2.
(レイナは聖女の孫で、しかも聖女の力も持っていたの?)
彼女の言うように、リゼットはまったく知らなかった。
聖女の孫として生まれ、その力も持っている。しかも、多くの聖女を輩出したという、伯爵家の生まれ。
たしかにリゼットよりも、遥かに聖女に相応しいだろう。
でもリゼットは、本当に何も知らなかった。
親友だと思っていた彼女に、これほどまで恨まれていることも。
「聖女の力は、永続的なものではないの」
レイナは語る。
喉の痛みと、親友に憎まれていたという心の痛みに苛まれながらも、リゼットは必死にレイナの話を聞こうとした。
彼女が自分を恨んでいたなんて、信じたくなかった。
きっと理由があるに違いない。
だから、何とかそれを探そうとした。
けれどレイナはさらに残酷な言葉を口にする。
「聖女は、罪を犯すと声が失われる。歌で奇跡を起こす聖女には、致命的よね」
それを聞いてリゼットは、咄嗟に喉を手で押さえる。
痛みはまだ続いている。
レイナに聞きたいことがたくさんあるのに、声が出ない。
(まさか……)
机の上に置かれたお茶を見ると、レイナはそれを見て楽しそうに笑いだした。
「そう。その通りよ。あなたは罪を犯して声を失い、聖女の資格を失うことになる」
そう言う彼女の顔は憎悪と侮蔑に彩られていて、リゼットの知るレイナとはかけ離れたものだった。
「あなたの罪状はね」
周囲に人がいないことを知っているからか、リゼットにより深い絶望を与えるために、レイナは自らの計画を暴露する。
「王太子殿下に懸想して、婚約者の公爵令嬢に毒を盛るの。あなたは罪人として処罰され、亡くなった婚約者の代わりに、新しく聖女となった私が選ばれる」
だがそれは、あまりにも悪質な計画だった。
ノーダ王国の王太子セザールとは、リゼットも何度か対面したことがあった。
眉目秀麗で頭脳明晰。さらに人柄も良く、貴族令嬢には、彼に憧れている者はとても多い。
そんな彼は、リゼットのことも聖女として丁重に扱ってくれた。
尊敬しているが、レイナが言っていたように、彼に恋をしていたわけではない。
王太子には、相思相愛の婚約者がいる。
その婚約者はフォン公爵家令嬢の次女アンジェリカ。何度か教会を訪れていたので、彼女のこともよく知っている。
華やかで美しく、いつも毅然としていて近寄りがたいような雰囲気だったが、実際はとても優しい人だった。
リゼットはもとの身分の低さからか、聖女となってからも、他の貴族令嬢たちに見くびられたり、陰口を言われてしまうことがあった。
それを目撃したアンジェリカは、令嬢たちを叱咤し、そして聖女に対する無礼を詫びてくれたのだ。
彼女が謝罪する必要などない。でもアンジェリカは、王太子の婚約者としての立場から、そうしてくれたのだろう。
忙しい彼女が教会を訪れる回数はあまり多くなかったけれど、それでも来たときは必ずリゼットに挨拶をしてくれた。
いずれ王太子妃になる彼女が礼を尽くしてくれたので、リゼットは少しずつ貴族令嬢たちにも聖女として認められるようになってきたのだ。
そんなアンジェリカの婚約者である王太子に恋をすることなど、あり得ない。
まして彼女に毒を盛るなんて、絶対にない。
思考が痛みに支配されそうになる。
けれどそれを振り切って、リゼットは考えた。
レイナは、同じようにアンジェリカにも毒を盛ったのかもしれない。そしてそれを、リゼットのせいにしようとしている。
そしてリゼットが断罪されたあと聖女になり、さらに王太子の婚約者にもなるつもりだとしたら。
レイナがいつも、王太子に切ない視線を向けていたことは知っている。
叶わないとわかっていても、捨てられない恋心。
そんな彼女を見ているのがつらくて、少しでも彼女の心の痛みが薄れるように、リゼットはいつも祈っていた。
それなのにレイナはついに、リゼットへの恨みと自分の恋心を叶えるために、あまりにも非道な犯罪に手を染めてしまった。
(アンジェリカ様は……)
無事でいてほしいと願うが、レイナの恋を叶えるためには、彼女が邪魔になる。
きっとリゼットに盛った毒のように、声を奪うだけのものではないだろう。
王太子の婚約者として、普段は護衛を連れているアンジェリカだが、教会を訪れるときは、侍女をひとり連れているだけだ。
教会では、国王でさえ護衛を同行させることはできない。
もしここで罪を犯せば、必ず神の裁きを受ける。だから、罪人は教会に侵入することさえできない。
そう信じられているからだ。
けれど、ここに大罪を犯した人がいる。
もしレイナが陥れようとしたのが、リゼットだけであったら。
許してしまったかもしれない、と思う。
祖母が聖女であり、自らも聖女の力を持っていたのなら、自分を差し置いて聖女になったリゼットの存在は許せなかっただろう。
それに、孤立していたときに彼女に救われたのも事実。
けれど、レイナはアンジェリカにも手を出してしまった。
聖女になりたいだけなら、リゼットだけでよかったはずだ。
でもレイナは、まったく非のない彼女を、自分の欲のためだけに排除しようとした。
それは絶対に、許されることではない。
焼けるような痛みがますます激しくなり、意識も遠退いていく。
それでもリゼットは懸命に視線を上げ、レイナを見据えた。
――罪人には、必ず裁きを。




