ヌシイトウ
「次は……そうですね。未知のヌシを釣り上げて登録するのを目的にしましょうかね」
くすっと硝子が冗談めいた笑いをする。
「おう。こっちも負けないぞ」
「はい」
「ところで思ったでござるが……絆殿、魚以外も登録されているでござるな」
言われて今まで通過したコーナーを思い出す。
そういえばラッコ型の魔物とかも登録されていたっけ。
「魔物が釣れることは多々あるからな、フィッシングコンボとかでそのまま収納してもって来たんだろう」
「釣れるものは何でもいいのでござるな」
「お兄ちゃん。河童とかも登録できるのかな?」
「そっちはー前に島に立ち寄った際に水族館に行ったときに俺が釣った扱いで登録されたんじゃなかったか?」
と、淡水魚のコーナーを進んでいくと悪行河童が水槽内を泳いでいる所を見つけた。
「河童の居る水族館……シュールな光景でござる……」
「釣り上げると戦闘になるから収納不可扱いで登録だけされるんだろうな」
「他にも種類が居そうだね」
「そうだなー今度探してみるのも良さそうだ」
あの渓流じゃそんなに釣ってないしなーとはいえ、あそこで釣った新種はしっかりと登録済みだぞ。
結構この水族館の寄贈者の名前は俺だし。
鮭がどこで釣れるかの確認もしないといけない。
前線組が既にミカカゲの渓流を通過しているから釣り技能持ちが登録に来ていてもおかしくないはず……なんだが登録されてないな。
あんまり前線組に釣り技能持ちは居ないのか? まあ……渓流は釣り辛い場所だしな。あそこ魔物の出現率高めだし。
そうしてまたもヌシのコーナーに確認に行く。
ヌシウナギ
ミカカゲの宿場町沿いの川に生息するウナギの主。
もうすぐ徳を積んで僧に至る所を釣り人に釣られてしまった哀れな存在。
生息地 ミカカゲ・宿場町の川
……これってどうコメントすれば良いんだ?
「絆さん。私たちっていけないことをしちゃったのでしょうか?」
「いや、さすがにそれは無いだろう。単純に釣っただけだし」
「岩魚坊主の亜種設定のヌシでござるな」
「なんだそれ?」
「色々とバリエーションがあるでござるが、要約すると釣り人、もしくは漁師が川で釣りをするか毒を撒いて魚を得ようとしている所に注意をしに来る坊主がいるでござる。その坊主に食べ物を奢ってその場から去って貰うでござるがその後、釣り上げた大物の魚の腹から奢った食べ物が出てきたという話でござる」
闇影ってなんていうか……こう、物語関連の造詣が随分と深いよな。
白鯨も知っていたし、白焼きも知ってたし……知識は豊富だ。
ただ、パーティーの頭脳担当になれないのは本人の行動の所為か。
リーダーシップは取らないもんな。
しかも慣れていない相手に対しては本人の言う通りコミュ障気味だし。
「岩魚坊主って事はイワナが大本か」
「有名なのは岩魚でござるが亜種としてウナギがあるでござるよ。地域によって変わる話でござるな」
「つまりこのヌシウナギはもうすぐ僧……鰻坊主に成れたけど俺に釣られてしまい成れなかったって事ね」
後味わる!
なんか俺が全面的に悪いみたいな扱いじゃねえか。
「とても悪い事をしてしまいましたね」
「絆殿が橋の下に大量に罠を設置していたでござるから岩名坊主……ウナギ坊主が出てきて注意しても何ら不思議ではないでござるよ」
「シチュエーションはぴったりな訳だね!」
やかましいぞ!
