要はないと考えている。

 それでパーティー狩りができないのでは本末転倒だ。

 案として夜に行動する事にして常闇ノ森で狩るか? というものが出たが、それも限界があるだろうし、一人二人ならエネルギー効率は良いが、三人となると他へ行った方が良い、というのが硝子の結論だ。


「この際、バレても良いんだからな? 無理に隠す程でもない」

「絆さんのお言葉も理解できます。ですが他者より秀でる要素を安易に手放してしまうのも、私はもったいないと思うんです」

「確かに、でござる」


 まあそうなんだよな。

 これが普通のオンラインゲームなら攻略サイトで膨大な情報を確かめればいい。だが、ディメンションウェーブでは、鍛冶師に作ってもらう武器の材料すら詳細に知っている人は稀なんじゃないだろうか。

 その中で解体武器が最弱武器で使う人が少なく人気がない。その解体武器に偶然攻撃以外の使用用途があった。それだけの話だ。しかし硝子や闇影の言う通り、偶然見つけたこの金のなる木を不用意に公表してしまうのはもったいない気もする。


「要するに、エネルギー効率が良くて、金銭効率も良く、人が誰もいない場所、か……」

「良く考えると凄い条件でござる!」

「私達は少々我侭を言っているのかもしれませんね」


 満場一致の贅沢な条件だ。

 結婚相手に年収一千万を要求するのと同レベルの我侭と言える。

 もしもこんな狩り場あったら、必ず誰かいるよ。

 そうなると少しランクを落とす、なんて事を考えるが結局誰かに見られる可能性は0にはできない。

 というか、そもそもが無理な話なのかもしれない。

 MMORPGのサービスが始まれば、当然人気狩り場と過疎狩り場が生まれる。過疎狩り場は人が少ないけれど、誰も近付かないという事は普通に経験値効率が悪い。


「しかし誰もいない狩り場か……」


 我ながら無茶を言ったもんだ。

 最初からそんな場所がある訳が……待て、あるじゃないか。

 エネルギー効率は正直完全に把握した訳では無いので断言できないが、少なくとも常闇ノ森より強いモンスターが沢山生息している場所を俺は知っている。

 だが、あそこは――


「絆殿? どうしたでござる」

「何か名案を浮かびましたか?」


 二人が期待の眼差しで眺めてくる。

 昨日のリザードマンダークナイト戦の影響か、期待値が高いのが心苦しい。


「一つだけ、現状おそらく誰も近付かなくて、モンスターが常闇ノ森より強い場所を知っているんだが、正直おすすめできるとは断言できない」

「それはどの様な場所なのでござる? 行ってみなければ決断はできぬと思うでござる」


 ……俺は別にそこで良いと思っているんだが、硝子と闇影が気に入るか。

 いや、まあどうせ三人で決めるんだし、案だけでも出すか。


「海だ」

「海、ですか?」

「ああ、以前木の船ってアイテムで第一の海で、沖まで行った事があるんだ。まだ総エネルギー量が少なかったというもあるが、結構強いモンスターがいた。その時は逃げ帰ってきたけど、三人ならもしかしたら……って思ってな」

