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認識と本質

作者: 疎谷陸
掲載日:2025/10/18

 重度の知的障害者はこの世界で最も罪深いイノセントである。彼らは周囲の迷惑など毛ほども考えていないし、自らの行いによって誰かを知らず知らずのうちに憤らせるということに対しても何ら後ろめたい気持ちを抱えることもない。無自覚で温厚な羊面で悠々自適に汚れた指をしゃぶっているだけだ。彼らが他者の情緒の揺れ動きを理解することは困難だが、爪に挟まった塵の味だけは容易に理解できるらしく、りんご飴を食べるときの様に舌を器用に使って味わっている。

 下劣で不潔なその薫りと味に一喜一憂することだけを愉悦としているのだろう。その健気で哀れな生態系に対して、あえて無遠慮な意見を述べるとすれば極めて不愉快である。ただ見ているだけで全身の血が逆流しそうになる。

 繰り返し言うが、重度の知的障碍者はこの世で最も罪深いイノセントである。


 月曜日、JR能登川駅のホームには表情を憂鬱に染めた学生と会社員が溢れていた。 全員の顔が今にも命を断絶してしまいそうなほどに生気を欠いていた。名も知らぬそれらの顔を見るたびに俺はいつも、人間の情緒と空模様は反比例の関係にあると思うのだ。鬱屈の朝から始まり安堵の夜で終わる。もはや芸術的なまでに整えられた皮肉な対比構造である。今から学校に向かう俺の心も例に漏れず憂鬱だ。

 内側で生成された憂鬱を惜しみなく放出している会社員の紺色の背中に追従する形で、間の抜けた音を鳴らして開いた扉から車両の中に入った。

 車内はまるでナチスの強制収容所のように人で溢れていて、当然座ることはできず立つことになった。座席は若者によって全て埋められており、腰と具合が悪そうな老人は可哀想なことに立たされていた。足が時々小鹿のように小刻みに震えるのが、一層悲劇的に見えた。

 そのことに対して吊り革を握って立っている他の乗員達は酷く無関心だった。 握っている手とは逆の手で携帯を弄り、ワイヤレスイヤホンを耳の奥まで差し込み、外部の音を遮断することで完璧なまでの事なかれ主義を決め込んでいる者もいれば、車窓から秒刻みで過ぎ去る景色を眺めることで現実逃避に身を任せている者もいた。

 その中には、誰一人として哀れな老人の方を見る者はいなかった。朝方のアスファルトに撒き散らかされた吐瀉物を目にした時と同じように皆、老人達を意図的に視界に入れないようにしていた。その存在自体を認識の外に追放するような、極めて陰湿な手口だった。

 全員が一丸となって無視の姿勢を選択しているその異様な光景に、俺は厭な連帯意識を感じざるを得なかった。車内はガタンゴトンと言う走行音以外には何も聞こえない静寂に満ちていたが、その実「何も余計なことはするな」と言う暗黙の警告が喧しいほどに鳴り響いていた。

「お前が何か勇敢なことをすれば我々が相対的に冷徹な存在として認識されることになる。無闇に敵を作りたくなければ大人しくしていろ」

 脳に届いたそのメッセージからは、陰険で狡猾な小心者特有の怯えから来る防衛本能がそこはかとなく感じられた。俺はその不特定多数の睨みに対して、何かしらの対抗手段を選択することなく沈黙していた。          

 所詮俺も彼らと同じ臆病者なのであった。数分後、電車が近江八幡駅で停止し、席に座っていた若者や屹立していた人々の多くが放たれるようにして降りて行った。  

 俺は空席と化した四人席の一つに腰掛けた。小鹿のような老人は俺の隣席に座った。間もなくふうという吐息が聞こえた。摩滅した精神と疲れ切った体を併せ持つ者にしか奏でられないか細く儚げな呼吸音だった。俺は憐憫を抱かずにはいられなかった。老人は現在席に座りながら目を瞑って柔和な表情を浮かべている。きっと、こんな大して座り心地も良くはない禿茶色の椅子を至上のものであると感じ、座るという行為への喜びを全身全霊で受領しているのだろう。その様子は実に愛らしく、まるで愛玩動物のようだった。

