13.
だからといって、彼女を信頼する心に変わりはない。
長年親友だと思っていたレイナに裏切られ、つらい思いをしたけれど、もう誰も信じないとは思わなかった。
(だって、こうして誰かを助けるために必死になっている人たちがいる。私を気遣ってくれる人たちもいるから)
リゼットを信じてくれた、アンジェリカ。
保護してくれた、王太子。
色々と教えてくれた、ソフィー。
そして、リゼットのために解毒方法を探してくれている、アル。
そんな人たちと出会えたのに、レイナに対する恨みで、心のすべてを染めてしまいたくない。
人生のほとんどを過ごしてきた教会にはもう戻れないが、世界はとても広くて、教会以外にも居場所は作れる。
むしろ教会以外の場所の方が優しくて、温かい。
それを、リゼットは教えてもらった。
王太子が来た翌日。
朝の診察で、アルは今日から治療を開始すると教えてくれた。
(今日から?)
王太子から毒に関する本を預かったのは、昨日の夜のことだ。ほぼ特定できていたとはいえ、あれから確定し、薬まで完成させたのか。
――大丈夫ですか?
思わずリゼットはそう聞いてしまった。
――無理はしていませんか?
そう書き記したリゼットに、アルは少し戸惑ったように見えた。
「もちろんだ。ありがとう」
余計なことを言ってしまったかもしれない。
そう思った途端に、彼は優しい顔でそう言ってくれた。
「少しでも早く治療を開始したくて、実は徹夜をしてしまった。でも無理はしていないから、安心してほしい」
――あとで、必ず休んでください。
「ああ、わかっている」
そう言って彼は、薬を差し出した。
(これは……。飴?)
小さくて丸い薬は、飴のように見える。
薬湯もお茶も飲めないリゼットのために、工夫してくれたようだ。
「薬湯のように即効性はないから、完全に治るまでは時間が必要かもしれない。ただ、元通りに歌えるようになるには、こうしてゆっくり治すのが一番だ」
促されて、ひとつ口に入れてみる。
(――甘い)
薬なのだからと苦みを覚悟したけれど、口の中に広がるのは甘さ。
あの日の絶望を、少しも思い出させない優しい甘さだった。
――ありがとうございます。
色々な感情がこみ上げてきて、涙が零れそうになる。震える手でそう伝えるのが精一杯だった。
きっと声は出るようになる。
また歌えるようになる。
この優しい味は、リゼットにそう信じさせてくれた。
新聖女が、午後から王都で歌うらしい。
ソフィーがそう教えてくれて、リゼットは思わず料理の手を止めた。
薬を服用し始めてから、三日目。
喉の調子もとても良くなり、まだ声は出ないけれど、もう喉に感じていた違和感は、ほとんどなくなっている。
このまま続ければ、声も出るようになるだろう。
けれど、もう教会はレイナを新聖女として任命している。王都で歌うのは、レイナの新聖女としてのお披露目だろう。
(歌を、聞いてみたい……)
レイナの聖女としての素質は、どのくらいなのか。
それが、どうしても知りたかった。
「見に行くか?」
ソフィーに新聖女の歌を聞いてみたいと伝えたところ、それがアルまで届いたらしく、彼がそう言ってくれた。
聞いてみたい。
けれどレイナに見つかってしまったらと思うと、少し怖い。
「変装すれば大丈夫だろう。ソフィー、支度をしてやってくれ」
「承知いたしました」
ソフィーはまだ迷っているリゼットに、アルと一緒ならばきっと大丈夫だと励ましてくれた。
長いプラチナブロンドの髪をローブで隠し、服装も地味なものにする。アルも同じローブ姿で、ソフィーが夫婦を装えば大丈夫だと明るく言った。
(ふ、夫婦だなんて……)
恥ずかしくなるが、アルはあまり気にしていないようだ。それを少しだけ、残念に思う。
「行くか」
そう言われてこくりと頷くと、アルは手を差し出した。
「人が多いだろうから、はぐれないように」
手を繋ぐなんて、初めての経験だ。顔が赤くなっていないようにと祈りながら、そっと差し出された手を握る。
「いってらっしゃいませ。どうかお気を付けて」
ソフィーに見送られ、リゼットはひさしぶりに王都の北区に向かった。
(すごい人……)
教会前には広場があり、そこでレイナは歌うらしい。
広場には、新しい聖女を一目見ようと、大勢の人たちが詰めかけていた。
声が聞こえる場所なら、姿は見えなくてもかまわない。むしろその方が良いと、リゼットとアルは広場の一番端にいた。
「以前の聖女様は、どうしたんだろうね」
そう話す人の声が聞こえてきて、リゼットは思わずびくりと反応してしまう。
「とても綺麗な方だったのに。神々しくて、いかにも聖女様って感じで」
「それが噂だと、罪を犯して声を失ったとか」
「そんなことが……」
「どうやら恋愛絡みらしいよ」
「聖女様でも、そんなことがあるんだね」
色々な声が聞こえてきた。
新しい聖女のお披露目なのだから、そんな会話があることも覚悟していた。
だから大丈夫だと思っていたが、こうして直に人々の失望の声を聞くと、やはり胸が痛い。
思わず俯くと、繋いでいた手がそっと引かれた。
「……大丈夫だ」
耳元で聞こえた、優しい声。
「必ず治る。また歌えるようになるから、心配はいらない」
その言葉はまるで薬のように、リゼットの心を癒してくれた。




