3 オフィール
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エストラーダの兵士たちは、様子のおかしい王都の騎士たちを手慣れた様子で気絶させて縛り上げて窓から外に放り投げている。
それを横目に眺めつつ、ライラックに急かされてデライラの後を追う。
途中で、前を走るライナーの体が大きく傾いだ。
「ライナー!」
王都の騎士たちだけでなく、ライナーまで様子がおかしくなったのか?
王妃が引きずり込まれたあの部屋に何があるのか分からないが、ライナーまで戦力が減るとこちらも痛い。
先ほどは、私を殺そうとしていた王妃に助けを求められて驚いた。
そもそも、名前を呼ばれたことにさえ驚いたのだ。
いつも「お前なんて早く死ねばいいのに」と視線だけでも語っていた王妃だ。今城で起きていることは、王位継承権のある当事者の誰よりも王位に固執した彼女のせいだ。
エストラーダ領で思ったより人が死なずに生贄の数が足らなくなって、王都の貧民街を焼いて殺して数に加えたのだ。
そんなことをした元凶の彼女に「助けて」と手を伸ばされて、複雑な感情が大いに渦巻いた。
王妃も私もどこで間違ったのだろう。
私は王位なんて要らないと言っていたし、態度にかなり出していたのに。
直系王族が二人しかいないから放棄まではできなかったが、国王にもっと言っておけばよかったのだろうか。
毒も暗殺者も何もかも差し向けられて、婚約者にも裏切られて私は疲れて諦めて逃げてしまった。
王妃がこんな風になったのは私のせいなのか?
とにかく、王妃はやりすぎた。
そんな王妃でも、ここで悪魔に殺されて死ぬのはなんだか違う気がするのだ。
彼女は国民の前で罪を明らかにして死ななければならない。
ライナーに追いついて、背中に触れる。
回復魔法を使おうとすると、すぐにライナーが私の腕を振り払う。あまりの力強さに今度は私が吹き飛ばされかけてよろめいた。
「ライナー?」
「……大丈夫だ。こんなことのために魔法は使わず温存しとけ」
ライナーはぜぇぜぇ苦しそうにしながらも、前にゆっくり進む。
私や他人を思いやってくれているはずの彼の態度に違和感を覚えながらも、デライラの後を追って部屋に入る。
玉座のあるその部屋には、大きな魔法陣が描かれて不気味に鈍く光っていた。
王妃は魔法陣の端の方に倒れていて、そのすぐ側には神官の服を着た若い男が立っていた。あれが王都の騎士たちが言っていた大神官だろう。大神官の割には大変若い。
魔法陣から放たれる禍々しい空気がなければ、神聖な儀式の最中にも思える光景だった。
若い神官は長い銀髪を垂らしており神秘的で、肩から腕にまでかかった紫の布が高貴さを醸し出している。
神官は扉の開いた音でこちらを向いた。
おそらく、私たちは初対面のはずだ。デライラだって信心深くはないし、私も神官と面識はない。
「あぁ、おでましですか。竜殺しに……偽物の聖人」
偽物というか、聖人だなんて名乗ったこともないのだが。
色白で非常に整った容貌の神官だった。
神官はデライラを見るわけでもなく、私の頭上を恍惚と眺めている。そこにいるのはライラックだ。
ライラックも神官の怪しい視線に気づいたのか、私の肩に戻ってきた。
「お前は誰だ」
デライラが剣を抜いて近づいていこうとした途端、先ほどの黒いツタのようなものが襲ってくる。
しかしデライラに触れようとした途端に、そのツタは先ほど見たのと同じように何かに弾かれたようにな動きをした。その瞬間を逃さず、デライラが切りかかって黒いツタは消える。
あれは切れるのだ。
「さすがですね、この手は通じませんか。私もなかなかまだ使いこなせなくて」
神官は抑揚のない声でブツブツ言いながら、今度は複数のツタが床を這ってこちらに来た。
デライラはもう一度複数のそれを切り、いくつかに襲われそうになったがデライラに届く前にツタがまた弾かれる。
──聖人の使う魔法は悪魔に有効だ。お前の魔法を何度か受けたことのある奴らは体に残ってるからきっと平気なんだな。
王都の騎士たちとエストラーダの兵士たちでは、私の回復魔法を受けた頻度が圧倒的に違う。デライラの場合は呪いを消したから余計にだろうか。あぁ、だから王都の騎士たちや庭で倒れていた人たちはおかしかったのか。悪魔の影響だろう。
──にしてもあいつ、悪魔本体の割には気配が薄いしなんか違うな……。もしかして召喚した悪魔の一部の力しかまだ使えてないせいか?
部屋全体を見渡すと、王妃の他にもう一人が血だまりの中に倒れていた。
しばらく会っていなかったが、あれは異母弟のリュシアンだ。
ピクリとも動かないのとあの出血量では、おそらく死んでいるだろう。
──召喚したての悪魔が人間に取りつこうとしたのか。それで、あれは器として適合しなかったんじゃないか。
大神官に悪魔がついて異母弟を殺したという王妃の話と違うが、王妃がどこまで理解していたかも怪しい。
「召喚した陣を破壊するか、あの大神官を倒せばなんとかなる?」
──陣や召喚者を壊したり倒したりしても、召喚された悪魔は勝手に人間の恐怖を食らって成長していくから悪魔を倒さないとダメだ。お前が回復魔法の要領で魔力を流せばいい。それか、辺境伯みたいに武力でいくかだな。
デライラは大神官に近づこうとして、黒いツタに絡めとられないまでも数が多いのでなかなか思うようにいかないようだ。
デライラは戦っている。私は何をすべきだろうか。
──ほら、お前。あれをやれ。セルヴァの時にやったあれ。あれなら広範囲に効く。
いや、あれと言われても。
聖国に引き渡されそうになって、気づいたら周囲が焼けて、テオドールの怪我が癒えていたあれのことだろうか。
しゃがんで床に手をついて、回復魔法の要領で魔力を流してみるがセルヴァの時のようなことは起きない。あの時はライラックが傷つけられそうになって白い光に包まれて──。
「ダメみたいだ……ぐっ!」
ライラックに呆れられていると、後ろから誰かが私の服の襟を掴んで持ち上げた。
床から体が浮いて、服で首が締まって足をじたばたさせるが、腕は離れない。
まずい、やられる。
首の後ろの腕を掴んで回復魔法を流そうとした時だった。
急に腕が離れて床に放り投げられ、デライラと何度も練習した受け身を反射で取る。
「けほっ」
慌てて起き上がった先には、ライラックに目をつつかれて抵抗するライナーがいた。