 この老人がどこで降車するのかということは知らないが、せめてそれまでは安らかな時を過ごせるようにと人知れずに祈る。ところが祈りと言うものは大抵の場合、裏目に出てしまうものである。

 突如として連結部の扉が開き、一人の男が現れた。その男は手に握っている携帯電話から耳障りな高音を鳴らしていた。テレビアニメのキャラクターの声のようだった。流れる音に顔を顰めながら男を睨むと、彼の両耳にはイヤホンが装着されていなかった。僕はすぐに怒りを燃やした。電車内でイヤホンを着けずに大音量で何かの音源を再生することは俺にとって最も許しがたいことだった。

 その忌まわしき非常識な男はゆっくりとこちらに近づき、僕の座っている席の右前の席に座った。座ると同時に遅れてやってきた罪悪感が彼を襲い、それが白々とした両耳にイヤホンを装着させるというようなことはなかった。

 男は着席した後もいかにも愚鈍そうな面を浮かべて、黒光りしたスマートフォンから甲高い音を垂れ流していた。俺は憂鬱になり、勘弁してくれよという思いを込めた目で男を見た。俺以外にも彼の隣に座る婦人はもちろん、目を瞑って安堵していた老人の他に、空いている席がいくつもあるのにあえて座らない道を選んだサラリーマンの男性、右斜め前の二人席に座る女子高生までもが、彼を憤りに満ちた瞳で睨んでいた。

 この時、集団意識を循環する大気の様に身近に感じた。ともかく俺は彼が鳴らす頓珍漢な音に対して極めて強い不快感を抱いていたので、どうにかして止めさせることを考えた。普通に注意をしようか、それか怒り任せに特別強く言って潜在意識にトラウマを植え付けてやろうか、いや、そんなことをすると車内の温厚で特に何も不満を抱いていない層からは、俺が悪と言う風に写ってしまうかもしれない。そのように誤認させられることは勘弁ならない。

 今回の場合、僕は完全なるイノセントなのであり、人々の認識の中だけでも薄汚い濡れ衣を着させられるわけにはいかないのだ。逡巡した挙句、俺は男に対して柔らかく注意することに決めた。脳内で窘める言葉を生成して何度か静かに呟いた後、面と向かって実際的に発言しようと男の顔をまじまじと見た時、男は突如自らの指をちゅぱちゅぱと音を立ててしゃぶり始めた。体の大きな成熟した男性がまるで乳を求める赤ん坊のように一心不乱に指を舐め続ける、そんな異様としか言えない光景に、注意してやろうと意気込んでいた俺の勢いはすっかり挫かれ、暫くただ茫然と眺めていることしかできなかった。

 その中で黒く細い紐が掛けられている首と、ろくに整えられていない荒れた頭髪、焦点が疎らに動き回る瞳を見て、俺はあることに気づいてしまった。それは男がおそらく何らかの健常ではない要素を抱える重度の知的障碍者であるということだった。

俺は困った。何故なら重度の知的障碍者には言葉が通じないケースが存在するからだ。言葉のやり取りをするにあたって前提条件である言語通信が、滑らかに進行しなければ注意する文言は意味を失う。すると声は車内を独り歩きし、何の効果も生み出さずに消滅してしまう。

 僕は労力と引き換えにわざわざ水泡を受け取ることになるのだ。もしくは、仮に言葉が通じ、男の理解力も人並みにあったとしても、海馬に異常があれば警告をすぐに忘れてしまうことにもなりかねない。そうなれば元の木阿弥である。

