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あさきゆめ  作者: yoshihira
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参話



 町の周辺を巡って他にアヤカシの気配がないか探るのは習慣のようなものだ。


 通常、町の境界となる家屋や門には、魔除け札が何十枚も張り巡らされ、アヤカシの侵入を防ぐ防壁を成している。

 魔除け札の効力は良くて一年保てば良質な部類に入るだろう。霊力を魔除け札に込める事は難しくはないが、これを維持するとなるとまた話は違ってき、そこには術者の力量差が歴然と表れるものだ。


 魔除け札の具合を一つ一つ確かめ、効力が衰えているようなら張り替える。

 これは、ミツが行く先々で行う日課の一つだった。


 たいてい師が目を覚ます前にあちこちを見回るのだが、終わって戻ると、必ず寛斉かんざいはミツの行動を見抜いて頭をはたいた。

 ただ働きはするなと言っただろうがよ、と。


 師が生きていればまた叱り飛ばされる事だろう。そう思いつつ、木立の合間を巡って、西側の見回りを終えた。


 ―――そこで。


「いい加減、出てきたらどうだ。こそこそ見られるのは気分が悪い」


 不機嫌を絵に描いたような、恐ろしく冷ややかな声音が脅しつける。


 彼女以外、誰も存在しないようにみえた風景だったが―――不意にくすくすと微笑がさざめいた。男の忍び笑いだ。


 忽然と、長い黒髪をなびかせた男が一人、ゆっくりと歩み出てくる。

 刀を持たない、遊里に遊び暮らす洒落者そのもので、肩口に女物以上に映える大牡丹の縫い取りの入った紺の着流しをまとった、魅惑的な青年だった。


「姿を変えてまで、わしにつきまとうて何が面白い。言っておくが、わしにその手の術は通用せんぞ」


 正体を誰何する様子もなく網代笠の下から睨んでくる少女に、青年は意外そうな顔になる。


「あなたは全て見通しているようですねぇ。私が永音ながねだとわかるのですか」

「目と鼻は利くのでな」


 そのおかげで、昨日はアヤカシの気配を術で探ろうにも、あまりにも人の気が濃すぎて使い物にならなかった。

 上手く加減ができず、逆に視え過ぎて悪酔いしてしまうのだ。


「別にあなたを騙そうと考えてこのような姿をしているわけではありませんよ。

 永音の姿はこの町ではあまりに有名になりすぎましてね。こちらの姿の時は風見かざみと呼んでください」


 酔狂な事を、と、ミツは鼻を鳴らした。

 退治屋とアヤカシに、名を呼び合うほどの何があろうと言うのか。


「それにしても」


 無造作に近づいてきたアヤカシの化身である青年は、ミツの目の前に立ち、じっと見下ろしてくる。

 ミツと風見の背丈は頭一つ分は優に差がある。師の寛斉かんざいと同じくらい背が高いと知って、わずかにミツは口角に力を込めた。


「あなた、傷の手当はきちんとしましたか? 服は取り替えたようですが、また返り血を浴びたようですね。

 そんなに血の芳香をさせて。文字通り、血迷ったアヤカシが寄って来ますよ」

「構わん。それならそれで手間が省ける」


 返り血は実際、町の外で襲ってきたアヤカシを屠った時のものだ。

 探ったところ、白白はくはくの町中に現れていないだけで、周囲にアヤカシがいないわけではない。


 町に張られた魔除け札は全てではないものの、効力を失った札も多かった。

 アヤカシが町に入り込まない事が不思議なほどに。


 ―――恐らくは、この力持つアヤカシが町に居座っている所為だろう。

 アヤカシは本能的に強き者を忌避する性質を持つ。他のアヤカシたちはこの青年の姿をしたアヤカシを恐れて二の足を踏んでいるのだろう。


「…」


 風見と永音の名を持つ、このアヤカシ。

 恐らく正体は―――天狗とみた。

 天狗とは、その背に飛翔を可能とする羽根を持つ事で知られる、山の長と呼ばれるほど知能に長けたアヤカシだ。


 一体、何が目的で白拍子に化け、かような事をしているのか。

 ミツは目を眇めて、飄々とした相手の表情を探ったが、簡単に尾をつかませるような可愛げのある性格はしていないだろう。

 すぐに見切りをつけ、横を向く。


「私の事が気になりますか」


 網代笠に表情は隠れている筈なのに、敏感にこちらの意を読み取るアヤカシをミツは再び睨めつけた。


「私もあなたに興味があるのですよ。ねぇ、退治屋殿、一つ提案があるのですが」

「…何だ」

「私の屋敷にいらっしゃいませんか」

「…」












 先日、強引に押し入った記憶も薄れぬ内にまた訪れる事になった屋敷は、相変わらず上品なたたずまいをみせていた。

 奥に進めば進むほど緑の濃さと静寂が増す。


 風見の後をついて招き入れられたのは、調度が最低限しか置かれていない、それでいて柱の色味や襖に描き入れられた山水画が品の良さを醸し出す室だった。

 前に入った一室も華美すぎない趣味の良い部屋だったが、あの無残な状態では使い物にならなくなったろう。

 僅かばかり、勿体無い事をしたかと考えているミツの元に、風見が手ずから茶の用意をして戻ってきた。


「毒は入っておりませんよ」


 抜け抜けとそう言って差し出してくる。


 呆れ顔になったミツは、しかし、素っ気無く断ると、厳しい目付きで目の前に座る相手を突き刺す。


「お前のこの屋敷、他にもアヤカシがひそんでおるな」


 ミツの警戒する様子に構わず、風見はあっさりと認めて、湯呑に口をつけた。


「えぇ、ですが、私が近付くなと命じておりますので、顔をみせる者はおりませんでしょう。私の命に従わぬのは千江ちえくらいですね」


 そう言って、可笑しそうに笑う。

 従わぬものを疎ましく思うどころか、女童の名前を口にするアヤカシは至極楽しそうだ。

 腑に落ちないものを感じたミツは率直に疑問を口に出した。


「あの子供はお前の何だ?」

「千江の事ですか? あれは私が気まぐれに枯れ井戸から拾い上げた娘ですよ」


 風見はあっさりと答えた。


「井戸?」

「あれも興味深い娘でしてね。拾ってひと月ほどになりますが、いまだにこちらを飽きさせぬ娘ですよ」


 驚いた事に、この屋敷で共に暮らしているらしい。

 それも十にも満たぬような小さな子供と得体の知れぬアヤカシが、だ。


 噂をすれば影とでもいうのか、突如、障子戸が左右に開け放たれ、その本人が姿をみせた。


「あぁ―――!!! なんでこのおとこおんながここにいるのよ!!!」


 眦を吊り上げて叫ぶと、きょとんとするミツに指を突き付ける。


「千江、人に指さしてはいけませんよ」

「えええ、風見さま、でもこいつ、わるものじゃない! あの部屋だってずたぼろでもう使えないし! 気に入ってたのに!」


 肩先までの緩く波打つ黒髪を跳ねさせて、千江は言いたい放題に怒る。


 あの部屋を切り刻んだのはアヤカシ当人であるが、乱闘に持ち込んだのは他ならぬ自分だという事をミツは思い出した。


「悪かった」

「…え?」


 謝罪を口にすれば、子供は大きな瞳をまるくする。


「館の修繕にかかる費用ならこちらが持とう。蓄えなら多少はある」


 大真面目な顔で弁償を申し出る退治屋に、アヤカシも千江も毒気を抜かれた表情で互いに顔を見合わせた。


「この人って…へんよね?」

「…そうですね」


 否定の返事は見つからなかった。



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