小さな約束
壊れた世界で
どんなに小さくても
約束が人を支えてくれる
小さな町に辿り着いた。名前なんて、もうどうでもいい。
全てに意味がなくなったのは、ずっと前のことだ。
それでも、この町はまだ綺麗だった。少し歩いて、補給できる店を探していたとき、彼女から電話がかかってきた。
「やっほー!誰がホットケーキ作ったと思う?」
幸せそうな声だった。口の中にまだ入っているのがわかる。
「誰だろうね…」
少し皮肉っぽく返した。まあ、選択肢なんてないけど。
「その言い方、今となってはちょっと寂しいね」
そう言って笑いながら、話題を変えた。「でさ、今どこ?」
「うーん…わかんない。店があって、その隣にも店がある。何か欲しい?」
どうやら商店街のような場所にいた。
「ぬいぐるみが欲しい!」
少し興奮気味な声。周りを見渡してみる。たしかに、探せばあるかもしれない。
「汚れててもいいの?」
この時代、無傷なだけで奇跡だ。
「ぬいぐるみはぬいぐるみ。あなたがくれたら、それだけで可愛いでしょ」
――どうして、そんなことを普通に言えるんだろう。
彼女、自分で言ってて照れてるのかな…
「わかった…」
そう言って目を閉じ、鼓動を落ち着かせる。
「探してみる。あなたのために、いちばん可愛いのを!」
なぜか片手を空に伸ばした。大げさなポーズがしたかっただけかもしれない。
「それって…約束?」
いつもと違って、少しだけ彼女の声が恥ずかしそうに聞こえた。
「うん、約束だよ」
私も、ちょっと照れていた。
初めて、お互いの気持ちが重なった気がした。
「ホットケーキ、作ってくれる?」
言いながら、顔が熱くなっていく。
「約束する…」
その声でわかる。きっと、丸くなって照れてる。
そのあとも、しばらく話し続けた。
ガラスのショーケースの中に、ぴったりのクマのぬいぐるみを見つけた時、運命を感じた。
そっとリュックにしまって、再び歩き出す。
私は昔、約束をしたことがなかった。
自分自身にも、人にも。
もちろん、誰かからされたこともない。
だから――どう反応すればいいのかわからなかった。
嬉しい?感動?それとも、ただ歩き続けるべき?
足音は遠くない。心臓は早く打っていない。
でも――たしかに、進みたいと思った。
進みたい、って思ったから。
だから私は、走り出した。
そして、愛する人へ向かって、笑った。
春は夏に花を渡し
命は死に花を託した
夏と死はその花を枯らし
それでも永遠に残すと誓った