2 ライナー
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「おい、デライラ! 突っ走ってんじゃねぇよ!」
勝手知ったるエストラーダの城の中を走るかのように、デライラは初めて来たはずの王城を怖いものなど何もないかのように前へと走る。
見慣れた紫紺の髪が大きく揺れながら遠ざかりかけるので、慌てて追った。
俺にとって二度目の王城は明らかに異様だった。
二度目とも言えないかもしれない。一度目は城に入ってすぐにエストラーダに二度目のドラゴンが出現したと知らせがあり、とんぼ返りしたからだ。
悪魔だなんて、俺は見たことも聞いたこともない。
いくら日々魔物と対峙しているといっても、こんなに人がバタバタ倒れて、王妃らしき人物がおかしな黒いツタに襲われていて、怖くないわけがない。
気を抜いたら足が震える。
空気が重くて呼吸がしにくい。生存本能が前に進むことを躊躇する。
なのに、だ。
デライラは平気で突っ走っていく。
俺を置いて。
幼い頃から一緒にいる俺に肝心なことは何も言わずに。押し付けられた結婚だってさっさと決めていた。後ろにいた俺の方を見もせずに。なぁ、デライラはいつもそうだ。
デライラのことは止めても無駄だと、これまでの人生で知っている。
火を噴くドラゴンにも、あいつは迷いなく突っ込んでいった。そう、二度も。
魔の森で敵兵に囲まれた時も、俺より自分の方が強いからと俺を逃がそうとした。
なぁ、俺が弱いのがいけないのか?
俺がこんな図体なのに弱いから、デライラは何も言わずにどんどん先に行くのか?
ずっとずっと彼女に追いつけない。
追いつきたいのに、俺の定位置はデライラの斜め後ろだ。決して彼女の隣には並べない。
デライラを追いながら、ちらっとオフィール王子の方を見遣る。
彼も走りながら、この間までヒヨコだったはずの黄色疾風一号に守られていた。
俺がデライラの婚約者候補だと囁かれて胡坐をかいている間に、そしてミミックが出現したらデライラの姿を模倣することに恐怖しているうちに、いつのまにかあの黄金の王子はデライラの隣に収まっていた。俺が渇望してやまない隣に。
ミミックに死んだオヤジが見えるなんて嘘だ。
俺にはデライラが見えている。彼女が俺に向けて微笑むのだ。それが恐ろしい。
デライラはあんな風に微笑まないとか、そういう問題ではない。
デライラは強い。俺よりずっとずっと強い。
俺より先に突っ込んでいく。
俺はそれが一番恐ろしい。一緒に並んで走っていけない自分が。いつも数歩遅れて追いつけない。
デライラは全然命を大事にしてない。彼女は平気で戦場で死ぬだろう。
彼女が俺より弱ければ、俺は迷うことなく彼女の前に出た。背にデライラを庇うだろう。
セルヴァの気持ちもよく分かる。
デライラの背中を見ていると、決して追いつけないと思うんだ。
いい加減にしてくれよって思うんだ。
俺たちはそんな高潔になれない、親を魔物やドラゴンに殺されてもそんなに強くなれない。
そしてデライラの隣にいつの間にかいたのは、ヒヨコみたいに震える黄金の王子だ。
回復魔法を使い聖人というものらしいが、自分の身さえ自分で守れないか細い弱っちい女みたいな外見の王子だ。
そんな奴が良かったのか?
俺がデライラと同じくらい、ドラゴンと戦って亡くなった前辺境伯くらい強くなろうとした期間は何だったんだよ。
あの王子のせいでデライラはまた死にかける。下手をしたら死ぬ。
頼むから、もっと後ろにいてくれ。
俺がもっと強ければ、お前はもっと後ろにいてくれるのかよ、守られてくれるのかよ。
なんでそんな弱っちい男のために命までかけて必死になってるんだよ。
そいつは良くて、なんで俺じゃダメなんだよ。
デライラが王妃だという人物が引っ張り込まれた部屋の扉をためらいなく開ける。
そのヒヨコみたいな王子さえいなければ、デライラはこんな風に戦わなくていいのに。
もう彼女は傷つかなくていい。ドラゴンともう一度戦う必要もなかったし、回復魔法なんてかけてもらう必要もない。反逆者扱いもされない、悪魔みたいな得体のしれないものにも立ち向かわなくていい。
そう、オフィール王子。
お前さえいなければ。
『ミーツケタ』
その時、俺の耳元でなんとも表現しがたいおぞましい寒気のする声がした。




