3 オフィール
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「新聞を集めてきましたが、どこにも国王崩御の知らせは載っていません。そんな事実はないのか、隠されているのか、それとも新聞が差し替えられているのか……」
「新聞差し替えなら出入りの商人たちがウワサで持ってくるはずだ」
「商人なら早朝にたたき起こして三名ほど聞いてきましたが、本当に知らないようでしたね……」
「まさか脅すなんてことはしてないよな?」
「ちょっと質問して答えてもらっただけです」
ロイドと向かい合い、彼が集めてきた新聞の紙面を眺める。
「ロイドは朝から動いて大丈夫なのか。毒の影響は?」
「昨日大事な時にひたすら意識を失っていただけですからピンピンしています」
「だが、馬車を操ってセルヴァを連れて帰ってくれたじゃないか」
「……私は現場を見ていないので、正直何もかもが信じられません……ですが、近くに私もいたにもかかわらず、セルヴァさんだけ殿下の回復魔法で攻撃されて丸焦げになったのだとすれば……それは殿下に危害を加えたのですし仕方がありません」
ロイドはセルヴァが情報を流していたことよりも、ソファの上でひっくり返って眠るライラックを気にしているようだった。
「本当にあのヒヨコが不死鳥だったのですか?」
「あぁ、ヒヨコ扱いされるからずっと怒って睨んでいたと言っていた。私がなかなか覚醒しないから成鳥である不死鳥になれなかったんだと」
「それにしては凄い寝相ですね……伝説の存在にはとても思えません」
「そんなこと言っていたら、起きたら蹴られるぞ」
ロイドは目を細めて腹を出して寝ているライラックを見ていたが、起きる気配がないので視線を外した。
「それに、アステアの第二王子がエストラーダ領の魔石の鉱脈を狙っていたとは……もう何がなんだか。ですが、魔石の採掘をすれば魔物が減る可能性もありますし、大量発生しなくなるならエストラーダも豊かになります」
「そうだな。魔石の採掘をどうやるかが問題だけどできれば潤うだろうし、魔物の発生が減るのはいいことだ」
私は自分に与えられた執務室から会議が行われている部屋の方向を眺めた。
今日も朝からデライラたちは会議中だ。もし、進軍してくるならどうするのかを話し合っているだろう。
今朝、彼女の髪にオイルを塗っていたら「今日の会議には出なくていい」と言われたのだ。確かに生贄のように相手に差し出す私が会議室にいたら大っぴらに賛成意見など言いにくいだろう。多数決も絶対に取りにくいから、デライラの言うことは正解だ。
「殿下。私も一緒に行きますから」
「……え? どこに?」
「殿下が会議に出ておられないということはそういうことでしょう?」
目の前から急に声音の低くなったロイドの声が聞こえて、私は慌てて視線を戻す。
「殿下は自分一人が犠牲になってエストラーダを守るおつもりでしょう。それであいつらが退くと思いますか? そんなことはないでしょう。それなら軍など差し向けず、手紙で殿下を差し出せと要求すればいいはずです。エストラーダにも必ず被害が大なり小なりあります」
「犠牲というか、そもそも私がエストラーダにいるからいけないんだ。エストラーダで大人しくしていれば良かったのかもしれないが、回復魔法のことも知られてしまったし……」
「はい、それで殿下の異母弟への支持がなかなか集まらないのです」
「でも、回復魔法があれば殺されないだろう。監禁されて回復魔法を使うだけの道具にさせられるかもしれないが……それにデライラにはもし攻めてきたら対応はお願いしている。武器の在庫だって豊富にある」
最初から強い回復魔法を持っていることを明らかにしておけば良かっただろうか。
そうすればもっと早くから飼い殺しにされて、デライラにも迷惑をかけなかった。強い彼女をあんなに落ち込ませることなどなかったかもしれない。アステアの第二王子だって、私の存在を利用してエストラーダを弱らせようという策を考えなかっただろう。
「それに、ロイドは一緒に来させられない。ロイドはすでに人生を捨てて、エストラーダに来る私についてきてくれた。それでどれだけ私が救われたか知っているか。だから、今度は私がロイドを救う番なんだ。ロイドはライナーやサムエルに頼んで簀巻きにしてでもついてこさせない」
「いえ、私は殿下の乳兄弟です。死ぬ時は一緒です。簀巻きにされても眠らされても這ってついていきます」
「ダメだ。これは命令だ」
私の常にない強い言葉にロイドはやや目を見開く。ロイドに命令なんてしたことはない。
「殿下、どうして……」
「ここには父に強制されてやって来た。でも、私はここで初めて自分自身を見つけた。城にいる時は自由も安寧もなく、心が蝕まれていた。なんで生まれて来たんだろうとばかり考えていたけど、自分で死ぬ勇気もなかった。乳母と学園でロイドがいてくれたことが救いだった。でも、今度は誰にも強制されない。自分の意思で私は行くんだ。それに、私は結婚したがロイドは告白も結婚もしていないだろう? 彼女はどうするんだ」
「殿下の前でそんなことを言っていられません。母だって殿下のことを頼むと」
「ロイドも私も、もう自由になっていいはずなんだ。私はずっと乳母とロイドに救われて、ここに来てデライラに救われて。だから、いい加減逃げ続けてきた責任を取るよ」
「殿下、いけません。辺境伯様とここの兵力なら数の差があっても個々の強さで対抗できるはずです」
「……ロイド、学園でもエストラーダでも一緒にいてくれてありがとう」
ロイドは首を振りながら、はらはら涙を流す。そしてすぐに「辺境伯様に話をしなければ!」と出て行こうとしたが、ちょうどそのタイミングで開けた窓から伝書鳩が帰って来た。飛び方がおかしく怪我をしている。
ロイドが慌てて鳩の足にくくりつけられた手紙を解く間に、私は伝書鳩に回復魔法をかける。
「うちの親戚からです。ずっと情報を送ってくれていたのですが最近途絶えていたのは……王都もピリピリしていて王家の監視があってなかなか手紙が送れないようですね。鳩が怪我をしているのもそのせいでしょう。そして……進軍は本当のようです。各家に出兵せよと命令が下っていると。国王が崩御したかどうかは分かりませんが、実権は完全に王妃とあの王太子が握っているようです。さらに後ろ盾には新しい婚約者の家が」
ロイドが頭をかきむしるのを私は冷静に見ていた。
アステアの第二王子は本当に用意周到だった。国王軍とエストラーダが衝突して弱ったところで侵略すればいいのだから。しかしエストラーダの兵はデライラを筆頭に皆強い。だから先にデライラを懐柔するか、ある程度殺そうとしたのだろう。
ロイドが血走った目で手紙を何度も読み返す中、扉がノックされた。
立っていたのはいつものような自信に溢れたデライラだった。昨日のように弱弱しくはないが、状況が状況だけに笑みはない。
「会議で方針が決まった。これから兵たちに説明するから一緒に行こう」
デライラが手を差し出してきた。
後ろでロイドは何か言いたげだったが、彼女の手に私はやっぱり乙女のように自身の手を重ねた。彼女の手をこうして握れるのもあと少しのようだから。




