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場所は広々とした玄関エントランス。


「行ってくる」


ユーフィアやベラをはじめとする侍女たちに、リアムが出立(しゅったつ)を告げた。


「いってらっしゃいませ、リアム様」


使用人たちが(そろ)って、恭しく礼をした。

若い侍女二人が開けた両開きの扉から外に出て、ユーフィアを伴って階段を下りたリアムは停まっている馬車に乗り込んだ。


「いってらっしゃい」


車窓から声をかけたユーフィアは名残惜しさに似た感情を抱いたが、それが(おもて)に出ないようにしている。

と、リアムが朗らかに、


「安心しろ。すぐに帰ってくる」

「あ、うん……」


また気を遣われてしまったと思いつつ曖昧な返事をしたユーフィアにリアムは微笑みを送り、


「出してくれ」


御者が操る縄で叩かれた馬が(いなな)き、馬車が動き出す。

馬車が敷地の外に出るまで見届けたユーフィアはエントランスに戻り、姿勢よく立っているベラに問い掛ける。


「ベラはリアムの行先って知っている?」

「いえ、存じ上げません」


ご期待に添えず申し訳ございませんといった具合に否定したベラにユーフィアは慌てた様子で、


「いや、知らされていないのならいいの」


侍女長であるベラが知らないということは他の侍女たちもリアムがどこに向かったのか知らないと考えていいだろう。

一体、彼はどこへ、何しに行ったのか――。


「……」


気になる。

しかし邸の外には出ないと約束したので調べようもない。


「それではユーフィア様、このベラが邸をご案内致します」


ベラの言葉にこくりと頷いて応じて、ユーフィアは彼女に先導されて邸の案内を受けることになり――。

邸の一階には晩餐室(ばんさんしつ)、応接間があり、二階にはユーフィアに(あて)がわれた寝室以外にリアムの主寝室、執務室、いくつかの客室などがある。

使用人たちの多くは母屋(おもや)ではなく離れに住んでいるんだそうだ。

ベラの丁寧な案内を受け終えたユーフィアは宛がわれた自分の部屋の前で、


「案内してくれてありがとう」


と感謝を述べた。


「いえ」


ベラが頬を緩ませて短く応じた、ちょうどその時。

ユーフィアの傍に近寄ってきた黒髪でシニヨンヘアの若い侍女がユーフィア様、と呼んだ。


「湯浴みの準備が整いましたので、よろしければどうぞ」

「どうもありがとう」


反射的に礼を言ったユーフィアはふと疑問に思う。

あれ、わたしが最後に湯浴みしたのっていつだっけ……。

小屋に閉じ込められてから一切、風呂に入っていない。

………………


「…………絶対臭いですよね! すいませんすいません……!」


平謝りするユーフィアにベラが困惑気味に


「謝らないでください」


そう言葉を返すと、傍らの侍女がそうですよ、と同意して、更にこう続けた。


「もう気にならないくらい鼻が慣れちゃいましたからっ」

「リリー!」

「は――っ……」


ベラに鋭い声で呼名された黒髪の侍女、リリーが失言を自覚して大きく開けた口を両手で押さえた。


「若い者がユーフィア様に大変、失礼な発言を……!」


今度はベラが平謝りして、リリーも慌てふためきつつ彼女に倣って頭を下げる。


「いやいや、臭いわたしがいけないんで!」


両手を振って、あくまで自分が悪いと主張したユーフィアは声を継ぎ、


「ということで一刻も早く湯浴みしたいです……!」


久方ぶりの湯浴みを終えて淡い色合いのワンピースに着替えたユーフィアは自室に戻った。


「何しよう……」


格調高いソファに座ってこれから何をしようか悩むユーフィア。

侍女たちと話して親睦を深めたいが、仕事を邪魔するわけにもいくまい。


「書庫に行ってみようかな」


ひとりごちたユーフィアは先ほど邸内を巡った際に最も気になった大きな書庫へ向かうことにした――。

洒落た紋様が施された樫の扉を開けて書庫に足を踏み入れたユーフィアは整然と立ち並ぶ書架に翡翠色の瞳を輝かせた。


(色々な本があるなぁ)


蔵書は物語だけでなくディルセイル王国の歴史に関するものや天聖術の理論書など様々だ。

しばらく広い書庫をうろついたユーフィアの脳裏に不意に蘇ったのはリアムの言葉。


『いや、おまえがエンペディオに通う、そんな未来も確かにある。ただそれが実現するかどうかは俺にかかっている』


リアムが外出したのはわたしの奇蝕病を治すためなのではないか。

もし仮に奇跡的にこの病が快癒(かいゆ)したとしても、今の状態でエンペディオに合格するのは不可能に近い。

そのはずなのだが――。

時を戻す力を使える彼が見てきた未来ではユーフィアはエンペディオに通っているらしい。


(一体、どうやって合格したんだろ……)


想像がつかない。

だが今、自分がやれるのは勉強ぐらいしかない。

室内でひとり真剣な表情を作ったユーフィアは天聖術関連の書物を数冊、手に取って、自室に戻り(むさぼ)るように読み始めた。

ソファに座って拝借した本を読んでいたユーフィアの耳朶に届いたのはドアをノックする音。


「どうぞ」

「失礼致します」


入室したのはベラだった。


「ユーフィア様、夕食の用意ができました」

「あ、もうそんな時間なんだ……」


読書に没頭していたせいでそれほど時間が経っているとは気づかなかった。


「晩餐室ではなくこちらでお召し上がりになりますか?」

「ううん、晩餐室で食べる」

「かしこまりました」


そんな言葉を交わし合って、ユーフィアはベラと共に一階の晩餐室へ移動した。

晩餐室も他の部屋と同じように広く、真っ白いクロスが敷かれた長いテーブルと十を超える豪華なチェアに、華やかな絵画が何点も壁に飾られている。

適当な席に腰掛けたユーフィアは次々出てくる絶品料理に舌鼓(したづつみ)を打った。

豪勢な料理を残さず平らげることができたのは治癒術を掛けてくれていたセオのおかげだ。

彼に心中で感謝したユーフィアはふと思った。

きっと誰かと一緒に食べたら、もっと美味しいって思えたのかもしれない。

そしてその『誰か』がリアムだったらいいな、と。

晩餐室を後にして自室に戻ってきたユーフィアは読み終えた本を持って書庫へ。

元あった場所に拝借した本を戻して、別の天聖術に関する装丁がしっかりとした本を携え、再び、自分の部屋へ。

定位置となりつつあるソファに背中を預けて、新たな書物を読み始めた。

ひとしきり読み進めた頃、ユーフィアは本を閉じて、特に理由もなく天井を眺めた。

――早く帰ってこないかな。

身勝手ながらそんなことを思う。

ずっとひとりだった。

居場所なんてなかった。

だからだろうか。

ひとりになるのが怖い。

孤独が当たり前だった侯爵邸にいた時より、今の方が不安になる。

彼に優しくされたことも。

彼に出会ったことも。

彼の存在自体も夢だったのではないかと疑ってしまう。


「寝よう」


このまま起きていても(ろく)なことを考えない。

心に広がる負の感情を必死に抑えつけて、ユーフィアは本をテーブルの上に置いて、ベッドにダイブ。

目をぎゅっと(つぶ)って、意識を闇に沈ませようとした。

しかしなかなか寝付けず、結局、寝息を立て始めたのは真夜中になってからだった。

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