17.
色々なことがあって疲れていたのか。それから昼近くまで眠ってしまったリゼットだったが、目が覚めたときにはもうソフィーが傍にいてくれた。
「ご無事で、本当に良かったです」
ソフィーは涙ぐみながらそう言って、リゼットを抱きしめる。
ふと、子爵夫人である彼女がどうして診療所を手伝っているのか聞いてみようかと思ったが、思いとどまった。
どんな身分でも、いつもリゼットを気遣い、優しくしてくれた事実は変わらない。
「建物は一部が燃えただけで、二階はほとんど無事でした」
騎士と一緒に現場を見てきたというソフィーは、現状を詳しく説明してくれた。
「乾燥させていた薬草も無事だったので、ここに運んでもらいました」
アルが書き記していた資料も少しは燃えてしまったが、無事なものはここに移動させてあるという。
「薬草畑は……」
「ほとんど燃えてしまいましたが、かろうじて一部が残っていたようです。貴重な薬草のようで、アル様がすぐに庭に植え替えると仰っておりました」
「よかった」
アルが大切にしていたのを知っていたので、それを聞いて心から安堵する。
「ただ、根付くかどうかは難しいようです」
あとでリゼットも、見に行ってみようと思う。
身支度を整えて大広間に出ると、机の上いっぱいに資料を並べて考え込んでいるアルがいた。
「おはようございます」
そう声を掛けると、アルは顔を上げた。
「ああ、おはよう。よく眠れたか?」
「はい。すぐに眠ってしまったようです」
「それなら良かった。リゼットの薬も無事だったから、もうしばらくは服用してくれ」
アルがリゼットのために作ってくれた、飴状の薬を受け取る。
彼は忙しそうだったので、リゼットはソフィーと部屋に戻り、もう少し事件のことを聞くことにした。
「犯人が放火したのは、建物の右側です」
「右側というと……」
診療所の間取りを思い浮かべる。
一階には入院患者の部屋と、資料室。二階には、書斎とアルの寝室があったはずだ。
「犯人の狙いは……」
「もし診療所の間取りをよく知る人物であれば、例の本とアル様を狙った可能性があります」
資料室と、書斎と、アルの寝室。
偶然にしては、すべて例の本に関わる場所である。
だとすると、診療所をよく知る人物が犯人となってしまう。それは、考えただけで恐ろしいことだった。
その恐ろしい犯人の正体がわかったのは、ここに移り住んでから五日後のことだった。
朝早くから訪ねてきた王太子は、アルとリゼット、そしてソフィーにこう告げた。
「放火した犯人がわかった」
「ルヘーニ伯爵家の者か?」
「……それが、診療所の近くに住んでいる者だった」
「え?」
リゼットは驚いて声を上げ、ソフィーと顔を見合わせる。
「誰だ?」
さすがにアルも驚いた様子だった。
「薬をよく買いにきていた、ジェイという男だ」
「ジェイが?」
妻のために朝早くから薬を買いに来ていた、あの男性だとリゼットにもわかった。
「なぜ、彼が……」
もう何年も常連だった男の犯行だったと知り、アルは茫然としてそう呟く。
「妻の薬代のためだと供述している。以前から、ある人に頼まれて診療所の様子を探っていたと」
「ある人?」
「おそらくルヘーニ伯爵だ。間に何人も人を挟んでいるが、今、追及しているところだ」
「……そうか」
「私がアルに例の本を渡したことも、住み込みで治療をしている女性がいて、回復傾向にあることも知って、すべて報告していたようだ」
「薬代のためなんて。ほとんど支払ったことはなかったのに」
ソフィーが怒りを隠そうともせずにそう言い、ジェイは薬代を支払っていなかったことを知る。
薬代を払えない人からは無理に貰わないことは、ソフィーから聞いて知っていた。
無償で妻のために薬を作ってくれた人を、彼は金のために害そうとしていたのか。
さすがにリゼットも怒りを覚えた。
王太子も同じようだ。
アルだけが、怒りではなく悲しみを感じているように見える。
「引き続き、調査を続ける。何か不足しているものはないか?」
「ジェイの妻は、どうしている?」
その問いに、王太子は保護施設にいると答えた。夫がいなくなった今、彼女はひとりで生活することができないのだろう。
「ならば、いつもの薬を彼女に届けてほしい」
そう頼まれた王太子は、すぐには答えなかった。
ソフィーでさえ、まだ助けるのかと驚いている様子だった。
「……わかった」
やがて王太子は、静かにそう答える。それを聞いたアルは立ち上がった。
「準備をしてくる。少し待っていてくれ」
去っていく背中を、リゼットは思わず追う。
「待ってください。私も手伝います」
「リゼット?」
アルは驚いていたが、リゼットは構わずにその隣に並んだ。
「ええと、熱覚ましの薬ですか?」
「ああ。あとは咳止めも必要だ」
「わかりました」
アルよりも先に動き、手早く薬を調合していく。
リゼットには、いくら妻のためとはいえ、ジェイのしたことを許す気にはなれなかった。でも人を助けたいと思うアルの気持ちは、誰よりも尊重したい。
薬を作りながら、アルがぽつりとこう言った。
「人を救うのは、難しいな」
アルにしてみれば、恩を仇で返されたようなものだ。
「でも私は、あなたのお陰で救われました」
リゼットはそう言って、笑みを向ける。
「親友だと思っていた人に毒を盛られ、今までの人生をすべて奪われて。でも、こうして回復することができました。苦痛からも恨みからも解放されて、今の私はしあわせです」
すべて、アルのお陰だ。
そう告げると、彼の表情が少し柔らかくなる。
「そうか。それならよかった」
「もちろん私だけではありません。町には、あなたの薬に助けられた人が大勢いますから。きっと皆、待っています」
悪意の力はとても強くて、たったひとり分で人を打ちのめしてしまうことがある。
リゼットはそれを、誰よりもよく知っている。
でもアルの傍には、彼を必要としている人がたくさんいることを、思い出してほしい。