「なるほど、確かに判断に悩みますね」


 まずモンスターがどの程度生息しているのか、俺達三人で倒せるのか、安全をキープできるのか、簡単に上げられるだけでも知らない事が多過ぎる。

 それでも一応条件はクリアしている。

 船の上なので誰かに見られる確率は低い。モンスターも結構強く、誰も倒していないモンスターなので素材の流通量は確実に少ない。

 仮に解体アイテムを大量に売却しても、そこのモンスターは沢山アイテムを落とす、という事にすればしばらくは狩れる。


「他にも問題があった」

「問題とはなんでござるか?」

「船が小さい」


 俺が持っている木の船+3は精々三人が限界だ。

 しかも『乗るのが限界』だ。

 モンスターと戦う事を仮定した場合、身動き一つ取れない。


「その船という物はどこで手に入れたのですか?」

「ああ、第一の方の露店で自作した船を売っている奴がいて、4万で買った」

「その方と連絡は取れるでしょうか?」

「と言っても名前も知らない、露店商だからな……」

「船が製造物なのでござれば、製作者の銘がアイテムに刻まれているのではござらぬか?」

「そうなのか?」


 オンラインゲームでは製造職が作ったアイテムに名前が付く事は当たり前だ。

 俺は木の船+3をアイテム欄から眺める。

 あった。製作者の欄が確かにある。

 『しぇりる』ひらがなだ。

 重複しそうでしなさそうな、微妙な名前だ。きっと重複したのだろう。


「ちょっと連絡してみる」


 一度断りを入れてからカーソルメニューにあるチャットの欄を選択。

 しぇりる、とひらがなで入力してチャットを送った。

 都合が付けば良いが。

 一応昼なので一週間前に昼間活動していた彼女が生活スタイルを変更していなければ繋がると思う。仮に繋がらなくても夜にもう一度かければいい。

 無論、三回チャットを送って全部拒否されたら連絡を受けるつもりがないと諦めるか、あるいは直接会ってみるというのも手だろう。

 アルト辺りに聞いてみれば、友好関係の広いアルトの事だ。知っているかもしれない


 ――チャットにしぇりるさんが参加しました。


「あ、突然すいません。絆†エクシードと言う者ですが、一週間程前貴女の店で船を購入したんです」

「…………」


 あれ? 反応がない。

 ちゃんと繋がっているか? いや、電話じゃないんだ。間違え電話みたいな事は早々ないだろう。何より別段複雑な名前でも無いのだから間違えようがない。


「聞こえていますか?」

「……聞こえてる」

「それはよかった。それで、ご相談なのですが、先日買った船は二人乗り位のサイズでしたが、もっと大きな船は売っていませんか?」

「……ない」

「そ、そうですか……」


 少し期待していたのだが、そう簡単に上手く行く訳ないか。

 さて、そうなると次の案を考えないとな。


「お時間取らせてすいません。では――」

「だけど、材料さえあれば作れる」

「材料、ですか」

「船を買った人物に心当たりは一人しかいないから……多分あなたの事、覚えてる。4万をぽろっと出せる人なら材料も揃えられるかもしれない」


 なるほど。

 記憶が確かなら、4万セリンで材料と経費だったはず。

 彼女の目的は不明だが船を進んで作っているのだから、材料費さえ出してくれるなら、製造スキル持ちとしては願ったり叶ったりと考えられる。


「……具体的な材料数は船の大きさによる。希望は?」

「三人の人間が自由に動いて戦える位の大きさなのですが可能でしょうか?」

「…………」

「えっと」

「……待って、計算してみる」


 地味に無理な相談しているよな。

 しかし船の材料か。

 仮に今所持している船が3万5000セリン位で作られていたとして、この3倍……いや、4倍から5倍の大きさだったとすると17万程になる計算だ。

 正直、そこまで来ると高過ぎる。所持金も相当オーバーしてしまう。


「……こっち来れる?」

「はい?」

「あなた、こっち来れる?」

「こっちとは第一ですか?」

「そう」

「行こうと思えば可能ですが、今は第二にいるので少し掛かるかと」

「そう」

「一度実際に会おうという事ですか?」

「……そう。できれば、三人と言ったもう二人も連れてきてほしい」


 一度硝子と闇影に視線を向けた後、少し考え。


「仲間内で相談した後で良いですか?」

「ええ」

「それなら、何時頃に行けば良いでしょうか」

「いつでも構わない。あの時と同じ場所で店を出してるから」


 ――しぇりるさんがチャットから離脱しました。


 まだ分からないが少しは前進したのかもしれない。

 ……それにしても主語が無い子だったな。少し話していて大変だった。


「どうでした?」


 二人が訊ねてくる。

 当初より話の内容が変わっている。説明する必要があるな。


「一応連絡は取れた。唯、もしかしたら製作から手伝う事になるかもしれない」

「どういう事でござる?」

「まあそこ等辺の出費は俺が出すから安心してくれ、重要なのはそっちじゃない」

「と、言いますと?」

「製作者に直接会う事になった。本人曰く俺以外にも硝子や闇影に会いたいらしい。一応会うかどうかは本人しだいって事にしたけどな」


 彼女も『できれば』と口にしたので、可能なメンバーだけで行くのが無難だろう。何より彼女にそんな強制力はない。まあ俺個人としては全員で行きたいが。


「それでは全員で参りましょうか」

「了解でござる」

「いいのか? 事後承諾みたいな感じになったけど」

「はい。行き詰っていた状況ですし、絆さんだけに苦労を強いる訳には参りません」

「自分は絆殿と函庭殿の影でござる。影は常に後ろに居る物でござる」


 喜べば良いんだろうが、最後のストーカー宣言についてはごめん被る。

 ともかく俺達は徒歩で第一都市に向かう事にした。

 仮に話が流れたとしても今日の所は多少効率が悪くても夜に常闇ノ森で狩る事になった。ケースバイケース、といった感じの流れだ。



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