5.
「とにかくここから出よう」
王太子はそう言うと、同行していた騎士に牢の鍵を開けるように命じる。
騎士はすぐに王太子の命令に従って、リゼットを地下牢から出してくれた。
でも本当に出ても良いのかと、リゼットは躊躇う。
王太子とアンジェリカが信じてくれたとはいえ、リゼットはまだ犯人だと思われている状態だ。
もし王太子やアンジェリカに迷惑をかけてしまうなら、おとなしくここにいる方かいい。
「心配はいらない」
リゼットの躊躇いに気が付いたのか、王太子は安心させるように優しく言ってくれた。
「実は、教会はもう君を聖女として認めていない。そして数日の間に、新しい聖女を擁立するようだ」
まだ罪が確定したわけでもないのに、教会はもうリゼットを切り捨てたようだ。
きっと次の聖女は、レイナなのだろう。
教会も最初から、先代聖女の孫であるレイナを聖女にしたかったのかもしれない。
だが、このままレイナの計画通りに進むとは思えない。
レイナは罪を犯している。
そして偽装の証言でリゼットを陥れようとした教会も、同罪である。
罪を犯せば、必ず罰が下る。
リゼットを陥れるために利用したその言葉が真実であることを、彼女たちはいずれ思い知るだろう。
「もう聖女ではなくなったからこそ、今の君は教会の所属でもなくなった。君の身柄は王家で預かることになっている」
(教会とは、もう無関係に……)
人生のほとんどを過ごしてきた場所だったが、寂しいとは思わなかった。
むしろ安堵しかない。
アンジェリカは一命を取り留めている。レイナは念願の聖女になることはできたが、計画が狂ったことに焦っているかもしれない。
だがもう聖女でもなく、王家預かりになったリゼットには、レイナといえど、簡単に手を出すことはできなくなる。
アンジェリカがリゼットを信じてくれ、さらに王太子が即座に行動してリゼットを連れだしてくれなければ、もっと酷いことになっていたかもしれない。
「では、行こうか。もちろん父の許可も得ているから、心配はいらない」
(……国王陛下が)
教会は敵になってしまったが、こうして王家に保護してもらうことができたのは、幸運だった。
地下牢を出たリゼットは、待ち構えていた王城の侍女に連れられて、身なりを整えてもらう。
王城の侍女は皆親切で、リゼットを丁重に扱ってくれた。
身支度が終わった頃、目立たない服装に着替えた王太子が迎えに来てくれた。彼と一緒に、紋章のない質素な馬車に乗って、その薬師の家に向かう。
目的地は、王都の南区にあるらしい。
王都の北区には大きな建物や店などが立ち並び、高級住宅街もある。
リゼットが暮らしていた教会も、その区画にあった。
それとは正反対に、これから向かう南区は自然が多く、自分の家の周りに畑を持っている人も多かった。
自然も豊かで、北区に暮らす人たちは南区を田舎のようだと嫌っていたが、リゼットの生家もこんな場所だったので、むしろ親しみを感じていた。
そんなところも、他の貴族令嬢たちから嫌われた原因だったのかもしれない。
馬車はどんどん奥に進んでいく。
すると一軒の家が目に留まった。
(薬草畑がある……。きっとあの家だわ)
他の家のように野菜ではなく、薬草ばかり植えられている。
古びてはいるが大きな家で、軒先には薬草がいくつも干されていた。
「そう、あの家だ」
リゼットの視線に気が付いたのか、王太子はそう言ってくれた。
「少し変わった人間だが、腕はたしかだ。私の友人でもあるから、安心してほしい」
(王太子殿下の?)
町に住んでいるのだから、きっと平民なのだろう。
どこで王太子と出会ったのかわからないが、彼が信頼しているのがわかったから、リゼットも安心していた。
「ここだ」
馬車はその家の前に止まり、王太子と、リゼットのための荷物を持った王太子の護衛が先に馬車を降りる。
リゼットもそのあとに続いた。
王太子の護衛が扉を叩く。
しばらくしてから、ゆっくりと扉が開いた。
木造の扉は少し歪んでいるらしく、軋んだ音がする。
「……セザールか」
彼は王太子を名前で呼び、護衛もそれを咎めようとしない。
かなり親しい関係のようだ。
「ああ、そうだ。例の聖女を連れてきた」
王太子がそう答えると、扉がさらに大きく開き、中から若い男性が出てきた。
思っていたよりも若かったので驚いたが、顔には出さずに、静かに頭を下げる。
「地下牢を出てからすぐにここに来たので、まだ事件の全容も聞いていない。中で話をさせてくれないか」
「わかった」
薬師はそう言うと、家の中に迎え入れてくれた。
部屋の中には、さらに多くの薬草が干されていた。
中央に大きな机があり、薬を作るための道具がやや乱雑に置かれている。
窓側にも机があるが、そこには書類が山積みになっていた。薬の調合レシピや、常連客の情報が記されているもののようだ。
薬師はその書類を腕に抱えると、そのまま奥の部屋に持っていく。
王太子の護衛も慣れた様子で、それを手伝っている。
「相変わらずだな。ソフィーはどうした?」
「昨日は忙しかったから、今日は休ませた。明日には来るだろう」
「そうか」
薬師の言葉に頷いた王太子は、入り口に立っていたリゼットに言った。
「彼はアル。私の友人で、アンジェリカの命を救ってくれた薬師だ」




