~空から少女が落ちてきた~後編
船を漕ぐにも疲れてきたアレックスは手を止める。幸いながら、トールの辺りは水の流れが決まっており、海流にさえ乗ってしまえば船は自動的に前に進む。因みに海流と言っても沖の海流のような激しい訳でも無く、ゆっくりとした安全な海流なのだ。
「ふう…着いたけど…これからどうしようかなぁ」
がやがやと人だかりがある部分を見ていると面倒くささが募っていく。本来自分は人と顔を見合わせるというのが嫌いなのだ。そのために案内人の仕事がめっきり少なくなったのもきっとこの性格上さ故だろう。
だが、それでも生活には変えられないので我慢するしかないのだ。 観光地として名を馳せる此処ミューズだが、一番の名所と言えば中心街トールだ。案内するのにもまずはこのトールの活気づいている場所を案内させていれば少なからず観光客も喜ぶ。 ただしアレックスは此処を名所とは考えてはいない。屋台があったり、ギャンブルをすることが出来る場があったりと、ただの娯楽施設があるだけと思っているからだ。一番の名所が娯楽だけの場など、アレックスにとってはただの私欲のたまり場に他ならない。
雑多な声が所々から飛び交ってくる。"畜生、全財産擦ったじゃねぇか!"とか、"ふざけるなよ!こんなのイカサマじゃねえか!"など、観光客はカジノの鴨と化している。
アレックスが嫌いなのはこういう場面だった。ただ私利私欲の為に動く悪に染まった人間を見るのが嫌で堪らない。それに何故アレックスがトールへと案内しないのかというと、理由は為一つだった。
「やあやあ、有難うございますね。貴社の案内によってまたひとつ金を巻き上げる事が出来ました。これはその五割です。」
黒いスーツに髪の毛をすべて後ろに倒したあと、ワックスでガチガチに固めた男が、とある船へと歩を進めたあと、船主へと封筒を渡す。船主は中身の金を確認した後口角をにやりと吊り上げたあと船を岸から離していく。
そんなやり取りが二百メートル先の裏通りで行われていた。このような暗黒面を此処にいれば拒絶をしようが無理矢理見せ付けられているようなものだった。だからアレックスは中心街へと来たくはなかったのだ。
「聞いたた話通りのような場所だ」
一旦客引きの為に船を岸辺へと近づけ、紐を違わせて船を固定させる。アレックスは船から降りるとキョロキョロと周りを見渡す。当たり前だが沢山の人がアレックスを尻目に通行する。普通の人よりも身長が高めで半袖といったラフな恰好。そして好青年の様な顔立ちをしているために少しばかり目立っていた。齢二十七だがまだまだいける。
「よお、そこの兄ちゃん。一回やっていかないかい?」
屋台のおじさんが手招きでアレックスを呼ぶ。
「止めときます。今手持ちに無いので」
断るアレックスに、尚も食いかかる。
「まあいいじゃないか。コイン一枚300Mだ、安いもんだろ?」
「いい加減にしてくれ。金が無いと言っているだろう!」
声を荒げながら屋台のおじさんを退ける。怒鳴られた事でおじさんは気分を害したようで、アレックス同様に声を荒げながら拒絶する。
「そうかよ、無一文ならトールへ来るんじゃねえよ貧乏人が!!」
アレックスは踵を返し船へと戻る事にした。やはり陸地に上がるよりは海上の方がいいと判断し、紐を外し早々に海へと出る。
「鳥は良いよなぁ……」
座りながら船と共に流されること一時間が経過した。アレックスは縁に集る小鳥に話し掛けながらしんみりと感傷に浸っていた。
「――――!!」
「……?」
何か、誰かが叫ぶような声が聞こえた。始めは幻聴の一種かと耳を疑ったが、やはり幻聴等ではなかった。自慢ではないが自分の聴覚には自信があり、数キロ先の音を聞こえるくらいは造作もないと自負はしていた。
「数は・・・・・三、いや・・四人か?その内に一人が追いかけられているから合計は五人か・・」
アレックスは聞こえていた声に耳を傾けていたが傾けるのをやめてしまう。
「どうせ、自分には関係のないことだ。どうせカジノですったから借金でもして追いかけられているんだろ」
そう言ってアレックスはもう一度鳥の方へと視線を移すと、鳥たちは何かの異変に気がついたのか、飛び去ってしまう。
その瞬間だった・・・・・・・・
「どいてどいてどいてどいてどいてぇぇぇーーーーー!!!」
