万年筆に"黄金の魂"を灯せ
はじめまして。作者のNATE.Kです。
この物語は、1960年の東京、高度経済成長という輝かしい時代の裏側で、極秘裏に進行していた巨大な「利権構造」との戦いを描く、インテリジェンス・アクション・サーガです。
誰もが未来に夢を見た「黄金時代」。しかし、その富と権力は、『ゴールデン・サークル』と呼ばれる見えない支配者に牛耳られていました。
主人公、久世太陽は、平凡な営業マン。彼が手にした一本の万年筆が、文字を実体化させる“業物”として覚醒したとき、彼の日常は終わりを告げます。
舞台は、熱気溢れる昭和の東京。敵は、時代を超えて世界を支配する巨悪。
これは、一人の青年が「逃げの達人」から「黄金の魂」を持つ者へと成長し、巨大な闇に立ち向かう物語です。
ぜひ、この物語の世界へお進みください。
I. 豊かさの熱狂と日常の価値
1960年11月、東京・日本橋。
久世 太陽の背筋を伸ばしていたのは、新調したばかりのスーツだけではない。その年、この国を包んでいた、熱狂にも似た期待の匂いだった。
彼は、小さな喫茶店のドアを開け、店内へ滑り込んだ。人混みを縫うように歩く技術は、彼の十八年の人生で磨き上げられた「逃げの達人」の天性のスキルだ。それは、彼の辞書に「面倒な回り道」の文字はないという、根拠のない自信の裏付けでもあった。
店内に満ちているのは、安価なコーヒーの苦味と、タバコの煙、そして誰もが口にする「オリンピック」と「株価」という希望の単語。外からは建設現場の重機の音が、この街全体が巨大な胎動をしていることを告げている。
「待たせたな、美波」
美波は、アイスコーヒーのグラスに顔を埋め、ふくれっ面で彼を見上げた。
「遅いよ、太陽。もうグラスの氷がすっかり溶けちゃったじゃない」
「悪い、悪い。源さんの所で最終調整に手間取ったんだ」
太陽は、真新しい光沢のあるダークスーツに身を包み、大袈裟にサムズアップを決めた。
「どうだ?これで明日から営業成績ぶっちぎって、美波にカラーテレビをプレゼントだ。白黒なんて、もうこの時代の『落とし物』さ」
美波は笑った。その笑顔は、太陽にとって、この街の喧騒から隔絶された、静かで穏やかな「日常」そのものだった。彼の両親は空襲で命を落とし、残されたのは焼け焦げた東京と、美波の存在だけだった。
「太陽は、すぐ大げさなんだから。でもね、スーツ、本当によく似合ってる。まるで、別の時代の誰かみたい」
「別の時代?最高の褒め言葉だね。俺は過去の残像なんかじゃない。この新しい時代を、誰よりも早く駆け上がってやるさ」
彼は、胸ポケットに潜む真鍮製の万年筆を軽く叩いた。それは、仕立て屋の主人、源次郎から受け取ったばかりの、両親の形見。万年筆が持つ鈍い金属の匂いは、彼の胸に微かな警告のように響いていた。
「それ、お父さんのなんでしょ?大事にしなきゃ」
「もちろん。これにサインを貰うのが、俺の最初の仕事だ」
その時、太陽は、店の奥、ガラス窓の向こうで、幼馴染の黒田哲也のシルエットが一瞬、立ち止まるのを見た気がした。彼は銀縁のメガネをかけていた。哲也は、太陽と目を合わせることもなく、すぐに人混みに消えた。
太陽が美波に「さあ、帰ろう」と声をかけた瞬間。
キィン!
ガラスを削るような、異常に鋭利な金属音が、店内の喧騒を一瞬で切り裂いた。その音は、まるで、静かな湖面に落ちた一滴のインクのように、急速に恐怖を拡散させた。
II. 鉄の影、日常の崩壊
ガシャアァン!
