5 デライラ
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ライナーが動いたと思ったら、すぐ目の前に移動してきた。
へぇ、まぁまぁ早いじゃないか。
剣を振るわれて受けるが、いつもよりも力が強く押し切られそうになったのでうまく受け流した。
「なんだ、ライナー。悪魔が体にいる方が強いじゃないか。いっそ、そのままでいるか? 悪魔を飼いならしてみろ」
兵士たちに夫を助けに行くように顎で示し、ライナーを挑発する。
ライナーは目を赤く輝かせながらも、怒ったようにまた剣を振り下ろす。
手合わせ中にこうやって挑発したらよく静かに怒っていたから、まだライナーの意思が残っているんだろう。
何度か打ち合い、ライナーの体に傷をつけるたびにおぞましい声がライナーの口から漏れる。
ちらっと夫の方に視線をやったが、兵士も夫も黒いツタのようなもので傷つけられている様子はない。
夫がツタを掴むと、パラパラとそれは欠片になって落ちていく。
それを目の当たりにして、聖職者なのにそんな顔をして大丈夫かと突っ込みたくなるような顔を、今あの神官はしている。
今度はライナーの傷に視線を移したが、悪魔が中にいるからといって一瞬で治るようなことはない。傷口からは血がどくどくと垂れている。
これは早く気絶させなければいけない。このまま続ければ、ライナーを殺すしかなくなる。気絶させておけば回復魔法を流しやすいだろう。
「おい、ライナー。今のお前ならドラゴンがエストラーダに出たら倒せそうか? スタンピードは? お前の父親が亡くなった時の規模だ」
話しかけていればライナーがせめて反応するだろうかと、挑発的な言葉を投げかける。
ライナーが一番反応するのは「弱い」という言葉と、スタンピードで亡くなった父親のことだ。
あまり体を傷つけるのもと思いライナーに蹴りを入れたが、彼は体の前に腕を出して攻撃を阻止し、もう片手で私の足を掴んだ。
私の片足を持ったまま振り回して、壁に放り投げる。
「お前、バカじゃないのか。何を手を抜いてる。私の片足を持ったならそのまま壁に叩きつけるまで放すな」
空中で体勢を素早く立て直し、ライナーに切りかかる。
普段のライナーよりも強いが、ドラゴンよりは弱い。
腹を切りつけると、またライナーは「ギィアア!」というような声を上げた。悪魔にも痛覚はあるらしい。
そのまま血を流す腹部を蹴り、ライナーが呻くのを気にせずに顎に剣の柄を叩き込んだ。
「悪い、やはり手加減はできないものだな」
ライナーの大柄な体が倒れてピクリとも動かないのを確認してから、夫にまた視線をやる。
夫は白く光り輝く半円状のものに神官と二人で閉じ込められていた。ピヨも入れて三人と言っていいのかは分からない。
夫は何かにひどく怯えた様子で、神官は夫に何やら喋りかけている。ピヨは音こそ聞こえないが、あの様子だとかなりうるさく飛びながらギャアギャア喚いているはずだ。
「は? 一体何が……」
兵士たちは無事だが、あの白く輝く半円を必死に叩いても切りつけても中に入れないようだ。
周辺に変な黒いツタもない。何が起きた?
確かめるために駆けだそうとした私の足を、後ろから何かが掴んだ。
切り伏せようとしたが、その瞬間に足が解放されて体勢を立て直す。
振り向くと、ライナーがふらふらと立ち上がるところだった。
「オマエデハ、ナイ」
ライナーの声ではなかったので、すぐさま構えて切りかかった。
「ワレノコトハ、ヘイカトヨベ」
悪魔というものは喋るようだ。
私の剣はライナーのもので受け流された。
「そういう趣味はない。私は王家に忠誠はそんなに誓っていないのだ。まぁ、ライナーの体から出て行ってくれるなら呼んでやってもいいが」
「ダメダ、コノオトコノキョウフトシット。スバラシイ」
悪魔はドラゴンと違って意外と意思疎通ができる。人間と契約を結べるなら当たり前か。
再度切りかかったが、また弾かれた。
さっきよりも力が強くなっている。何度か打ち合ったが手が痺れるほどだ。
それにしても、ライナーの口で喋っているのに不快でおぞましい声だ。
気絶させるのは逆効果だったか?
「では、陛下。あなたの目的はなんだ? 場合によってはあの神官よりも私が叶えてやれるかもしれん」
「セイジンヲコロスコト」
ライナーが素早く私の後ろに回り込んでくる。
すぐに飛びのいたが、ライナーが拳を叩き込んだ床には穴が空いていた。
私がつけたはずのライナーの傷はすべて綺麗に塞がっていた。
これはまずいな。少なくともドラゴンには自己治癒能力はなかった。
「おや、それは困ったな。私は結婚早々夫に死なれる悲劇の未亡人になってしまう」
私は夫と神官のいる方にわざとライナーを誘導しながら、話しかける。
夫には、悪魔の使う魔法攻撃は効かない。ということは、閉じ込めているのは神官が扱う特有の魔法だろう。
あの神官がどの程度魔力があって、あの魔法にどんな威力があるのか知らないが、神官にはきっと悪魔の力をぶつけるのがいいだろう。
私が連れてきたエストラーダの兵士たちは、ドラゴンに耐えた精鋭たちだ。彼らがあの半円を破壊できないなら、悪魔を利用するしかない。その後で、ライナーには気絶してもらう。
「ライナー、起きろ! 悪魔に好き勝手されていいのか!」
手が痺れるほどの力で振るわれる剣をうまく受け流しながら後退して、夫との距離がだんだん近くなってきた。
急にライナーに距離を詰められたので、思わず蹴りを入れようとした時だった。
「テヲヌクナ、ダッタナ」
攻撃は先ほどのように腕で阻止されて、蹴りを入れようとした片足を掴まれ勢いよく私は白い半円に叩きつけられた。
「がっはっ……」
受け身は取ったが、背中に衝撃が走る。これでも壊れないので、思ったよりあの半円の強度は強い。
「さっきより、力が、強くなってるじゃないか。ライナー」
「ヘイカトヨベ」
「言葉が通じるのも、案外嫌なものだな。話し合いに応じる気はないのか?」
「ワレハケイヤクヲハタシテ、ジユウニナルダケダ」
ドラゴンと隣国そして聖国の神官の次は、ライナーに憑りつく悪魔だとは。
夫がモテるのはなかなか困るものだ。
一度目のドラゴンが出現したのは夫が婿入りする前だった。
それ以降の怒涛の出来事は、夫が婿入りしてきてから。
もう何年も経った気がするが、案外それほど時間は経っていない。
兵士たちに指示を出して、私は再び立ち上がって剣を構えた。
恐怖はない。
ライナーはこの状況に恐怖したのだろう。人間らしくて羨ましいことだ。
恐れたら二度と立ち向かえない。
これまでは私の剣はエストラーダのためにあった。でも今回は夫のためでもある。
それがたとえ正義とはいえなくても。
この意思があれば、私はまだ人間だ。恐れを知らぬ心のない竜殺しではない。




