カニ籠
二日後、流氷漂う海域での事……。
「よーし! 今回の水揚げだぞー!」
「……」
「……」
「……」
闇影としぇりると紡の目が死んだまま俺が引き上げて船に積むカニ漁のカニやその他の魚などを無言で船の倉庫に搬入して行く。
そうして設置した罠を、再設置して再度獲れるまでの待機をしている間に、カニを茹でる。
茹でるだけならペックルでも出来る、技能も要らない。
船の中にある増設した厨房で一列に並べて片っ端からカニをゆでる。
茹であがったカニを、ペックルと闇影達に渡し、カニ缶などに加工。
この作業をずっと続けている。
最初は楽しげにしていた紡もどんどん目が死んで行った。
「これはなんでござるかー!」
とうとう闇影が叫んだ。
ツッコミ遅いな。二日もやっていたぞ。
「お兄ちゃん、このクエストいつ終わるの? 長すぎるよ!」
などと妹が訳のわからない事を言い始めた。
「え? クエスト?」
クエスト? そんなのあったっけ?
領主クエストなら合流前に終わらせたはずだが……?
定期的に更新するんだが、その分も終わらせたしな。
俺は首を傾げながらアルトの方に顔を向ける。
アルトはこういうの詳しいだろう。
するとアルトは何故か顔を反らした。
どうやらまた何かやらかしたらしい。
「ちょっと待って、お兄ちゃん。これ違うの?」
「ついにばれてしまった様だね」
アルトが正体を現した。
……ああ! なるほど。
コイツ等、勘違いしていたのな。
1時間で文句を言うかと思っていたのに随分と気が長いな、付き合いが良いな、と思っていたらアルトに騙されていたのか。
「これはカニバイキング用の加工業務だが……」
「え? あれってプレイヤーがやっている店だったの!?」
「なんでこんな事をしなきゃいけないでござるか!?」
「お金を稼ぐためだよ」
「これはクエストではないでござるのか!?」
「ああ、そっちに勘違いしていたのな」
確かに領主クエストは俺とアルトだけがやっていたし、申し訳ないと思って手伝ってくれていたのか。
尚、カニ缶の方は非常食になる。
他にも回復剤の材料になるらしく、市場では安定供給しているお陰で高品質の回復アイテムが出回りだしているのだとか。
曰く……カニポーションって言うらしい。
調剤系の技能を持つアルトと契約したプレイヤーが作っているそうだ。
茹で蟹はバイキング行きで他の端材はカニ装備行きだ。
ロミナも結構作っている。
実は必要素材が膨大なんだけど、数を処理したら案外作れる。
ロミナ曰く、本来の作り方ではなく、空き缶商法の亜種だって話だけどな。
正式な素材はこの近海にある島で出現する大きなカニ型の魔物の素材で作る装備らしい。
問題はその件のカニ型の魔物が経験値的には不味いモンスターだという事。
更にカニがモデルのモンスターだけあって防御力が高い事も不人気狩場の後押しになっている。
雷属性の魔法攻撃に特化しているパーティーが金策に狩る程度だとかなんとか。
それもそこまで人気がある訳ではなく、もっとうま味のある狩場が沢山あるので避けられがちだそうだ。
挙句、俺達がカニ系の品々を安く売却し始めたので更に人足が遠のき、MMOによくある死にマップと化した。
良く言うなら……人が全然居ないから孤独感を楽しめる、幻想的なフィールドだ。
「なんで拙者達はクエストでもないのに蟹工船をしているでござるか!」
「蟹工船なんてよく知ってるな」
蟹工船と言うのはその昔、酷い労働者環境で働かされた人達の悲惨な小説である。
「そうそう! もう蟹飽きた!」
「とはいっても、カルミラ島の蟹関連は俺達がやっているお陰で支えられているモノだったりしたんだけどな」
「安心して良いよ。もちろん報酬は山分けする。カニバイキングは凄い人気があるんだ。みんな満腹でも食べるからね」
「ゲームシステムの闇でござる! 満腹でも食べれるから時間ギリギリまで食べるのが常習化してしまった所為でござるな!」
正解だ。
カルミラ島を中心に広がっているカニバイキングの元締めはアルトだ。
そして俺に紹介した最初のアイテムがカニ籠で設置型の採取罠道具だった訳だ。