喫茶店の巨大な窓ガラスが、内側から爆発した。
飛び散ったガラス片の向こう、太陽の視界を埋めたのは、等身大の「ブリキの兵隊」だった。
全長一七〇センチ。それは玩具ではない。全身は継ぎ目のない鈍色の金属で覆われ、その表面からは、青白い燐光が立ち昇っていた。まるで、内部にミニチュアの原子力発電所でも抱えているかのように、けたたましいエネルギーを放っている。
客たちの悲鳴が、濁流のように店内を溢れさせた。太陽は、反射的に美波を抱きしめ、カウンターの下に飛び込んだ。彼の心臓は、まるでハンマーで叩かれているかのように、異常なリズムを打ち始めた。
ブリキの兵隊は、右手に構えた古風な銃剣を、周囲の客に無慈悲に振り下ろした。その動きは、人間が起こす動作とは根本的に異なり、一切の迷いや感情がない。 「鉄の刃」が「肉」を裂く、鈍い音が響き渡る。
二体目、そして三体目の兵隊が、入り口を塞いだ。彼らは、人間を排除しつつも、単に殺戮するだけでなく、何らかの「標的」を探しているかのように、店内を鋭く見回している。その視線は、人々の混乱を貫き、どこか一点を凝視しているようだった。
カウンターの下は、パニックに陥った客たちでごった返していた。太陽は、隣で呻く美波の息遣いを捉えた。美波の膝から、ガラス片が突き刺さり、鮮血が滲んでいる。
「美波!」
その血の色を見て、太陽の思考は、灼熱のトラウマに引き戻された。空襲の炎の中で、両親を失った、焦げ付くようなあの日の匂い。
――俺の、一番守りたかったものが、また、目の前で傷つくのか?
彼は、ブリキの兵隊の冷徹な目線が、自分の胸ポケットの一点に集中しているような錯覚を覚えた。万年筆。 敵の標的は、この形見なのか。
彼の胸ポケットの万年筆が、今、熱い針で刺されたように、体温を急速に上げ始めた。真鍮の感触が、手のひらの汗を吸い、異常なほど熱い。
ブリキの兵隊が、カウンターの向こう側から、銃剣を突き出す。このままでは貫かれる。彼の「逃げの達人」としての本能が、限界を超えた警鐘を鳴らしていた。
III. 逃げの達人の葛藤と覚醒
万年筆の熱が、太陽の指先にまで達した。それは、彼の「逃げの達人」としての本能が、初めて「迎撃」という道を選ばされた、逃げられない状況だった。
太陽は、万年筆を握りしめた。その瞬間、彼の胸ポケットに差し込まれていた白いハンカチが、まるで命を得たかのように自発的に引き寄せられ、万年筆の真鍮の軸に張り付いた。
「なんだ……!?」
彼は驚愕した。万年筆は、彼の意志とは関係なく、彼が「書く」ことを求めている。それは、両親の形見ではなく、獰猛な意思を持つ「道具」へと変貌していた。
太陽は、自らの内に湧き上がる、説明のつかない「衝動」に従い、万年筆に張り付いたハンカチに、震える手で文字を書き付け始めた。
逃げろ。逃げ切るんだ。
彼の思考は「逃走」を命じている。反射的に、彼は「穴」という文字を書きかけた。この危機から抜け出すための「抜け穴」を具現化しようとしたのだ。ペン先が布地を滑る。インクが染み込む。
その瞬間、万年筆から、青白い燐光が溢れ出した。ハンカチの「穴」という文字が、まるで粘度の高いインクのように浮き上がり、立体化し始めた! 空間が歪む、異様な違和感が走る。
――ダメだ。
その現象を目撃した瞬間、彼の頭の中に、別の言葉が、火花のように閃いた。逃走のための「穴」は、目の前の恐怖から目を逸らすための、彼の「逃げの達人」としての悪癖の具現化だ。この力を、ただ逃げるために使ってはいけない。
彼は、書きかけの「穴」という文字を、力任せに塗りつぶし、上書きした。万年筆は、彼の体力と精神力を、渇いたスポンジのように搾取している。額から冷たい汗が流れ落ちる。指先の皮膚が熱で焼けるように痛む。だが、彼はその代償を、拒否しなかった。
「拳銃」
文字を書き終えた瞬間、インクは、油と火薬、そして冷たい金属の匂いへと変質した。五秒後、太陽の手には、真鍮の万年筆から、光沢のある「拳銃」が、実体化していた。
彼の「逃げの達人」としての本能は、今、「誇り高い精神性」に敗北した。
バアァン!