女の子の声がひときわ大きくなるのと同時に、人ごみをかき分けながらこちらへ来る。まさかアレックスも女の子がこのあたりまで来るとは思ってはいなかったが、よもや次の瞬間、刹那ともいえる時間だった。
「きゃーーー!!?」
女の子が橋の上から躍り出る・・・・というよりは落ちてきたという表現が正しかった。
「どいてどいてどいてぇ!!」
「そんな無茶なっっ!!?」
先ほどと同じようなセリフを吐きながらも少女は空中で身動きを取れぬまま、アレックスの体へとダイブするような形で飛び込んできた。突然の出来事によりアレックスも急速に体が動くはずもなくただ下敷きになるような風に少女を抱きかかえる事しかできなかった。
「いててててて・・・・・・」
体を起こし、上に乗っている少女を引っぺがそうとすると、少女はアレックスの手のひらを両手で包むようにする。
「お願いおじさん!!私・・・追われているの!!これも何かの縁だと思って助けてくれない?」
そんな急に、しかも追われていると嘯く少女に一喝を入れようとした時だった。
「いたぞ!!あそこだ!!」
アレックスが思い描いていた黒スーツに身を包んだ格好かと思っていたがそれはこれまでの知識から出来上がった偶像でしかなかった。黒スーツよりもっと会いたくないような服装。軍服を着た男たちが一斉に船に乗り込もうと岸へと降りていく。
一瞬アレックスはこの少女を引き渡せば全てが終わると思考が行き着いたがすぐさま止める事にした。何やら重苦しいような雰囲気だったことにアレックスは反感を持つのと、この少女を渡してはいけないと本能で悟った瞬間にアレックスはいち早く立ち上がりオールを動かした。
ゆるい海流ながらも力強く漕ぎ続ければ60Kほどの速さはゆうに出る。これならあの兵士たちも負けると思っていたが少女が前からの危機に気がついていなかったアレックスへと声を張り上げる。
「おじさん!前から二人の追っ手が!!」
「わかった!しっかりと捕まっていろ!!」
アレックスは無理やり船体を傾けると見事なまでの急旋回を成し遂げる。狭い通り道へと入った二人は一時、安堵の息を吐く。
しかし、軍人の追跡力は並大抵ではなく休む暇もなくアレックスはオールを漕ぐことになる。
「いけない、あいつら・・・エンジン付きを乗ってきた!!」
荒波を立てながら、船体ごとぶつかってくることにアレックスは正気かと目を見張る。だがそれ以上に驚愕したことは軍人に次のことを考えていないという思考だけだった。顔を見ればそれは一目瞭然だ。まるで殺意にも似た表情で軍人らはこの少女を捕まえようとしている。ならばアレックスに課せられた仕事はただ一つだけだった。
この少女を死んでも守り抜くということを・・・・
「ぬぅん!!」
アレックスはオールを軍人へと投げつける。無論そんな急ごしらえの武器等歯が立つワケでもなくただいなされるだけだった。だが、アレックスにはその数秒があるだけで十分だ。彼女を抱えるやいなや、家と家を境に洗濯物が吊るされている紐を掴み、その少しの反動で二階三階と続く紐へと乗り換える。その俊敏さはまるで猫のように身軽だった。
屋根の上に降り立つアレックスはすぐさま屋根を伝いながら走る。その巨漢からはとは思えないほどの速さでミューズを駆け抜けていく。
「おじさん、これからどうするの?」
背中越しに少女の声が伝わってくると。
「ひとまずは僕の家に帰る。話はそれからだ」
アレックスはそう言って、高さ5メートルはあろうとする屋根上から降りる。常人なら足は骨折どころでは済まなさそうな話だが、アレックスにはその常識が通用しなかった。
ここからならば橋をわたってから行けば早く着くと思い、見つからないように忍び足で動くことにしたが・・・・・・・・
「ケケッ・・見つけたぞ?人間」
「!!?」
振り向いた先には一人の男が佇んでいた。しかしその顔からは俺からは逃げられないと言うような嘲笑を浮かべる。
「お前はそいつが誰だかわかってはいないだろ?」
男は振り子のように首をコキコキと揺らしながら近づいてくる。その姿はあまりにも不気味だ。
「知るわけないじゃないか、なに、どこかの令嬢かなんかか?」
アレックスは時間をできるだけ稼げるように話を長々と続けさせるが、この男はどこかおかしかった。どうあがいてもここから逃げられるという保証はないと確信に付く。
