臨公広場
「何だ?」
「私も友人からの連絡とアルトさんからの話を聞いた所なんだけどね。急いでカルミラ島に戻ろう? 領地帰還を使えばすぐに戻れるし」
「何があるんだよ」
「先に話すより、私に付いてきた方が面白いと思うよ」
なんだかよくわからんが紡がいたずらをする時と同じ顔をしている。
きっと面白い話を聞いて確かめに行くって所なのだろう。
「いたずらをするような話でしたら出来たら断りたいのですが……」
「そんなんじゃ無いから大丈夫。むしろ私とお兄ちゃんだからこそやらなきゃいけない事って話でもあるから」
「なんだかよく分からんが今すぐやらなきゃいけないのか? 出来たら寝るまで第二都市の川で釣りをしていたかったんだが」
「うん。今すぐやらないと機会を逃しちゃう」
急遽しなきゃいけない面白い事ね……一体何なんだ?
気になるけど、この流れで本当に面白かった事って少ないんだよな。
「絆殿達が帰ってきたでござるな」
「ああ、闇影も戻ったか」
闇影が帰ってきて俺達に声を掛けてきた。
「宿をキャンセルしてカルミラ島に戻るよー」
「一体どうしたでござる?」
「ちょっとね。闇ちゃんと硝子さんがどうしてもここに泊まりたいっていうなら止めないけど……」
硝子と闇影は良くて俺は絶対参加か……なんかどういったネタが来るのか方向性がわかるような気がしてきた。
「そこまでじゃないですよ。事前に知るより現場を見た方が面白いという話ですね。で、いたずらではないと」
「一体なんでござるか? 訳がわからないでござるよ」
「良いから良いから、お兄ちゃん! GOGO!」
「はいはい……」
硝子の予定が大幅にずれかねないっていうのに、一体どんなドッキリが待ちかねて居るのかね。
と、俺達は領地帰還ノ書を使ってカルミラ島の城へと一瞬で移動した。
「よーし、城に戻ってきたー。お兄ちゃん、こっちこっち」
城に戻った紡は足早に俺達を手招きして島の商業地区へと連れて行く。
するとそこはカニバイキング店が見える道路でアルトが待っていた。
「やあ、早速戻ってきたね」
「アルトさん、ありがとう」
「どうって事は無いさ」
「なんだ? アルトまで一枚噛んでるのか? 怪しさが激しく増していくぞ」
「心外な……僕が何でも裏があると思ったら大間違いだよ」
違うのか? っとみんな揃ってアルトに視線を向ける。
アルトの場合、今までやってきた事がな。
「オホン。確かにいろんな話に一枚噛んでいるし、絆くんの稼いだ財産で色々と事業をしている僕だけど、今回の件は直接関わっていないって事だけは断言させてもらうよ」
ここまで断言するならそうなんだろう。
直接関わってないって所も気になるが……。
「アルトがそこまで言い切るのも珍しいな」
「紡くんの事だから知らせずに来たんだろうと思っていたけどね……おっと、話をしようと思ったらなんとやらだ」
サッと紡が俺達を前に出ないように遮りながらカニバイキングの店先を静かに指さす。
夜だから少し遠いんだけどな。
「見つからないようにね」
「だから何なんだよ」
と言いつつ俺は紡が指さした先にいる人物を確認する。
あの人物は……奏姉さん?
