4 オフィール
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ライナー? どうして私の首を絞めようと?
今のは何かから庇おうとしてくれてたまたまなのか? それとも──。
「ライナー!」
ライナーがライラックに剣を向けるのを見て、慌てて彼の足に縋りつく。
これはライナーじゃない。ライナーはライラックの名前こそ覚えないが、こんなことは絶対にしない。
こちらに視線を向けたライナーの目が赤く光っていて、ぎょっとする。
ライナーは足を振って私を振り払おうとするが、デライラに鍛えられたおかげで振り払われずに意地で縋りついて回復魔法を流した。
ライナーがおよそ人間とは思えない声を上げて、私に剣を振り下ろしてくる。
彼は自分の足が傷つくのも構わずに私を刺そうとするので、仕方なく彼の足から手を放して剣を避けた。
広間に入ってきたエストラーダの兵士たちも、ライナーが私とライラックに襲い掛かる様子に困惑しているようだ。
──そいつが悪魔の本体みたいだな。中に入り込まれてる。
「え、嘘? ライナーに?」
だから目が赤いし様子がおかしい?
──大丈夫だ、まだ完全に適合してない。
「じゃあ、あの神官は何であんな力を? てっきり、あの神官に悪魔が入り込んでるかと」
──あいつが召喚をコントロールした奴だな。悪魔の契約者のはずだ。契約者の願いを叶えるために力を一部貸して、あとは対価として悪魔がこの世界で好き勝手出来る器を探してるってとこだな。悪魔は召喚以外でこっちに来れないし、狡猾らしいから。
ライナーは私に剣を突き立てようとして、寸前で迷ったかのように剣先がぶれた。
もちろん避ける行動をとっていたが、これが何度も続くとちょっと鍛えただけの私ではライナーの相手はかなり厳しい。
対応に迷っていた兵士たちは慌ててライナーを止めようとするが、私のように振り払われている。
「ライナーが、悪魔が入り込む器に適してたってこと?」
──そうだな。エストラーダの兵士たちは、お前の回復魔法を何度も受けているおかげで大丈夫かと思ってたんだが。まぁ、そいつもあっさり入り込まれることなく抵抗してるみたいだ。
「ど、どうすれば?」
──お前の魔法を流すしかない。聖人は悪魔から最も離れた、悪魔が嫌う存在だから。それか完全に器として適合するのを待って、あいつの体と一緒に悪魔を殺すか。適合する前だと悪魔に逃げられるかもな。
「そんなこと、ライナーにできるわけないだろ!」
これまで一緒に過ごしてきたライナーを殺すなんて無理に決まっている。
──まぁ、悪魔に関してはお前はあんまり関係ない。今回の手段なだけだ。あの神官が勝手に呼んだんだし。あの神官が多分今回の聖人の相手。聖人にはいつも対になるものが存在するから。
「というか、そんなに知ってるなら事前に教えてくれれば!」
悪魔に関する資料なんておとぎ話のものくらいしかなかったのに。なぜライラックはこんなに知ってるんだ?
──見て分かることを伝えてるだけだ。悪魔は初めてだ。
見て分かる? どこが?