 俺は暫く悩み、この男に迷惑行為を自覚させるには論理ではなく本能に訴えかける手法の方が効果的なのではないかという結論に達した。

 知能の差で言葉が通じない可能性のある相手には、言語的にではなく感覚的に憤った感情を伝えた方が良い、そのようにして僕が選んだアプローチが「舌打ち」であった。

 舌打ちは主に苛立った感情を表現する際によく使われ、噴火寸前の鬱憤を少しずつ外に漏らすことを目的とした身体的行動である。というのが一般的な概念だと勝手に思っているし、そこまで大きくは外れていないと考えている。少なくとも気分がいい時や喜ばしい祭典の最中に「舌打ち」をするというような事例は聞いたことがない。確実にプラスよりかはマイナス寄りの行為だ。

 そして知的障碍者であればおそらくこれまでに人から苛立ちを買い、舌打ちをされた経験は何度もあるだろう。健常者の僕でも何度かあるのだから、確実にある。

 その度にプラスアルファで蔑みの言葉を投げかけられでもしたら、いくら知的に問題を抱得た脳にも悪しき記憶として刻み付けられるだろう。

 そんな傷を抱えた脳であれば僕が鳴らした舌打ちは必ず効果を発揮し、男はそれを聞いた瞬間に鞭を目にした馬の様に委縮し、恐怖を回帰させるだろう。「舌打ち」は確実に良い効果を生み出してくれる。僕はその論理の帰結に限りない勝算を抱いたのである。

 前歯の裏側に舌を付け、撃鉄を鳴らすタイミングを静かに推し量る。少し口を開けた状態で歯の裏に載せた舌の根を滑らせ、摩擦を起こすことでいとも簡単に音は鳴る。余りの容易さに肩透かしを食らったような気分になるほどだ。威嚇手段という側面に置いては舌打ちはこの世界で最も簡素でかつ効果的なものだ。微弱な身体動作で生成できる警告音、ローリスクで何かしらのリターンを望める動作である故に、それが最も効果を発揮するタイミングを使用者が見極めなければならない。

 そんなことを考えながら前方を睨んでいると、標的が窓の外を見るために目を逸らした。俺はその時こそが絶好のタイミングであると確信し、舌を鳴らした。

チィッという音が予想以上に大きく鳴り響いた。少し感じが悪いような印象を乗客に与えたかもしれないと不安になったが、彼らの視線が俺の体に刺さる感覚は少しもなかったのでその心配は杞憂に終わったのだと安堵した。

 目の前の知的障碍者らしき人物が窓の外を見るのを止めて、俺の方に向き直った。目の前で虫に羽ばたかれた時のような無垢な驚愕を顔に浮かべていた。俺はそれを見て、やはり考えていた通り威嚇射撃は効果覿面だったのだと思った。暫く俺と奴の無言の睨み合いが続いた。その状況の中でも、相変わらず男の携帯電話からは喧しくアンパンマンの曲が鳴り響いており、実にシュールだった。

 今ぐらい音を消せよ。そう言ってやりたかったが、直接感情を言葉にすれば奴に暴力的な手段を取られるかもしれないので敢えて押し黙っていた。俺の体が貧弱で頼りないのに対し、奴はかなり強靭な体つきをしていた。殴られたら一たまりもないことが容易に想像できる。俺は殴られることがこの世で五番目に嫌いだった。

 一分ほど経過した時、突然奴は開口した。言葉を発する前の前兆であるように思えた。

喋れるの!? 俺は驚いた。端から言葉を操る術を知らないと決めてかかっていたからだ。舌打ちをされた行為に対して怒り狂うのかそれか嘆き悲しむのか、そのどちらかをされた場合、俺はどのような対応を取ればいいのか、奴がとったたった一つの動作に俺は頭を乱されかけた。しかし、すぐに冷却されていった。先に迷惑を掛けたのは奴なのだから、舌打ちをされる原因は奴にある。だから怒り狂われたところで何も恐れることはない。正義は俺である。