最近見かけないなと思っていたが、割と近い場所に居たのか。
「はー」
食った食ったとばかりに奏姉さんが腹を摩りながら歩いて行く。
うん、なんとも言えない姿だ。
姉が娯楽に興じている姿なんてリアルで嫌という程、見た事があるんだが……まあカニ食い放題はちょっと楽しいよな。
「後を追うよ」
「アレって奏姉さんだろ? 姉さんがどうしたんだ?」
随分と久しぶりな気はするけど時々連絡はしているんだよな。
この前の魔王軍戦前にも少し話をした。
奏姉さんって自身のコミュニティというか繋がりに干渉されるのを嫌がるタイプだから、姉だとしてもその仲間達にフレンドリーに応答はしないよう心がけている。
もちろん誘いがあれば手伝う感じで仲良くもするんだけどな。
みんなそれぞれゲームを楽しむってスタンスだし、紡も元々はロゼ達とパーティーを組んでて俺達の方が面白そうだからってこっちに合流した。
「絆さん達のお姉さんですよね」
「そう聞くでござるな」
「うん。ちょっとね」
と、言いながら紡とアルトは俺達の先頭を歩いて行く。
当然、奏姉さんに気付かれない様に距離を取って。
夜のカルミラは賑わいを見せている。
ミカカゲのクエスト以外で遊んでいるプレイヤー達や商人達が楽しく談笑している町並みだ。
そんな町並みを歩いて行くと海岸沿いにあるキャンプ場へと辿り着いた。
するとそこには無数のプレイヤーがテントを張っていて、椅子に腰掛けつつ武器やステータスの確認、各々メッセージを送ったりしているいる光景に出くわした。
なんとなくプレイヤー達はピリピリしているというか……ちょっと変わった空気が漂っている様な気がする。
「ここは?」
「カルミラ島の臨公広場……の一つかな。彼らの言い分では前線組の広場だね」
臨公広場……古いネットゲームなどで使われるLvが近い人同士が臨時でパーティーを組んで、手に入れた経験値や金銭を公平に分配する際に用いられる場所の名称だ。
今では野良とか色々と呼び名があるわけだけど、コミュニティーを広げる手段でも使われる。
誰だって誰かと一緒にパーティーを組んだりして遊びたい。
ネットゲームというのは他人と楽しむものだ。
その足がかりとして、こういう場所が生まれるのは至極当然と言える。
「前は第二都市の広場などが使われていたんだけどね。今ではアクセスの良いカルミラ島のここが臨公広場として広まっているのさ」
「へー」
「とはいえ、彼らは言ってしまえば貧乏前線組だけどね。ミカカゲのビザの冷却期間中にここで物資調達と食事を済ませて宿代をケチって野宿をしているのさ」
「宿代をケチって野宿って……」
どこもそこまで高くはないだろ。
それこそ安い宿ならモンスターを一匹倒すだけでも泊まれるぞ。
「宿代を払うお金があるなら回復アイテムや武具代金にしたいって心理だそうだよ。彼らはこのゲームがどんな物なのかまだよくわかっていない、戦闘一筋でね。しかも運が悪かったり、レアドロップを持っていなかったり、と成功していない方のプレイヤー達なのさ」
「まあオンラインゲームってこんな感じのプレイの人、結構いるからね。他のゲームと同じノリでやってるんだと思うよ」
「なんて言うか……リアルだったら体を壊しそうな生活だよな」
闇影とか硝子は何があっても宿に泊まるスタンスだというのに……俺は地底湖でサバイバルをしていたから言える立場では無いけどさ。
そもそもな話、昔からネットゲームと言えば重度のゲーマーは身体に悪い生活をしているものだ。
ゲームで金銭を得ている職業のプロゲーマーが長年の不摂生が原因で引退なんて話もそう珍しくはない。
「しかし、みんな似たような装備してるな。具体的にはカニ装備だが」
「守備力と汎用の幅がとても広くて且つ安値で取引されているから自然とね。数を揃えられるからみんなガチガチに過剰強化してるって話さ」
「完全にお兄ちゃんとアルトさんの所為だね」
「皆さんの懐をある意味支えている訳ですね」
「まあ、言ってはなんだけど絆君達の装備品はそれを凌駕する一品ばかりなんだけどね」
汎用的で安値で過剰強化もしやすい装備でみんな固めている……ネットゲームあるあるだな。
無個性とも言えるけど、安くて強いんだったら当然だ。
精々雷属性の攻撃がきつくなる程度だけど、雷属性と関係の無い敵を重点的に狩るなら丁度良い装備なんだろう。
「正直、Lvの上限を上げるために日々微々たる経験値を積んで行くくらいなら他の事に力を注いだ方がこのゲームでは正しく強くなれると思うけどね。あくまで現時点の効率で考えたら、だけど」
態々『現時点』と付け加えるのは保険の為だろう。
今後のアップデートの内容や状況によっては環境が一変する、なんてネットゲームでは珍しくない。
俺達も今は勝ち組面していられるが、今後どうなるかなんてわからないのがネットゲームの怖い所だ。
「そうですね……私は絆さんと一緒に居て良かったと常々思っていますよ。楽しんで強くなる。それが何より大事なんだと」
硝子は真面目に俺と一緒に遊ぶ事に真剣に挑んでくれているもんな。
もちろん俺も硝子と楽しむ事を忘れるつもりは無い。
硝子は戦闘に重きを置いているスタイルだし、未知の場所でモンスターと戦うという経験を求めている。
まあ釣りもヌシから取れる素材で作れる装備は結構良品が多いから、戦闘特化でも寄り道程度には良いと言えるか?
少なくとも現状は倒していないモンスターを倒したり、クエストを消化して、強化条件を満たしたりするのが次のディメンションウェーブに備える行動となる。
そういう意味ではカルミラ島みたいな後から全プレイヤーが入れる様になる隠しマップでも見つけられれば良いが……そう何度も見つけられる訳がない。