「避けろ!」
デライラの鋭い声に振り向くと、破壊された玉座の一部が黒いツタによって投擲されてこちらに飛んできていた。
慌てて身を低くして回避すると、走ってきたデライラに荷物のように抱えあげられる。
「どういう状況だ」
私を抱えて、玉座の破片を器用に避けながらデライラは鋭く問う。
「ライナーの体が召喚された悪魔に乗っ取られかけてる。私の魔法を流すか、悪魔が適合してライナーごと殺すかしかないらしいけど……そんなことはできないから、どうにかしてライナーに近づきたい」
「あのバカ……じゃあ、あっちの神官は? 変な黒いツタは弾くし切れるからいいんだが、さっきからああいう風に玉座や物を投げつけてくるから全然近づけない」
「悪魔の契約者らしい。どっちも倒さなきゃいけないって……」
デライラは素早く神官とライナーを見比べている。
「ライナーなら私が勝てる。私はライナーに負けたことがないからな。ひとまず気絶だけでもさせておける。あの神官は武力はないようだが力が厄介だ。契約者なら悪魔の方を気絶でもさせれば、あの神官の力も弱まるか……」
デライラの苦々しい視線の先には、エストラーダの兵士に剣で対抗するライナーの姿があった。
剣を振るっているということは、まだライナーの自我が残っているのだろう。それか、エストラーダの兵士たちに悪魔の力が効きづらいのか。
「デライラは……悪魔が怖くないのか?」
ライナーに悪魔が入り込んでいるなんて言われて、明らかに様子がおかしいから信じるしかないが、それでも戦うというのは恐ろしくないのだろうか。
「見たこともないものを最初から恐れるのがおかしい。それこそ敵の思うつぼだ。恐怖した瞬間、負けている。そもそも、私はドラゴンが現れるまでドラゴンを見たこともなかったし、どう立ち向かうかも分からない中で必死で戦った。誰でも一度目というのはそういうものだ。悪魔が現れたなら生きている限り立ち向かえばいい。それが夫を奪う相手ならなおさらだ」
ドラゴンと悪魔どっちが強いのかと笑っていたデライラを思い出す。
デライラに頼って縋って私はついてきてしまったが、彼女が戦っているのは私の責任なのだ。
彼女の目は一切恐怖していない。
私が聖人だとか聖人じゃないとかで聖国に引き渡されそうになったり、そのせいで反逆の罪を着せられてエストラーダが危険に晒されたり。
エストラーダは地下に魔石の鉱脈が眠る黄金郷だった。
じゃあ、私は一体何なんだろうか。ありえない聖人というものなのか、そうじゃないのか。その答えがここにあるのだろうか。
エストラーダの人々は、魔物を殺しドラゴンを倒してきた。それで他の領地や王都の安全は守られた。でも、いいように使われて復興のための支援はほとんど受けられず、やがて私を受け入れたことで反逆扱いだ。
私も同じだ。ずっと見向きもされなかったのに、隠してきた回復魔法をエストラーダのために使ったら、王都に呼び戻されて殺されそうだった。その後で聖国に引き渡されそうになるし、反逆の口実に使われるし。まるで、私の存在が悪いみたいに。
どうして、放っておいてくれないだろう。
私は安寧に生活していきたいだけなのに。デライラと一緒に。
私の存在は悪くない。私は早く死ねと言われるような存在じゃない。今では私は生きていていいんだって思えるんだ。
それらをデライラと一緒にいて体感できている。
「神官は……私がどうにかひきつけて時間を稼いでおく。ライラックのこともかなり気にしているみたいだし、私に用があるんだろう。その間にデライラはライナーを」
面識はないはずだが、神官は偽物の聖人と私のことを呼んだ。ライラックのことも気にしているようだし、何やら因縁がある相手なのかもしれない。
「助かるが……いけるか? ライナーの相手なら私一人でできるから兵士は全員オフィにつけよう」
「やってみる。ライナーは絶対に死なせたくないから」
デライラの怪我に回復魔法をかけると、彼女はすぐにライナーのいる方に走って行った。
「ライナー、たかが悪魔にやられて情けない! 仲間に刃を向けたことを、スタンピードで死んだお前の父親は天国で泣いているだろうな!」
ライナーは兵士を振り払って私たちの方に来ようとしていたが、デライラが大声で煽るように叫ぶとそちらに反応した。
「ライナー、お前は弱い。私よりずっと弱い男だ」
デライラがライナーに放った言葉だったが、まるで私に言われたようにも感じた。
ライナーはきっと怒るだろう、でも……弱いのは悪いことじゃない。
視線を上げると、神官が私を見ていた。
その目は王妃の目と一緒だった。
面識もない初めましてであるはずの神官は「お前なんて早く死ね」という強い視線を私に向けていたのだ。