「まあ、貴様のような低俗な人間に知る必要性はねえ!!」
男は跳躍するようにこちらへと襲いかかる。アレックスは少女を保護するように背後へと立たせ、戦闘態勢に構えた時だった。
「ひゃっほぅ。あちゃぁあ!!」
空中で身動きできない男へと、見事な回し蹴りを食らわしたのは白いパーカーを着こなした唯一の頼りにもなる男だった。
「どしたのアニキ?こんなところで軍人さんに襲われちゃってさ?」
「ラン!?」
「そう、オレだよ。にしても、なかなか根性あるよねこいつ。オレの回し蹴りがきいていないよ?」
にやりと口を歪ませるランにアレックスはしゃべる。
「ラン、ちょうどいい。そいつをなんとかしてくれ」
そう言うのと同時にアレックスは少女を抱えて走り出す。そして、ランはアレックスの言葉に何やらジーンとしている模様だった。
「あ・・・・兄貴がオレを必要としている?こんなに嬉しいことはないよ!!」
歓喜に浸るランへと、男は服を脱いで立ち上がると。
「人間風情のガキが、調子に乗るなよ!!」
怒気に混じった口調で男は体を変形させていく。だがしかし、ランは驚く素振りも見せることなく口笛をふくほどにリラックスしていた。
「へえ、あんたも人獣だったんだ・・・・」
「そうだ!!俺は人獣だ!!そして、人間をも超越した力を使えるのだ!!いますぐにそこを退いて男の巣を吐けば許してやる!!」
男の姿は有に2Mを越していた。姿は毛むくじゃらで二足歩行に立つと自分の力を振るうように腕を壁へと薙いだ。壁は粉々に砕けると男は歪に口角を歪める。
「・・・・・・・・クマか」
ランはなおも冷静に相手の分析を図る。
そしてランの中でこの男はどのくらいの強さなのか、そして、どのくらいオレを楽しませてくれるのかと熊男を見上げる。
「うおおおお!!」
猛獣と人の声が入り混じった声が重なり合いながら木のような太さで振るう腕をランは紙一重で交わす。するとランは呆れたようなため息をついた後、男を一瞥する。
「呆れた・・・・クマのチカラでこれかよ。お前、つまんねぇから?」
ランはフードを目深に被ると男の懐へと入り込むと。
「バンっ」
Φ
人目を退けてようやく帰ってこれた我が家に着くと少女を下ろし、ボロボロのソファーに腰かける。
「さてと、まずは聞きたい事があるけど、いいね?」
「いい、許す、どうせ拒否権はないんでしょ?」
アレックスは静かに頭を縦に振ると少女の顔を覗き込む。
「まず君はどこから来た?」
「話せません」
「おいおい、話せないということはないだろうに?」
「話せないから話せないのよ。私がいう情報は、あなたに危害を加えるかもしれないから・・・」
「・・・・そうか、それじゃあ次だ」
こくりと少女は頷きを返すと質問攻めが始まった。
「生まれは?」
「話せません」
「なぜ追われている?」
「話せません」
「君はなにものだ?」
「話せません」
「・・・・・」
ここまで一向に知りたいことが拒否されてしまった。アレックスは頭を悩ませるがどうやたって遠まわしに聞いたところで帰ってくるのは話せないということだけだ。
「それじゃあ、年は?」
「・・・・17才」
「そうか、君は僕と10才のも離れているのか」
などと、場を和ませようという魂胆はすぐに崩壊してしまう。
「そうか、話せないのならまた後日聞くことにするけど、一つ言いたいことがある。ああ、聞き返さなくていい。ただね、君をこうやって匿った時点から僕は既に軍部へと広がってしまっただろうね。だから、君が危害を加えようとしていなくても、僕は結局は危害に合うというということだけは心に留めて欲しい」
少女が息を飲む。そうだ、先もアレックスが言ったとおりに事の次第は動き回っているということ。逃げ場等ないことを少女は感づいたのだ。
「それじゃあ今日はこの辺で寝るけど、あまり外には出ないようにねいいかい?」
「・・・・・あの」
しどろもどろで少女はアレックスへと話しかけると。
「あの、私の名前と正体だけを教えます・・・・」
「へえ?」
「私の名前は、フィーア・ノヴァイノーツ。」
あなたたちと同じ獣人のように、私は昔から書記されている伝説上の生物”ドラゴン”です
ただ一言、見てくださった方はありがとうございます。感謝の一言です。
そして、次章もお願いします。