彼は、火薬の衝撃で肩を揺らし、目の前のブリキの兵隊を、一瞬でブリキの塊に戻した。残りの二体が、太陽に向けて一斉に突進する。
IV. 見えない壁と闇夜の逃走
太陽は、拳銃を投げ捨てる。万年筆の力は、既に彼の体力を極限まで吸い尽くしていた。
彼は美波をかばい、目を閉じた。再び、死を覚悟した瞬間。
――ギュン!
ブリキの兵隊の体が、急激に加速した。だが、それは突進ではなく、見えない壁に弾き飛ばされたかのように、壁に激突し、元のブリキの塊に戻って動かなくなった。
太陽は顔を上げた。そこにいたのは、誰もいない空間。
彼は、美波を背負い、裏口から脱出した。崩壊した喫茶店を後にし、夜の東京の街を、無我夢中で走った。彼の背中には、美波の重みと、万年筆の熱い感触があった。
路地裏の暗がり。彼は公衆電話から救急車を呼び、美波の安全を確保した。
その時、彼は、暗闇に紛れるように立っている、黒田哲也の姿を捉えた。哲也は、銀縁のメガネをかけていた。哲也は、太陽を静かに見つめると、一瞬、メガネの奥で、青白い知性のような光を放った。
哲也は、無言で、太陽に口唇を動かした。
「逃げろ。早く」
哲也の顔は、一瞬で「気の弱そうな学生」に戻り、闇の中に消えていった。
太陽は、それが、幼馴染の黒田哲也であることに、この時点では確信を持てない。だが、確信したことが一つだけあった。
俺は、誰かに守られた。 そして、この事件は、美波の怪我だけでは終わらない。ブリキの兵隊が探していた「何か」は、おそらく――万年筆。
彼は、路地裏の暗闇の中、万年筆を握りしめ、静かに誓うように言った。
「美波、聞いてくれ。俺は、もう誰の『落とし物』も、見過ごさない。そして、誰も傷つけさせない」
彼の胸ポケットの万年筆が、暗闇の中で、微かに光った。それは、「逃げの達人」から「抗う者」へと変わる、久世太陽の最初の黄金の魂の輝きだった。
【第2話予告:決断の代償】 負傷した美波、そして襲撃の真の標的。仕立て屋の主人・源次郎は、久世太陽に「ゴールデン・サークル」と、「業物」のすべてを知らされ、彼を諜報機関『SATORI』へと誘う。
「お前の旅路は、地獄への片道切符だ。覚悟はあるか?」
第2話、『SATORIの門』にて、久世太陽の人生最大の決断が迫られる。
第1話『万年筆に"黄金の魂"を灯せ』を最後までお読みいただき、ありがとうございます!
いかがでしたでしょうか。平凡な日常が、一瞬で「ブリキの兵隊」という非日常の恐怖に侵食される瞬間を、皆様にも体感いただけたなら幸いです。
主人公・久世太陽が、恐怖の中で「逃げたい本能」に抗い、「拳銃」を実体化させたあの瞬間こそ、彼の中に眠る"黄金の魂"の最初の輝きです。
「万年筆の力って何なの?」「あのメガネの男(黒田)は何者?」など、疑問に思われた点があれば、ぜひコメントやレビューで感想を教えてください!
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さて、気になる第2話では、ついに仕立て屋の主人・源次郎が、『ゴールデン・サークル』の真の姿、そして“業物"について、すべてを明かします。そして、太陽は人生最大の決断を迫られます。
第2話『SATORIの門』は、近日公開予定です。どうぞ、次話もお楽しみに!