 いっそ清々しいような心持になり、奴からどんな言葉が放たれようとも全て受容することに決めた俺は覚悟を決め、奴の顔を真正面から睨みながら身構えた。

来るならば来い。

すると男は俺が準備を終えたことを待ち構えていたかのように口を大きく広げ、真っ暗な口内から極めて短い言葉を放った。

 俺は思わず目を見開いた。放たれたそれが余りにも荒唐無稽で、予想の範疇を大きく外れた物だったからだ。

「おはよう」

 信じられないことにこの状況で奴は朝の挨拶の言葉を口にしたのだ。俺は呆れた。呆れ果てた。鳩が豆鉄砲を喰らった衝撃というのはおそらくこのようなものだろう。 

 その後強烈な虚脱感が俺を襲った。もう何もしたくないという気分にさせられた。所詮多少知恵を働かせた程度では、知能の壁の前に屈せざるを得ないのだと理解させられた。反撃の手段が思い浮かばず、ただ茫然としている間にも、俺の耳にアニメの声は無秩序に侵入した。

「おはようて‥‥‥」

 それが辛うじて俺の口から発することができた言葉だった。無力感に打ちのめされ、俺は心底呆れ果てていた。 電車はゴオッという音を響かせて、トンネルの中に入った。

 窓の外は夜闇のように真っ暗だった。それはお先真っ暗な俺の現状とリンクした。 男の携帯電話から流れる愛と勇気だけが友達さ。という文句が聞こえたが、俺にとってはこの暗闇の方がよっぽど親密になれそうな相手だった。 トンネルが開けて車窓に光が差し込んでも、奴との間に光明が差すことはなかった。 そのすぐ後に電車は石山駅に到着したが、男は降りる気配を全く見せず、それどころかより深く椅子に座り込んだように思えたほどだった。

 電車は走り出した。アニメ音声は変わらず垂れ流されたままだ。この世で終わりが見えない苦痛ほど辛いものはない。いっそ俺が目的地を目指すことを放棄して、適当な駅で下車してしまおうか。そんなことを思い始めた時分だった。 突然隣に座っている人の良さそうなお爺さんが立ち上がった。電車がまだ線路の上をガタゴトと音を立てて走っている途中であったために、その足は震えていた。けれどお爺さんが構うことなく、知的障害者と思わしき奴に向かって言ったかと思うと、諸悪の根源である携帯電話を取り上げた。

 奴は呆気に取られて、それを呆然と見つめた後、返せと主張するようにアー、アーと言いながら両手を伸ばしてジタバタとさせた。お爺さんはその様子を冷然と見据えながら、サイドのスイッチに手を触れて、一息に音量をゼロにした。車両に幾分ぶりかの静寂が帰ってきた。その後、お爺さんは携帯電話を奴の手に返した後、若者の耳の近くで「うるさいんじゃ!」と怒鳴った。凄まじい音量だった。ありきたりな表現を使うなら雷親父のそれであった。

 それを言った後、お爺さんはため息を一つ吐き、ゆっくりと椅子に腰掛けた。 奴はシュンと俯いて、「ごめんなさい」と呟いた。奴に言葉は通じたのだ。俺は根拠もないのに端から奴は言語障害を患っていると決めてかかっていたことを反省した。

 次に電車が停車した大津駅で、お爺さんと奴は降りて行った。空いた二つの席に代わりに腰掛ける者は現れず、一人取り残された俺は暫く無言で窓の外を眺めていた。その凄まじい速度で変遷する景色の中には家のように見える全く別の建造物がいくつかあった。それを見て、人の性質が必ずしも自分が受けた印象通りではないことと似ているなと思った。言葉を扱えなさそうな面構えをしている男は、「ごめんなさい」が言えたし、温厚そうでひ弱に見えたお爺さんは怒った時に凄まじい怒鳴り声をあげた。人間の性質は見かけによらないということである。だから第一印象や決めつけで物事を推測ってはならない。  

 俺は移り変わり続ける車窓の外の景色を目で追いながら、そんなことを思っていた。

 

 


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