4 イサク
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「私が聖人のはずだったのに……」
イサクは与えられた部屋に戻ると、誰も聞いていないことを確認して壁に拳を緩く叩きつけた。数回それを繰り返して手が痛みを訴え始めたところでやめる。その痛みはすぐに回復魔法のおかげでなくなった。
イサクは自分こそが聖人にふさわしいのだと思っていた。神殿に来てから周囲からも常々そう言われていた。
生贄として捧げられそうだった所を逃がされ、神官に拾われ、回復魔法を発現させた。その後は人助けに勤しんできた。
それなのに、回復魔法は年を経るごとに弱まっていった。
以前は千切れた手足も重篤な病も治せた。教皇はイサクの回復魔法に法外な値段をつけ荒稼ぎをしていた。
イサクは荒稼ぎに思う所がないわけではなかったが、いろんなことに金がかかることは分かっていたし、何よりも自分をここまで引き立ててくれた教皇が喜んでくれるので粛々と受け入れていた。
しかし、今ではそんな治療はできない。疲れているのだろうと言われたが、それでも神官たちの中ではイサクの回復魔法は秀でていた。
現在の状況にイサクは全く満足できなかった。以前よりも足りないし、下と比べられても嬉しくないからだ。
イサクは自分が神から愛されていると信じていた。
生贄にされかけたことだって恨んでいなかった。だって、イサクの人生に回復魔法を発現させるために必要だったから起きたことなのだ。
しかし、回復魔法に陰りが見え始めた頃からイサクは自分と、そして神をも疑い始めた。
なぜ、神はこんなに頑張っている自分を同じだけ愛してくれないのか。
「どうして、身分以外何も優れていないオフィール王子に他の部分で全てが優れたこの私が嫉妬せねばならない」
イサクは拳を握りしめる。
神は間違っている。
なぜ、これほど神のために努力するイサクではなくあんなオフィール王子を愛し、聖人にするのか。
エストラーダ領におけるオフィール王子の回復魔法の強さの話を聞いた時は、脅威を覚えた。聖国にまでそのウワサは回ってきたのだ。
彼の回復魔法はかすり傷を癒すくらいの、平民の回復魔法持ちと同じレベルだと聞いていたのにまさか魔物の毒を癒すとは。でも、その位なら少し力の落ちてきたイサクでもできる。
ただ、王族に生まれながら悲惨だったオフィール王子の生い立ちや、魔物のいるエストラーダに押し付けるように婿入りさせられた状況は人によっては同情を誘うだろう。イサクと同様にストーリー性のある人生で、聖人向きだ。
イサクではなくオフィール王子が聖人なのではないかと囁かれ始めた時は、まだ鼻で笑っていられた。
あんな少し苦労しただけの、神のために何もしていないお子ちゃまな王子を神が愛するわけがない。そう思っていられた。
エストラーダ領といえば、ドラゴンが出現して信者のための場所である教会を破壊したのだった。その時からきちんとした情報は入ってこない。脅威はあったものの、アステア王国経由で入って来た単なる信ぴょう性のないウワサだと思っていた。
しかし、状況は段々と変わりオフィール王子の回復魔法の強さのウワサはよく神殿に入り始めた。
竜殺しであるデライラ・エストラーダが平気で生きていることから、ドラゴンを殺したのは彼女ではないのではと疑っていたが……オフィール第一王子が呪いを解いたのなら?
聖国の神殿でも上層部のみが知るドラゴンの呪い。ドラゴンはそれこそ神秘的な生き物で殺した者には呪いが降りかかるのだ。
ドラゴンの呪い、竜殺しが必ず受ける呪いを回復魔法で癒すことなど今のイサクにはできなかった。以前のイサクにもできたかは分からないが、以前のイサクの方が可能性はあった。
だからこそ余計に聖国ではオフィール王子が聖人なのでは、と傾き始めた。
その頃からイサクの回復魔法は目に見えてさらに弱まってきた。
回復魔法の力を元に戻すためにイサクはありとあらゆることをやっていた。しかし、努力をあざ笑うかのように回復魔法は強くならなかった。
神に本当に愛されているのは私であるはずなのに。神にこの世界で一番愛されているのは私のはずだ。私でなければいけない。
オフィール王子のいるカールセン王国から接触があったのはその頃だったか。
オフィール王子が聖人の可能性があるから迎えに来てほしい・本人も母国から出たがっているという、商人経由の怪しい連絡だった。裏取りに時間がかかっていた。
イサクは初めて神を恨んだ。
それまでは疑っただけで恨み・憎しみまではいかなかったのに、自分の人生そのものがすべて無駄だったかのように思えてきた。生贄にされそうだったことさえ神が間違っていたのではないかとも思った。
私を愛しているから生贄にしたかったのではなかったのか。私は神から愛されていないから生贄にされかけてたまたま逃走できただけなのか。
オフィール王子を迎える準備をすると盛り上がる聖国から出て、カールセン王国の王妃と王太子に接近した。オフィール王子の継母と異母弟だ。
神に愛されているのはオフィール王子ではなく、イサクであるはずだ。
だから、オフィール王子は聖人であってはならない。
イサクにはまだ試していない努力の方法があった。神殿で禁じられている秘術の悪魔召喚である。
イサクにもまだ最後の最後の良心は残っていた。ドロテアとその息子をそそのかしてオフィールを苦しめられればそれでいいと思っていた。彼が苦しめば自分が神から愛されていると分かるから。
不死鳥がオフィール王子のところに現れたと聞くまでは。
「どこまで、私をバカにすれば……」
イサクは自分の中にこれほど激しい嫉妬の炎があるなんて知らなかったのだ。




