5 デライラ
いつもお読みいただきありがとうございます!
夫の手を引いて、兵たちを集めた広場まで歩いた。実りの祭りで舞台が用意されていた場所だ。まだ、昨日からのゴタゴタでその舞台は残してあるままだ。
ロイドが後ろから伝書鳩が持って来たという情報を喋っていたが、私のやることは特に変わらなさそうだった。
サムエルや隊長たちに頼んでいたので、兵たちはすでに集まっている。
人の波をかき分けながら私は無言で夫の手を引いて歩いた。私たちに気付いて、自然と目の前の人垣が割れる。
それが地獄への道なのかどうなのか、私には判断がつかなかった。
舞台に上がって、兵たちを見回す。
昨日までは陽気に踊っていたのに、今では顔なじみの兵たちの不安そうな顔を眺めなければいけない。
どうしてこんなことになったのか。誰にも分からない。
最初からこうなると決まっていたのか。それならばすでに結果も決まっているのか。私たちはそれに抗うことができるのか。
すべてが終わった後、私はその先に何を見るのだろう。
「どうしてこんなことになったのか、誰にも分からないだろう。どうやら我々エストラーダは反逆者扱いされているようだ。反乱を企てているとしてな」
私は自分の迷いと震えを無視して口を開く。こんな日なのに憎たらしいほどに空は青かった。
「誰も好きで人を殺したいとは思わないだろう。だが、我々の大切なものを他人が奪おうとしたら? 大切な人を殺そうとしたら? 我々は自由と安寧を得るために戦わなければいけない。戦いが好きだからではない、将来戦わないために今戦わなければいけないのだ」
そのために私たちは血を流してきた。ドラゴンとも魔物とも逃げずに戦ってきた。大勢の仲間を亡くしながら。
「逃げたい者は逃げると良い。罪には問わない。だが、国王は我々エストラーダのために一体何をしてくれた? 復興のための潤沢な金をくれたか? 魔物と戦い、ドラゴンを殺し、時には隣国との小競り合いもしてきた我々の価値はあの程度だったのか? 私たちはここで野垂れ死ぬか良いように使われるべきなのか? 絶対に違う。断じて違う。思い出してみろ、我々はいつも自分たちで乗り切った。国王が押し付けてきて良かったものといえば、この夫くらいだ」
私は最後の言葉を言うために息を吸った。
「我々の敵は魔物でも隣国でもない。我々を良いように使い、都合が悪くなった時に反逆者扱いする国だ。理解していても理解していなくとも、今が選択の時である。我々の敵は魔物に非ず。我々の敵は、国王である。私は反逆する!」
私は剣を抜いて真っ直ぐ天に掲げた。
しばらく誰も何も喋らなかったが、刃が日光に反射した。テオドールが一番前までやって来て、剣を利き腕の左手で掲げる。ライナーもさっさと剣を抜き、サムエルはナイフを掲げていた。ロイドはアワアワしながら片手を突き上げている。
パラパラと皆が剣を抜くのが見えた。段々とそれは勢いを増し、おかしな雄叫びまで混じり始めた。
バサリと目の前を赤いものが横切る。
腹を出して寝ていたはずのピヨがひらひらと魔の森を飛んでいたように、今も兵たちの頭上を飛んでいた。赤い羽根を煌めかせ、なぜか金粉まで見えて神々しい気がする。
会議に参加しておらず、ピヨの食べっぷりを見ていない者たちにはその光景が非常に幻想的に映ったようだ。ピヨが現れたことで興奮度合いは一層高まった。ライナーや隊長たちは少しばかり笑いを堪えている。サムエルは恐らくどのくらい肉が食べられそうか算段しているのだろう。
「ここは我々の黄金郷だ。我々で守り抜く。国王に好き勝手などさせん」
私の言葉で「うぉぉぉぉ」という雄叫びが響いた。「ピヨ様!」という声も聞こえる気がするがこの際一緒だと思うことにする。
大歓声の中、振り返ると夫は驚いていた。
夫には告げていなかったから、彼は自分を引き渡す交渉をすると思っていたはずだ。まさか国に徹底抗戦して積極的に反逆しに行くとは夢にも思わなかっただろう。
「デライラ……」
夫の声は震えている。
「私の決定が、不満か?」
「私は……怖い……私のせいで誰かが死ぬのが……」
夫は情けなく震えていた。足まではなんとか根性で耐えているが、両手は完全に震えている。
「特にデライラが死ぬのが……怖い」
「私だって怖い」
夫の震える両手から顔に視線を戻す。
間違いなく、私と夫は同じ景色を見ていた。孤独で真っ暗で血だらけの世界を。そう確信したからこそライナーに言ったように「私が千人殺せばいい」とは言えなかった。私の本心を告げてしまった。
「私の選択が間違っていたらどうする。そうしたらたくさんの者が死ぬ。だが、兵たちの前でそれを見せるわけにはいかない。トップが迷うと兵たちに迷いが伝播するからな。自分の選択が正しいと信じ、それをやり抜くように見せねばならない。私は今、本当かどうか分からん正義を騙る詐欺師だ」
夫の震える手を片方掴む。
「だからオフィに聞いた。もし私が間違っていたら一緒に死んでくれるかと」
もう片方の夫の手も掴む。きっと私の手も震えているが、夫の震えもありどちらのものかは分からなくなった。
「私と一緒に死んでくれるのだろう?」
「……当たり前じゃないか。君がいない世界は地獄なんだから」
夫は泣きそうになっているが、私はその言葉が一番嬉しい。
私より強くて守ってくれる必要なんてない。私のために戦って死んでくれる必要もない。私と一緒に死ぬと言ってくれるのが、一番の愛の告白だった。
私はいつもエストラーダを選んできた。自分の命よりも父よりも兄よりも先に。
でも今回は違う。今回はエストラーダよりも先に夫を選んだ。ヒヨコみたいな黄金の夫を。
押し付けられたように見える黄金郷を渡すことはしない。




