7 オフィール
いつもお読みいただきありがとうございます!
ドラゴンに壊滅させられたネルソン村の復興が進む中、そして私が辺境にやって来て半年が経つ頃。王家から手紙が辺境に届いた。しかも、辺境伯宛ではなく私宛だ。
中身は父である国王の容態が思わしくないから、回復魔法をかけに王都に戻って来いとのことだ。王宮お抱えの回復魔法の使い手ではだめだったのだろうか。
「殿下がここで回復魔法を派手に使ったので、その事実が王都までウワサで届いたのでしょう。密偵はサムエルさんが処理したと思っていましたが、商人からウワサが出回ったのですね」
「ロイド、すまない」
「いえ、どのみち回復魔法がなくても王都には呼び出されていたと思います。なぜなら、王都での第二王子の評判がよろしくないのです。それで殿下を担ぎ上げる動きがあります」
伝書鳩と人脈を駆使して情報を集めたロイドが難しそうな顔をしている。
「第二王子が王太子になったのに、なぜだ?」
辺境伯も王家からの手紙を見ながら難しい顔をしている。この辺境では集めようと積極的にならない限り、王都の情報など入ってこない。
「第二王子の粗暴な性格が広まっているのでしょう。今までは殿下もいたのでそれほど問題視されていませんでしたが、どうも新しく婚約者になった公爵令嬢に暴力をふるったようですね。それで筆頭公爵家から見放されかけています」
「へぇ、私と気が合いそうだ」
辺境伯は冗談のように言うが、王都ではそんなことは通用しない。
「これは明らかに罠です、殿下。きっと殿下が行けば王妃と第二王子の手の者に殺されます」
「だろうな」
「しかし、行かなかったら行かなかったでより面倒なことになるだろう? 行っても行かなくてもあちらにとっては好都合だな」
辺境伯の言う通りだ。
王命に逆らったと軍でも差し向けられるか、処罰されるか、あるいは王都に行って殺されるか。
「筆頭であるアズール公爵家から密かに接触がありました。あちらは第一王子殿下に王位について欲しいそうです」
「おやおや、追い出したくせに泥沼の王位争いだな」
辺境伯はこれまたどうでもいいことのように言う。
「私はもう辺境伯と結婚しているんだが」
「婚姻無効でも何でも使える手はありますからね」
「いいじゃないか。王都に行って美しい貴族令嬢と結婚すれば。あなたにこの辺境は似合わない。いつでも離婚しよう。ただし、もらった金は返せない」
あっさり離婚を切り出す辺境伯に私は頭痛がした。この前「私の夫」なんて言っておきながら舞い上がったのは私だけか。彼女の特別にはなれないのだろうか。
「辺境伯は私を裏切った令嬢とまた婚約しろと?」
「一瞬婚約して殺せばいいじゃないか。事故でも偽装して。そして他の好きな女と結婚したらいい」
だめだ、考え方が暴君のようだ。
「辺境伯のおっしゃることは少し過激ですが。第二王子が国王になっては国が乱れます。アズール公爵令嬢と再婚約して、適当に冤罪を被せて婚約破棄をしましょう。これはあちらが学園で先にやった手口ですからぜひやり返しましょう。なんなら男娼でも手配して従者にしてハニートラップでも」
だめだ、ロイドまでそんなことを。
「異母弟だって国王になったら落ち着くかもしれないだろ。母親からの国王になれというプレッシャーでおかしくなっているだけかもしれない」
王妃の玉座への執着はすさまじかった。
異母弟が赤ん坊の時から積極的に私を殺そうとしていたのは彼女なのだから。異母弟は王妃の言いなりのようなものだ。今がやっと反抗期なのかもしれない。
「私はあなたが王に向いていると思うがな」
「辺境伯もそう思われますか!」
「強い者が王である必要はない。辺境では分かりやすく武力が必要なだけで。もちろん知力でもいい。あなたはきちんと民のために動ける人だ。そんな国王の方がいいだろう。何より辺境に金をケチらない。この調子で金を稼いであちこちに還元して欲しい」
「はい、殿下は国王にふさわしいです!」
意気投合をここにきて始める側近と書類上の妻。
彼女にとって悲しいことに私は金蔓でしかないらしい。思わず、彼女をじっとりとした目で見てしまう。しかし、カラリとした晴天のような笑顔を返されただけだった。
「私は王都から逃げてきた身だ。王位にだって興味なんて」
「しかし、行かない訳にはいかない。行かなければ恐らくエストラーダ領まで巻き込んで問題になる。王都の事情に巻き込まれるのは困る」
「残念ながらそうでしょうね……殿下もそれは不本意でしょう。これからやっと復興を始めるエストラーダ領にまた新たな争いの火種が」
「セルヴァの娘も悲しむだろうな。この間、あなたも赤子を抱っこしただろう。しかも名付けまでしていた」
息さえ合い始めた辺境伯と側近。
回復魔法を使った兵士たちからは暑苦しいほどの感謝を受けている。家族ぐるみで付き合いもさせられたし、生まれた赤ん坊を無理矢理抱かされた。小さくて軽いはずなのに、命の重みを感じるあの感触を思い出す。
「離婚はいつでもできる。書類だけは書いておこう。そうだ、あなたが王都に行くのなら選りすぐりの護衛をつけよう。ライナーとセルヴァなんてどうだ。セルヴァは一度王都に行ってみたいと言っていたからな。あの二人がいれば騎士団が襲ってきても対応できる。必ず一人は側に付けておくように。そうしたら襲われても殺されはしない。そして他の令嬢と婚約の運びとなったら離婚しよう」
こういう時まで男前すぎる辺境伯。
結婚書類の時もだが、サラサラとロイドの差し出した離婚書類に平気でサインしている。ロイドもロイドだ、準備が早すぎる。
彼女にとって私はどうでもいいのか? 離婚された女性になるのに……いや離婚された女性の肩身が狭いのは王都の話だ。彼女は強いから問題ないだろう。ライナーあたりとでもすぐ結婚できるのだろうし……。
話を戻そう。私が行かなければエストラーダ領を巻き込んで難癖がつくだろう。税を上げられても困るし、軍を差し向けられても困る。魔物狩りに忙しいのに軍の相手までさせるなんて。
私自身も少し歩き回ったこの地にそんなことが起きるのは嫌だ。やっと、ドラゴンの爪痕から復興を始めたというのに。そう思うくらいに愛着は湧いている。
二人の勢いにやや流されるように、王位に興味はないが私は王都行きを決める他なかった。
辺境伯は「じゃ」とばかりに名残惜しさの欠片も見せずに部屋を出て行く。
私が気になる人は私に興味が全くない。私は彼女の特別になりたいのに、彼女はそれ以上に一人で立っているだけで特別なのだ。