アルトのコネと俺の財産で海中に設置して、見える人には島にも見えかねない程設置したカニ籠から獲れる物資でカニバイキングやクエストを達成している。
もちろん、投網漁なども併設していたが……もはや業務の域に達した。
その影響で罠の技能……あっという間に上がったんだよなぁ。
熟練度判定があるらしくてさ。
「闇影くん達が罠が便利だって言ってたから、いつでも覚えられる様に参加させていると言うのに……」
カニ籠は設置する初期投資が激しく面倒で、金が掛るんだ。
けれど一週間かけて各地に設置したんだから、そこまで大変でもない。
餌の仕掛け直しとかはやや面倒だとは思うが、これを楽しむのがゲームと言う物だ。
「余計なお世話でござる! なんでござるかこの実績の数々は! マナがあれば絆殿に一瞬で追い付けるでござる!」
「すごいだろ?」
「失念してた……お兄ちゃんにスローライフ系をさせると画面ビッシリなるんだよ。こう言った時間経過で勝手に作業してくれる設備を大量に設置する人だった!」
「楽だからな」
「限度って物があるよ! アレ、前にやり過ぎて処理落ちしてたじゃん!」
黒歴史を例に出されてしまった。
前に牧場系のゲームで設置出来る便利アイテムを置きまくったら処理落ちしてデータが壊れた事があるのだ。
相当やりこんでいたので一日くらい凹んだ。
さすがにフィールド全部を設置アイテムで埋めるのは想定されていなかったらしい。
美麗グラフィックと田舎の雰囲気が売りのゲームだったのが敗因だな。
多分グラフィックが2Dや安い3Dなら今のマシンスペックなら大丈夫だったはずだ。
と、今でも少し引きずっている。
「うるさい。そんな事は忘れた!」
「スローライフ系のゲームってさ、大抵主人公はスローとは名ばかりの圧迫スケジュールになるよね。いやー、僕も絆くんがここまでしてくれるとは思わなかったよー」
確かにあの手の牧場経営系のゲームって朝6時に起きて、深夜まで働けるからなぁ……。
そして普通にやったら確実に深夜までプレイヤーにコキ使われる事になる。
リアルであの生活をしたら絶対に過労死するだろう。
牧場要素の無いアニマルな住人達と交流するゲームですら、大抵は住人達にパシリにされて主人公はあっちこっち走り回る事になるんだ。
深夜に虫取りや魚釣りさせられたりな。
そういう意味でスローライフ系ゲームの宿命なのかもしれない。
ここまで無理が出来るのもディメンションウェーブがゲームだからだ。
生身の肉体だったらとっくの昔に疲れ切っているだろうし。
「嘘だ! お兄ちゃんの性格なんてわかるはず!」
「絆殿が黒幕に見えてアルト殿が黒幕でござる! 想像通りでござる!」
ちなみにブレイブペックルの頭装備をベレー帽に変えて軍曹風にさせている。
ここはペックル達の地獄だ……なんてな。
闇影達は収監されている。
「まあね! いつもの事だよ」
「この死の商人!」
まあ、アルトが死の商人なのは否定しない。
というか、いつもの事である自覚があるのかよ。
「ゲーム参加プレイヤー全員分の蟹をお兄ちゃん達が確保してるんじゃないの!?」
「ははは、そこまで……かもね!」
おい、否定しないのかよ。
「さすがのこのゲームもMMOだからね。上手い人や成功している人が居たらすぐに模倣する人が出てくるんだけど、カニ籠は現在の相場だと結構高い投資が必要だからね」
確かに一個一個が結構高いんだよな。
それを……500個くらいはあったはず。
定期的にアルトが材料を持ってきたり、カニ籠自体を購入してくるから、実際の数がどんなものなのかわかりづらい領域になっている。
とりあえず設置してある場所の全部から回収して、餌を入れて再設置している感じだ。
追加のカニ籠があればついでに設置していく。
設置して一定時間経過しないとカニや魚が手に入らない、というのもある。
俺の場合、この設置時間のお陰で硝子達と遊べるので助かっているが。
もちろん設置する場所や設置時間で手に入るカニや魚の種類、量が変わる。
「何より、この量だと設置したカニ籠を回収しに行くのも面倒だからね。絆くんみたいなマメな人じゃないと模倣は難しいと思うよ?」
「知ってるよ!」