4.
リゼットは茫然としたまま、王太子を見つめた。
(どうして教会の人たちが?)
親友だと思っていたレイナだけではなく、教会も自分を追い落とそうとしていたことを知り、リゼットはショックを受ける。
今まで真摯に勤めてきたつもりだ。
シスターたちとも、それなりに仲良くしていた。
それなのに、自分はそんなに疎まれていたのだろうか。
震えるリゼットを痛ましそうに見たあと、王太子は、教会の人たちがどんな証言をしたのか教えてくれた。
聖女はずっと、アンジェリカを憎々しげに見つめていた。
聖女は最近、声が出にくいと言っていた。
歌声の奇跡も、少しずつ規模が縮小していた。
王太子が訪れると、機嫌が良くなっていた。
そんな声が、教会のシスターや、奉仕活動をしていた貴族令嬢たちからも上がったのだという。
ずっと聖女として尽くしてきたのに、教会でさえ自分の味方ではなかった。それを知り、リゼットはきつく両手を握りしめる。
自分の味方は誰もいない。
親友だと思っていたレイナも、敵だった。
無罪であることを必死に主張して、それが何とか認められたとしても、もう教会には戻れない。
戻りたくない。
(それなら、もう……)
帰る場所も待ってくれる人もいないなら、必死に無罪を証明する意味はないのではないか。
「だがアンジェリカは、そんな証言はすべて嘘だと言っている」
そのひとことは、絶望したリゼットの心を救ってくれた。
(アンジェリカ様が?)
縋るように王太子に視線を向けると、彼は静かに頷いた。
「聖女はいつもにこやかに接してくれたし、声も綺麗だった。歌声の奇跡にも変化は感じられない。何よりも、聖女が誰かを恨むことなどあり得ない、と」
(ああ……)
命を取り留めたとはいえ、被害者のアンジェリカが、誰よりもリゼットを信じてくれた。
その事実が、希望に繋がる。
「私は教会の人間よりも、アンジェリカの言葉を信じる。だから、意識のない君をそのまま教会に置いておきたくなかった」
リゼットが教会の人間の証言だけで地下牢に入れられたのは、そんな理由があったようだ。
「君も知っているかと思うが、教会は王家とは独立した組織だ」
リゼットは、王太子の言葉に頷く。
昔、私欲で聖女の力を利用した王がいて、それから聖女は教会で保護されるようになったと聞いている。
文献にも、当時の王は神の罰を受けて亡くなったと記されていた。
「だから王家では、教会の内部に干渉することができない。だが、罪人は別だ。罪は、国の法で裁かれる。しかも被害者は私の婚約者。本来ならば、君が目覚めるのを待ち、騎士による取り調べを行う必要があった」
本当に声が出ないのか。
教会の人間の証言は、本当なのか。
その調査のために、時間が必要となる。
「だがその間、君を教会に置いておくのは危険だと思い、こうしてすぐに地下牢に入れることにした」
敵だらけの教会にいるよりも、王城の敷地内にある地下牢の方が安全だと思った。彼はそう説明してくれた。
「教会側では、アンジェリカを殺されそうになった私が激高し、本来ならば必要な取り調べもせずに、犯人を地下牢に放り込んだ。そう思っていることだろう」
いつもの王太子ならば、そんなことは絶対にしない。
あの王太子も感情的になることがあるのだと、言われているかもしれない。
彼は自分の評判を犠牲にしてまで、リゼットをあの敵しかいない教会から救い出してくれたのだ。
(ありがとうございます……)
言葉の代わりに、リゼットは深々と頭を下げた。
「君は被害者だ。謝罪の必要はないよ。ただ君の無実を証明するのは、少々困難でね」
王太子はそう言うと、ため息をついた。
「罪を犯した聖女は、声を失う。そう伝わっている。だから調査など不要で、声が出なくなったことこそ、何よりの証拠だと言う者もいる。それに君は、筆跡登録をしていなかった」
リゼットはこくりと頷いた。
筆跡登録は義務ではないが、貴族は自らを守るため、行っていることが多い。
もし文書やサインを偽装されたとしても、筆跡登録をしておけばそれが証拠となり、犯罪に巻き込まれるのを防ぐことができる。
けれどリゼットは、まだ幼い頃に聖女として教会に来たので、筆跡登録をする機会がなかった。
レイナもリゼットが無実を証明する手段がないと知っていたから、あんなことをしたのだろうか。
「声の出ない君が無実を証明するには、自分の言い分を文章にして提出しなければならない。だが筆跡登録をしていなかったので、たしかに君が書いた文章だと証明することができない」
たとえ目の前で書いてみせたとしても、筆跡登録証明書がないと、証拠として受け付けてくれないそうだ。
「残念だが、法律は守らなくてはならない」
王太子の言葉に、リゼットは俯く。
例外は認められない。
ならば、もう無実を証明する方法はないのか。
(でもアンジェリカ様は、私を信じてくれた。それだけで、私は……)
「だからまず、君の喉の治療をしようと思う」
再び諦めかけたリゼットに、王太子はそう提案した。
「君の声を奪ったのは、おそらく毒だろう」
リゼットはこくりと頷いた。
この声を奪ったのは、レイナがお茶に入れた毒で間違いない。
「アンジェリカの命を救ってくれた薬師に、君を託そうと思う。きっと彼なら、君の声を取り戻してくれるに違いない」
(アンジェリカ様を?)
確実に殺すつもりで毒を盛られたアンジェリカを助けた人なら、リゼットの声も取り戻してくれるかもしれない。




