何気ない会話
滅びた世界で
声のないメッセージが、彼女の心を温める
「隣の人がポータブルのレコードプレーヤーでモーツァルトをかけてるの。朝からずっと聴いてて、もううんざり」
そんなメッセージが届いた。
私はこらえきれずにクスッと笑い、こう返した。
「じゃあ止めればいいのに」
でも、その返信はすぐには届かなかった……
私は都市と都市を結ぶ道路を歩いていた。そういう道は場所によって電波が変わるから、通話はできない。
それでも、彼女は今していることをメッセージで送ってくれる。会話を続けるのは難しい、というか、ほぼ不可能。だから、彼女のメッセージはいつも「今やってること」になる。
歩き続け、何時間も経ったころ、次のメッセージが届いた。
「ちょっと遠出してみたの。マンガ屋さん見つけたけど、どれも休載中だった」
思わず吹き出した。その一言で全部持っていかれた。
なぜだか、そばにいてくれるような気がした。夜になり、私は道端にテントを張った。
「おやすみ」と送ったけど、返事は来なかった。メッセージ自体は届いたみたいだけど、返事は……なかった。
またひとりに戻った気がした。
最近、彼女と話すと幸せな気持ちになる。多分、今この世界で知ってる唯一の人だからだと思う。そう考えた。
――もし、他にも人がいたら、私は彼女と話していただろうか?
人に囲まれていた記憶も、ひとりだった記憶も曖昧で、自分でも答えがわからない。
彼女はどんな人なんだろう。昔はどんなふうに暮らしていたんだろう。
気になることが山ほどあるのに、私が知っているのは彼女の声だけ。
……でも、それで十分だった。
それで、十分だった。
本当に、それが「十分」?
今夜は眠れそうにない。目を閉じた。「十分」って、不思議な言葉だ。
目を開けると、朝になっていた。
意外と、そこまで思いつめていなかったのかもしれない。
そして、また歩き出した。
数時間後、新しいメッセージが届いた。
「保存食のいいところ知ってる? スナック菓子がまだ食べられるところ!」
なんで毎回こんなに笑わせるの?そう思いながら返した。
「もっと健康的なもの食べなよ」
今日も昨日と同じような日。
歩いて、彼女のメッセージを読んで、また歩いて、景色を見て、微笑んで、彼女のことを考えて……
――見たこともない、声しか知らない相手のことを、こんなに考えられるのはどうして?
道路のそばにある湖に、カモたちがやって来た。水に浮かび、頭を潜らせている。魚でも探しているのかな。
彼らは目的地に着いたんだろう。私も向かってるけど――私もあんなふうに穏やかになれるのかな?
……だんだん、不安が胸を締めつけてくる。
夜がまた訪れて、今日もテントに入る。
「おやすみ」
今夜は電波があった。
「おやすみなさい!」
返事が届いた。スマホを置こうとした、そのとき。
通知音が鳴った。
「好きだよ」
……今夜は、眠れなかった。
「好きだよ」は魂を探す
秋が命を求めるように
静けさが安らぎを求めるように