21. (最終話)
声を奪う毒。
それは間違いなく、リゼットに盛られた毒であると、王太子は断言した。
「腕の良い薬師に頼んで、この本に書かれた毒を再現してもらった。聖女の治療を行ったのも彼だ。それにルヘーニ伯爵家の罪は、それだけではなかった」
そう言って、彼はルヘーニ伯爵に厳しい視線を向ける。
その薬師とは、アルのことだろう。
「過去の事件を詳しく調査した結果、ルヘーニ伯爵家が多くの聖女を輩出することができた理由も、今回のようなことがあったからだと判明した」
ルヘーニ伯爵家の血筋の者が聖女に選ばれたら、それでいい。
けれど選ばれなかった場合はその聖女に毒を盛り、声を奪って罪を捏造する。
次の聖女はもちろん、ルヘーニ伯爵家から選ばれる。
おそらくレイナのように、聖女に選ばれた女性より劣っていた場合でも、この毒を使って聖女になっていたのだろう。
過去の罪は当時のルヘーニ伯爵のものだが、そんなやり方を代々受け継いできた彼らも同罪である。
「それに、教会も加担していたようです」
そう発言したのは、王太子の許可を得たひとりの司祭だった。彼の背後には、数人の教会関係者が立っている。
「この件に関しては……」
「待ちなさい」
大司教は彼らを睨みながら、その発言を制する。
「聖女に関することはすべて、教会の管轄です。その件に関しては、教会内で解決します。王家の方々であろうと、口を挟まないでいただきたい」
王家は、教会に介入しないことになっている。
大司教はそれを利用して、罪をもみ消そうとしているのか。
だが王太子は、それを許さなかった。
「聖女が教会預かりになったのは、昔、私欲のために聖女を利用しようとした王がいたからだ」
声を荒げる大司教とは正反対に、彼の声は冷静だった。
「教会が聖女を利用するというのであれば、今度は王家が聖女を保護する。罪を犯せば、教会関係者であろうと王家の人間であろうと、裁かれる」
「……っ」
それでも大司教は王太子に反論しようとした。
だが、言葉が出なかった。
彼は焦ったように喉を抑えているが、うめき声すら出ない。
必死に声を出そうとしているその姿に、ルヘーニ伯爵も教会関係者も、集まった貴族たちも動揺する。
リゼットも、さすがに驚いた。
「……罪を犯せば声を失うのは、聖女だけではなさそうだ」
重々しくそう言う王太子に気圧されたように、大司教は膝をついた。神の怒りを恐れてか、その体は細かく震えている。
目の前で起こったできごとに、さすがにルヘーニ伯爵も青褪め、怯えた様子で自分の喉を抑えていた。
彼は教会関係者ではないので、声を失うことはないかもしれない。
けれど、その罪は明確である。
「さて、ルヘーニ伯爵の罪はそれだけではない」
王太子はそう言うと、手にしていた本を掲げた。
「この本に書かれていた、ルヘーニ伯爵家に伝わる毒の情報が広まることを恐れたのだろう。当時診療所にあったこの本を燃やそうと、そこに通っていた者を買収して、放火させた。 もちろん証拠も、証人も揃っている」
ルヘーニ伯爵はもう何も言わず、俯いている。
大司教が声を失った様子を間近で見てしまい、さすがに自分の罪が怖くなったのかもしれない。
王太子の指示で騎士が駆け付けて、大司教とルヘーニ伯爵、そしてレイナを連れていく。
彼女は最後まで、リゼットを睨んでいた。
(レイナ……)
リゼットは目を反らすことなく、その視線を受け止めた。
大切な親友だった。
彼女が親切にしてくれたからこそ、教会での孤独な日々を耐えることができた。
でもレイナはきっと、リゼットを友人だとは思っていない。
向けられる視線から感じるのは、レイナからまた聖女を奪ったリゼットに対する憎しみだけだった。
そのすれ違いが、今はただ悲しい。
レイナが騎士に連れられて、この場から立ち去っていく。その姿を見届けたリゼットの肩を、アルがそっと抱き寄せてくれた。
彼らは罪に問われるだろう。
聖女は教会から王家預かりになり、リゼットはこのまま王城の離れで暮らせることになった。
ルヘーニ伯爵家は、過去にも聖女に毒を盛っていた疑いがあったことで、取り潰しになった。そしてレイナは罪人として、遠くの修道院に送られる。
でもそれは、この国の法律で裁かれた結果である。過去に聖女を私欲のために利用しようとした王は、神罰によって命を落としたという 。
彼らが本当に罪を償うのは、これからかもしれない。
大司教はまだ、声を失ったままだ。
教会内からは、ルヘーニ伯爵家に伝わる毒を再現した王太子が、大司教に毒を盛って声を奪ったのではないかという声もあった。
だが王家でも教会側でもない第三者に診察させたところ、彼から毒の成分は検出されなかった。
大司教が声を失ったのは、神罰である。
その声が教会内に浸透し、改革は速やかに行われた。
こうしてリゼットは、ようやく日常を取り戻すことができた。
聖女として教会に通い、その責務を果たす。
けれど帰るのは、王城の離れに住むアルのところだ。
「おかえり、リゼット」
薬草の手入れをしていたアルが、そう言って迎えてくれる。
幼い頃、家族と離されたリゼット。
そしてアルもまた、父や姉たちと離れて育った。
でもこうして今は、帰る場所を手に入れた。
居場所があるというのは、こんなにも安心するものだと、リゼットは実感している。
「ただいま、アル。すぐに夕飯を作るわ」
人に尽くすばかりで、帰る場所を持たなかったふたりが、ようやく手に入れたしあわせ。
このしあわせを守るためにも、リゼットはこれからも歌うだろう。




