12.
翌日、復帰したソフィーに、薬作りを手伝うことになったこと。そして、もっと料理を教えてほしいことを伝えた。
「聖女様に、そんなことをさせるわけには……」
薬作りは賛成してくれたものの、やはり聖女であったリゼットに家事をさせることに、抵抗があるようだった。
でもリゼットが、初めてひとりで作ったスープを、アルがおいしいと言ってくれた。それが嬉しくて、もっと色々な料理を作ってみたいと話すと、急に笑顔になって賛成してくれた。
「そういうことでしたら、お任せください。アル様の好みは、すべて把握しておりますから」
満面の笑顔でそう言われて、少し恥ずかしくなってしまう。
でも、アルにもっと色々なものを作ってあげたいと思ったのは、本当だ。
(どうせ作るなら、喜んでもらえるものの方が、いいよね?)
自分が好きなものを作るよりも、アルが好きなものを作りたい。それなら、ソフィーに教えてもらうのが一番だ。
ソフィーはリゼットに料理を教えながら、風邪が流行していたときに起こったある事件を教えてくれた。
「実はこの診療所に、教会の方が押しかけてきました。違法な薬を売っているのではないか、と言い掛かりをつけてきて」
アルが効果的で安い薬を売っていたせいで、教会の薬が売れなくなったせいだろう。
ソフィーは怒りを抑えている様子で、そう教えてくれた。
(そんなことがあったなんて……)
リゼットが教会にいた頃は、シスターたちも皆、真剣に薬を作っていた。少しでも価格を抑えようと、庭で薬草を育てていたこともある。
レイナが聖女になることが決まり、ルヘーニ伯爵家が仕切るようになってきてから、教会も変わってしまったのか。
「ああ、彼らはリゼット様のことを調べに来たのではないから、安心してくださいね」
そう言ってくれたが、少しも安心できない。
――大丈夫でしたか?
もう過去のことだとわかっていても、そう聞いてしまう。
「はい。ここは、王太子殿下が支援してくださっている診療所ですから」
教会では薬を押収し、アルを連れて行こうとしたらしい。
だが王太子が支援していると聞くと、誤解があったようだと言い訳をして、慌てて立ち去って行った。
(……よかった)
それを聞いて、リゼットは心から安堵した。
教会がそんな組織になってしまったのも悲しいが、アルが無事で本当に良かったと思う。
その日の夜、ひさしぶりに護衛を連れた王太子が訪れた。
リゼットは部屋で寛いでいたが、ソフィーに呼ばれ、慌てて身支度を整えて一階に向かう。
「こんな時間にすまない」
そう謝罪した王太子に、リゼットは慌てて首を横に振る。
以前会ったときよりも疲れた顔をしている。彼はかなり忙しいのだろう。
それなのに、こうして気にかけてくれて、有難いと思う。
「元気そうだね」
――はい。ありがとうございます。
リゼットの文字を読んで、王太子は頷く。
「アンジェリカはどうしている?」
そう聞いたのは、同席しているアルだ。
その質問は、リゼットが最も聞きたかったことだ。
「大丈夫だ」
王太子はすぐにそう答えた。
「もう毒からは回復している。だが、最近流行った質の悪い風邪を引いてしまってね。アルの薬のお陰で助かった。教会の薬を、アンジェリカに飲ませるわけにはいかないからね」
たしかに今の教会は危険だ。薬どころかまた毒を盛られる可能性もある。
「妹も風邪を引いてしまったから、アルのお陰で助かったよ」
「いや、助けられたのは俺も同じだ。教会も、王太子の支援を受けていると知ると、すぐに引き下がってくれるから助かる」
アルの言葉に、リゼットはソフィーから聞いた話を思い出して、胸がきゅっとする。
「私のところにも、教会から確認が来た。勝手に名乗っている可能性も考えて、確認のため、と言っていたが、間違いないと答えておいた。もう教会の者が直接来ることはないと思うが……」
人を雇って嫌がらせをしたり、暴漢を差し向ける可能性もあるので、気を付けるように、と王太子は心配そうに言う。
「大丈夫だ。聖女がいるから、普段よりも気を付けている。聖女を危険に晒すようなことはしないよ」
「そうか。護衛が必要なら、いつでも言ってくれ。ああ、そうだ。これを渡そうと思って」
王太子は、護衛に持たせていた荷物から、古びた本を取り出した。
「それは……」
「百年ほど前、当時の国王が密かに調査した、各貴族が所有する毒の詳細が記してある。本来なら持ち出しも王族以外の閲覧も禁止されているものだが、聖女の治療のために必要ならばと、父から許可が出た。これにルヘーニ伯爵家が所有する毒のことも書いてあると思う」
そう言って王太子は、その本をアルに手渡した。
変色し、頁が外れている箇所もあるような、かなり古いものだ。
けれどアルはそれを、宝石のように大切そうに受け取る。
「有難い。ほぼ特定できてはいたが、確信が欲しかった。これで、聖女の治療を開始することができる」
アルはあの忙しい中でも、リゼットに盛られた毒の正体をずっと探ってくれていたようだ。
早速本を開いて読み始めたアルに、王太子は心配そうに言う。
「その本は、お前に預けておく。信頼できる薬師は、他に存在しないからな。ただ、あまり根を詰めすぎるな。自分の体も大事にするように」
「……ああ、わかっている」
本から顔も上げずにそう言うアルに、王太子は困ったように笑う。
「色々と頼んでしまっている以上、あまり強くは言えないが。ソフィー、これからもふたりを頼む」
「承知いたしました、王太子殿下」
ソフィーは恭しく頭を下げる。
綺麗な所作だった。
やはり彼女は、貴族階級の人間なのかもしれない。




