7 デライラ
いつもお読みいただきありがとうございます!
ライナーの剣を受け流しきれない場面が増えてきた。
あちらの力もスピードも上がっている。このまま消耗戦に持ち込まれたら私が不利だ。
悪魔に体力切れってあるのか? ライナーの体はそもそも耐えられるのか?
ドラゴンならまだ良かった。
何の躊躇いもなく槍や爆弾を投げ、投石器まで使えた。図体も大きかったから全員で攻撃しやすかったし、意思疎通もできなかったから容赦も一切しなくて良かった。
ライナーは人間にしては大きい方だが、殺すわけにはいかない。
私の斜め後ろにずっといた幼馴染なのだ。
嘘をつく時の動作も恋人が今まで一人もいなかったことも、戦い方の癖も全部知っている。
致命傷を与えて、もしライナーが死んだら?
しかも夫は閉じ込められているし──。
避け損ねてライナーの剣が私の脇腹を切った。
意外と傷は深く、ピッと鮮血が舞う。
私はライナーに傷を負わされてややプライドが傷ついただけなのだが、その瞬間、明らかにライナーが動揺した。
剣先が鈍り、あらぬ方向に腕を振ろうとする。
まるで、私との戦いを嫌がるように。
それを見て自然と口角が上がっていた。
なんだ、ライナー。ちゃんとまだお前の自我があるのか。
悪魔に完全に乗っ取られたのかと思ったじゃないか。
ちらっと夫の様子をうかがう。
兵士の何人かは結界が破れないので、こちらに加勢してくれているがライナーのスピードにはついていけていない。
夫は私がよく教えていた、いや実際に夫に対してやっていた、足払いをかけて首を絞めるという技を神官にかけていた。
あの神官は武術の心得はないようで、ナイフの持ち方もなっていなかった。
夫はあの結界からもうすぐ出てくるはず。
エストラーダに来た頃はヒョロヒョロの白いアスパラガスだったのに、強くなったものだ。
これ以上戦いを長引かせるわけにはいかないが、ライナーのスピードが速くて私でもついていけなくなりかけている。
こんな時にサムエルがいればとも一瞬頭をよぎったが、隣国のことがあるので念のためエストラーダに置いてきたのだった。ついでに、戦闘力がないのに連れて行けと喚くロイドも足手まといだからと置いてきた。サムエルが最後は拘束してくれた。
サムエルでは若いライナーを絶対に攻撃できない。彼は自分より若いエストラーダの者が死ぬのを何より嫌がる。あるいは、辺境伯である私を守るために捨て身で刺し違えにいくだろう。父の時にそうしなかった罪悪感で。
……あぁ、その手があったか。
一度もこんな手は使ったことがないが、このまま夫が結界から出てきてライナーに狙われたら危ない。さっさとライナーには正気に戻ってもらわないと。
ドラゴンに勝利するのも、父やネルソン村の犠牲が必要だった。
悪魔に勝利するにも、多少は代償を払わないといけないだろう。
ライナーもこれできっと正気に戻る。あとは夫を信じる。
ライナーの動きは鈍ったものの、またすぐに私に襲い掛かってきた。
彼の赤くなった目に揺れているのは、悲しみと愉悦の両方に見えた。
一度、彼の剣をなんとか弾く。
そしてもう一度よく流れを読んでから、さっき切られた脇腹をライナーの剣の軌道に無防備に差し出した。
刃物が肉体を通る感触。
主に魔物に対してだが、私はいつも刺す側だった。今回は珍しく刺される側である。
でも、これで逃がさない。
ライナーの目が少し見開かれた気がした。
「デライラ様!」
兵士の声が聞こえるが無視して、私の腹に刺さった剣を片手で掴んで抜けないようにする。
「ライナー、このバカ。悪魔になんぞやられて」
私は自分の剣をすぐそばにあるライナーの胸にためらいなく刺した。
「があああああ!」
心臓の近くを刺されたせいか、ライナーは大声で叫んで剣を手放して暴れる。しかし、私はライナーを貫いた剣を両手で持って手放さない。
「デライラ!」
「オフィ、早くしろ!」
脇腹が焼けるような痛みを訴えている。
夫は駆け寄ってくると、ライナーの背中に飛びついた。兵士たちもライナーがこれ以上暴れないように足に縋りつく。
ライナーは渾身の力でしばらくギャアギャア言いながら暴れていたが、やがて彼の体から力を急に抜けた。
慌てて剣を引き抜くと、夫が回復魔法をまだかけているせいか瞬時に胸の傷も塞がっていく。夫が背中にへばりついたまま、ライナーは床に倒れていった。
ピヨがギャアギャア喚きながら、私の肩に止まった。
「デライラ! 剣を抜かないと回復できない!」
背中から離れてしかもライナーを踏んでやってきた夫は、兵士に頼んで私の腹に刺さった剣を抜くように指示する。
「あぁ、それもそうか。抜いたらまた傷つくしな」
私を座らせながら、夫は兵士とタイミングを合わせて回復魔法をかける。
夫に怪我はないようだ。
「なんで、こんなこと……」
「ライナーの動きを止めるにはあれが一番だった」
夫は神官にナイフを向けられた時は平気で対応していたのに、私が脇腹を刺されたら目に涙を浮かべて震えている。相変わらずヒヨコみたいだった。
「デライラは全然……自分を大切にしてない。なんであんな命を懸けるようなことを平気で……」
「そうか? このくらいでは死なないし、私は信じていたぞ。そろそろ出てきてくれると。だからあの手が使えた」
ライナーは兵士が念のために手足を拘束しているが、意識がないようでピクリとも動かない。
それでも、わずかに胸が上下しているので生きている。
私に回復魔法をかけ終わっても、夫はしょげていた。
「どうした、怪我はもうしてないだろう? これで一件落着だ」
「そうだけど……私だってデライラを守りたかった」
「守ってくれると信じていたからあの手を使った。現にライナーも生きている。私も無事。いいじゃないかそれで、ん?」
腹の上で何かが動いた気がして、払うように触るが何もない。
「どうしたの?」
「いや、中に虫でもいるのかと」
腹を何かが這い回る感覚がある。
ペタペタ触っても分からないので、服を引っ張った。
腹の一部が奇妙なほど膨らんで中でうごめいている。
「なぁ、オフィ。これは……」
ピヨがギャアギャア言っている。
こいつは今日一日ずっとギャアギャア言っているのだろうか。
そう思った瞬間、視界に赤いものと黒いものが見えた。
目を見開く夫にも赤いものが飛び散って、よくよく見れば見慣れた血だった。
慌てたように駆け寄ってくる夫の口が私の名前を象る。
なぜだろう、彼の金髪どころか、周囲の景色も急激にセピア色になっていった。
さっきそれほど失血したか?
自分の腹を見ると、そこから血が垂れている。
あれ、おかしい。さっき夫が回復魔法をかけてくれたのに。
再度夫を見た。
私の目の前には夫ではなく、夫との間に黒い何かがいた。
邪魔だ、何だこれは。
それが意識のある私に見えた最後の景色だった。




