19.
「え、あの、異母弟とは……」
動揺するリゼットの背を、アンジェリカは優しく撫でてくれた。
「アルの母親は、フォン公爵家の専属薬師だったの。身分柄、私の父は政敵が多かったから」
その女性は平民だったが腕の良い薬師で、さらにとても美しい人だったと語ってくれた。
アンジェリカの母は体の弱い人で、早くに亡くなってしまっていた。
「母を亡くした姉と私を育ててくれたのが、アルの母親だった人なの」
妻を亡くし、幼い子どもを抱えた多忙のフォン公爵のことも支えた女性だった。
そのうちふたりの間には愛が芽生え、アルが生まれることになる。
だがアルの母親は出産のときに体調を崩してしまい、実家に戻ってしまったそうだ。
フォン公爵家はアンジェリカの姉が継ぐと決まっていたが、この国では爵位は男性に継がせる場合が多い。
庶子とはいえ、男児を産んでしまったアルの母は、後継争いの種になるのを恐れて実家に戻ったのではないか。
アンジェリカはそう語ってくれた。
「だからアルはたしかに私の異母弟だけれど、町で育っているの。でも私も姉も、多分父も、よく会いに行っていた」
そして母親と同じように薬師になったアルに色々と相談しているうちに、アンジェリカの婚約者である王太子とも親しくなったようだ。
「むしろ今では、私たち家族よりもセザールの方が会っているくらいよ」
そしてアンジェリカが毒を盛られて倒れたと聞き、王太子は真っ先にアルを呼び出した。
アルも、異母姉を救うために全力を尽くしたのだろう。
その犯人だと思われていたリゼットを、よく受け入れてくれたと思う。
「アルをよろしくね。あの子は母親と同じで、自己犠牲しがちなところがある。それが心配なの」
どう答えたらいいかわからなかったが、アルを支えたい、力になりたいと強く思う。
だからリゼットは、深く頷いた。
アンジェリカが帰ったあと、リゼットはアルの姿を探して離れを歩き回る。
すると、庭にいるのが見えた。
声を掛けようと思って近寄ると、それよりも先に彼は振り向く。
「ありがとう。この薬草が蘇ったお陰で、救える命もある。本当に、助かった」
嬉しそうな顔を見て、リゼットは何故か泣き出したいような気持ちになった。
「私は、どうしてもこの薬草畑を蘇らせたいと思いました」
声が出る。思いを伝えられる喜びを噛み締めながら、リゼットは言葉を続ける。
「今まで、誰かひとりのために歌ったことはありませんでした。聖女の力は、この国のために役立てなければならない。そう思っていました。でも私は、どうしてもあなたの力になりたかった。人のために尽くすあなたを、傍で支えたいと願ってしまったのです」
古びた診療所で、アルと一緒に薬を作り、薬草を育てながら暮らせたら。
その願いが叶うなら、声が戻らなくても、聖女に戻れなくても構わないと思うくらい、そんな暮らしに焦がれた。
今なら少し、レイナの気持ちがわかる。
レイナも王太子に焦がれ、叶わない夢を見てしまったのだろうと。
アルは、言葉を探すように視線を彷徨わせている。
困らせてしまったのかと思ったが、その手はしっかりと、リゼットの手を握ってくれていた。
「……セザールに、王家付きの薬師にならないか、と言われた」
町の薬師ではあるが、アルはフォン公爵家の血筋で、腕も確かである。セザールも、彼が専属になってくれたら、安心だろう。
「俺は町で生きるつもりだったから、断ろうと思っていた。だが、王家付きの薬師なら、聖女を娶っても反対されないだろうと言われて」
「……っ」
王家付きの薬師になれば、身の危険も減るだろう。彼の安全を考えて、その方が良いのにと思っていたリゼットは、急にそんなことを言われて激しく動揺する。
「あ、の……」
「それを聞いて、受けようかと思った。……嫌か?」
優しく尋ねられて、何度も首を横に振る。
「い、嫌ではないです。でも、私で良いのですか?」
「もちろんだ。毒を盛られた人は、ほとんどが人間不信になる。アンジェリカでさえ、回復するまで身内以外は近寄れなかった。でも君は、人を信じる気持ちを、人を思いやる優しさを失わなかった。それがどれだけ稀有なことなのか、俺は誰よりも知っている」
「それは、皆さんが優しかったからです。私だって、レイナを恨む気持ちはありました。でもそれを上回る優しさを、与えてもらったから」
「王家付きの薬師になれば、このまま離れに住んでもいいと言っていた。町の人たちのことも心配だったが、セザールは診療所を新設して、医師を派遣してくれるそうだ。そこで、俺の薬も置いてくれる。だからこれからも、俺の傍にいてくれないか?」
「……はい」
リゼットは頷いた。
涙が頬を伝う。
幼い頃家族と離されてから、ずっと自分の居場所を探し続けていたのかもしれない。
聖女の務めは、これからもきちんと果たすつもりだ。
これからもアルの傍に居られる。
ここで薬草を育てながら、一緒に生きられる。
「夢が、叶いました。私はようやく、帰る場所を見つけられた」
そう言ったリゼットを、アルはそっと抱き寄せてくれた。
アルが王太子の申し出を受けることを伝えると、王太子もアンジェリカもとても喜んでくれた。
王城に住むからには、後見人が必要らしいが、もちろんアルの後見人は実父のフォン公爵である。
そしてリゼットの後見人は、王太子が名乗り出てくれた。
診療所の放火事件も少しずつ捜査が進み、ルヘーニ伯爵を断罪できる証拠も揃った。
アンジェリカに毒を盛った侍女も、すでに拘束している。
ちょうどその頃、ある連絡が入った。
新聖女となったレイナが、声を失ったという。
彼女はリゼットの歌を自分が歌ったものだと主張し、さらにルヘーニ伯爵は、王太子は偽聖女を擁して教会を潰そうとしていると吹聴した。
教会側に賛同する貴族もいたが、ここでレイナが声を失ったと聞き、貴族たちにも動揺が走っているようだ。
「ルヘーニ伯爵と新聖女を呼び出している。リゼットとアルも同席してほしい。ここで終わらせよう」
「わかっている」
「はい、承知しました」
リゼットとアルは、顔を見合わせた。
とうとうレイナの罪が、すべて暴かれるときが来たようだ。




