廃墟の中の声
約束のもとに旅人は歩き続ける
約束のもとに、壊れた世界が色を取り戻す
「昨日、車の運転を覚えようとしたんだ……」
私は缶を持ち上げて、中身を確認しながら言った。
「車ってまだ動くの?」
彼女は本当に不思議そうに聞いてきた。
「いくつかはね。でも『覚えようとした』だけ。ここにあるのは全部動かないし、鍵がないと始動もできないし」
私は缶をリュックにしまいながら答えた。今日は夕食にフルーツがある……。
「てっきり、本格的な車泥棒かと思ってた」
彼女がくすっと笑い、私もつられて少し笑った。
「ううん、物心ついた時からずっと歩いてるよ。仕事場も徒歩1時間だったし」
そう言った時、私は少し誇らしげだった。
「徒歩!?仕事まで歩いてたの!?」
彼女がソファか何かから飛び上がったように感じた。あまりの叫び声に、私は一瞬スマホを耳から離した。
「そんなに珍しい?」
なんとなく、職場の人たちも驚いていた気がする。
「だってさ、電車もあるし、車もあるし……自転車だってあるのに、歩く?」
彼女の声には、本当に驚きがこもっていた。
「じゃあ、自転車探して掃除して、タイヤ直して、あなたに会いに行くよ」
私は冗談っぽく言った。
「……会いに?」
彼女が返した。
「えへへ、冗談だよ」
私は笑いながら言った。
「ほんと?……でも、私……全然嫌じゃない。むしろ、すっごく会ってみたい!」
……その声に、少しだけ感情が乗っていた気がする。
私は立ち止まって空を見上げた。雲が静かに流れている。曇りでも快晴でもない空。
行き先なんてなかった。ただ足の向くままに歩いてた。でも、目的ができるって、悪くないかも……。
「私も、会いたいな」
私はそう答えた。
自転車も何もないけれど、彼女が住んでる場所を聞いた瞬間、私の足取りは少し軽くなった。
「それで、いつ着くの?」
彼女が聞いてきた。どこか、恥ずかしがっているような……迷ってるような……もしかして、本気にしてない?
「なんで?」
私は少し気になって聞き返した。……この気持ちは、何?
「だって、家を掃除しないといけないし、ご飯どうしようとか……あ、音楽も準備しないと!干し肉ならあるけど、それでいい?」
彼女の声には、ちょっとした冗談っぽさがあった。私はまた笑った。心がほっとした。
「うーん、たぶん一週間くらいかな……」
そのあとも少し話して、電波が悪くて通話は切れたけど、心はどんどん温かくなっていった。
目的があると、世界は変わる。
今、私は初めて“進みたい”と思った。ただの必要からじゃなくて、“本当に”進みたいから。
私はふと、思い出した歌を口ずさんだ。
携帯をソーラーチャージャーにつないで、歩き始めた。
雲はまだ流れていて、太陽が私の肌をやさしく撫で、風が静かに吹いていた。今日の長い歩き旅を、少しずつ涼しくしてくれそうだった。
私は迷わず進んだ。
彼女と会えるその日を、想像しながら。
永遠の約束のもとで
風はそっと撫でる
私たちの命は しがみつく