「残念ながら俺に坊主は注意して無いし飯を奢ってないから無効だ!」
「そうなる前に釣り針に掛かっちゃったわけですからね……良いのか悪いのか……」
「逆に考えるとこれってつまりこのヌシ素材って魔法系、特に回復系の装備にすると良いって事だよね」
「紡さん……」
空気を読まない妹の効率的な推測。
そうだよなー僧になれなかったって文面から考えると僧侶系の装備素材にしたら良いってヒントになっちゃうよねー。
「ゲーム感覚の闇でござるな……とはいえ、絆殿が釣らなかったら魔物化して戦う可能性もあったかもしれないと思えば事前に阻止したとも思えるでござるよ」
「悪い魔物なのですか? 僧という事は聖職者であるのですよね」
「……」
闇影が硝子のセリフに沈黙してしまった。
「硝子、あんまりその辺りは気にしちゃだめだと思うぞ。そもそも誰かが釣って、このテキストが水族館に登録されるわけだしさ」
「そう……ですよね」
「しかし……岩名坊主か。渓流の主とかヌシイワナとかだったりして似たような説明文で出てきそう」
「否定できないでござるな。他にヤマメ、沿岸部でタラなどを拙者は聞き覚えがあるでござる」
ヌシヤマメとヌシタラが居たらこの亜種である可能性があるのを心に留めて置こう。
「ロミナさんに確認に行く? 回復系の装備にした方が良いのかって」
「それでもいいが、一番の問題は俺たちの中でヒーラーがいない所だろ。闇影が代理ヒーラーだから注文する武器を変えても良いが」
と、闇影に視線を向けると闇影がブンブンと首を横に振る。
「拙者はドレインがメインでござって回復は必要に迫られない限りはしないでござる」
「闇ちゃんの回復、そこまで上位のスキルじゃないもんね。魔力高いから回復量多いけど」
俺達の中で魔法担当は闇影だもんな。
思えば俺達の中でヒーラーが居ないのは大分負担になってきているのではなかろうか。
「よし、アルト辺りをヒーラーとして育てるか」
「無理強いはしちゃいけませんよ」
「守銭奴のヒーラーは嫌でござる!」
「回復量でお金請求されそうだよねー」
確かに……アルトってなんかそういう事やりそう。
ただ、古きMMOでは回復でお金をもらって小銭を稼いだりする事もあったと聞いた覚えがある。
僧侶系が瞬間移動系のスキルを所持しており、遠い町や狩場などへ行けるスキルを所持していたとかで、転送料金を受け取って送り出したりとか。
「ある意味アルト向きだとは思うけどな」
「絆殿はアルト殿にヌシ素材の装備を預けたいのでござるか?」
「嫌だなー……アイツ、値の付くものなら何でも売り飛ばしそうだから預けた所で無断で売るのが関の山だろ」
アイツの無断販売は数えたらキリがない。
後で売買した金を渡せば良いと思っているんだ。
金銭的な事での信用はしても良いけどせっかくの装備をアルトに渡すのは愚か者がすることだな。
「アルトさんの信用の無さが悲しいですね。ある意味信用しているともいえるのかもしれませんが」
「ま、無理にヒーラーを探さなくても良いさ。俺達はエンジョイで楽しんでいれば良いわけだししばらくは闇影に回復をしてもらえば良いさ」
「あんまり頼りにしてほしくないでござるよ」
「闇影さんは魔法で貢献してますからねー」
「まあヌシウナギ装備に関しちゃ気にしない方向で良さそうだな。次に釣ったヌシイトウを見てみよう」
と言う訳でヌシイトウを確認。
ヌシイトウ
ミカカゲの湿原に生息するヌシイトウの分身にして断片。
本体はシカや人さえも呑み込めるほどの怪魚であり湿原の中で息づいている。
生息地 ミカカゲ湿原
「こっちはなんていうか……分身って不吉な感じだな。それでもヌシ扱いか」
「他にもいる感じでしょうか?」
だからこそすぐに引っかかったって事なのかな?
「っぽいなー……いずれ本体とやらを拝んでみたいもんだ」
「魔物枠だったりしてね」
「ありえるでござるよ。ただ……出てきたら絆殿の餌食になる未来が見えるでござるな」
「お兄ちゃん。魚には容赦ないもんね。白鯨も釣り上げたし」
「褒めてもこれ以上は出ないぞ。むしろこれは硝子が引っかけたんだから俺に責任を持たせるなって言うの」
「また釣れるのでしたらいずれ再挑戦して私一人で釣り上げたいですね」
硝子もやる気に満ちた感想を述べてるぞ。
「分身だからいずれまた釣れるのかもな。それまでに腕を磨いていこう」
「はい」
なんかウナギの時よりあっさりと話が済んでしまった。
一応、ウナギよりも釣り辛いヌシだったし、解体もきつかった。
素材性能はこっちの方が上だろうな。中級王者って所は同じだけどさ。




