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【長編版】押し付けられた黄金郷~女辺境伯とやらかし王子の結婚~  作者: 頼爾@10/25「尊い5歳児たち」4巻配信
第三章 押し付けられた黄金郷

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1 デライラ

いつもお読みいただきありがとうございます!

 窓から見える月が明るい。

 大して美味しくもない酒を飲んだせいか浅くしか眠れず、何度か起きて眠ることを諦めた。


 ベッドの隅に追いやられた上着のポケットを探って、葉巻を取り出す。

 嗜むわけではないそれをぼんやりと指の間に挟んで眺めた。


「葉巻?」


 どのくらい時間が経ったか。

 ベッドに座り込んで葉巻を眺めていると、横から夫の声がした。


「寝ていなかったのか、いや起こしてしまったか?」

「ううん。ただ、月が明るくて。吸うの?」

「いや、手に持っているだけだ」


 上着を引き寄せて葉巻を胸ポケットに押し込むと、夫が腰に抱き着いてきた。


「なんだ」

「どうして吸わない葉巻を?」

「父が祭りの時だけ吸っていた。香りを覚えていてな。懐かしい」

「それでも吸わないんだ?」

「以前吸ったが、マズくてむせるだけだ。気持ち悪さで懐かしさなど吹き飛ぶ」


 腰に抱き着いたままの夫と一緒にまたベッドにもぐりこむ。


「明日もあなたはまだ忙しいんだから早く寝ないと」

「それほど忙しくはない。ひたすら声をかけられるだけだ。あとは食べて飲んで踊るだけ」

「私を放置するくらいには忙しいはずだ」

「なんだ、拗ねていたのか」

「そうじゃないけど……」

「明日は一緒に回るからいいだろう」

「朝起きれなくても置いて行かない?」

「それは悩ましいな。寝坊助の夫のために領民たちを待たせるのも」

「うぅ、酷い……」

「ニワトリになったのなら私を鳴いて起こさなければ」

「むぅ……明日は朝から放置しないで欲しい」


 眠そうな夫の様子にくすくす笑い、囁くように会話をしているうちに温かさで眠ってしまったようだ。

 ギャアギャアという声に目を覚ますと、扉に体当たりをするような音がする。起き上がって服を着て、しばらくぼんやりとその音を聞いていたがサムエルらしき足音が近付いてきて速やかにその叫び声は遠ざかって行った。


 隣に眠る夫はやや顔をしかめたものの、スゥスゥ眠っている。あのヒヨコは朝からあれほど熱烈に構えと言っているのに呑気なものだ。


 枕に広がる彼の黄金色の髪をなんとはなしに弄んだ。さらさらとした全く傷んでいない髪を渦巻の形にして遊ぶ。細くて長い綺麗な黄金だ。


「う……ん……」


 そうこうしているとゆっくり目が開いて、また黄金が見える。

 朝から黄金の夫を見るのも意外といいものだと眺めていると、彼は顔を赤らめて恥ずかしがるのかと思いきやふにゃりと笑った。これも意外だ。普段の様子からしたら絶対に赤面すると思ったのに、まさか甘えたように笑うとは。私の夫に対する理解は浅いのかもしれない。


「良かった……夢だったかと思った」


 私の腰に手を回して、すりすりと腹に顔を寄せてくる。


「何が夢だったんだ?」

「名前、呼んでくれたこと」

「あなたが酔うと積極的なことじゃないのか」


 私の膝に頭を乗せながら、夫は唇を尖らせた。ヒヨコの真似だろうか。


「ピヨが早朝に文句を言いに来ていた。サムエルに回収されていたが」

「うわぁ、今日はライラックにずっと蹴られそう……もう行くのか?」

「いや、まだ時間はある。放置するなとうるさい夫がいるからな。安心しろ、まだ寝坊助じゃないぞ」


 相変わらず唇をとんがらせたまま、夫はモソモソ起き上がると服を着て何やら私の髪の毛を手に取った。


「髪がすごい絡まってる……櫛が通らないよ」

「なんだ、今度は私の侍女にでもなるつもりか」

「もう侍女はいるじゃないか」

「魔物が夜に出たら寝ていても起きて出て行くからな。髪の毛になんぞ構っていられない。ドラゴンの火で焼かれたことだってあるしな」

「せっかく綺麗な髪なのに」

「そう言うのはあなたくらいだ」


 夫は私の髪の毛を丁寧にほぐしてから櫛で梳かし始める。

 つっかかりを感じながらも頭と髪を任せていたら、ゴソゴソと不穏な動きを始めた。何か取り出して髪の毛にペタペタつけている。


「なんだそれは」

「えっと……アクセサリーの代わりにプレゼントしようと思って」

「どういう意味だ」


 夫が差し出したのは女性が好みそうなキラキラとした小瓶。中にはとろりとした液体が入っている。


「近くで見て髪が傷んでいたから」

「オイルか」

「無香料だから邪魔にならないかなって……魔物は鼻が利かないと聞いてるけどあなたには香りがない方がいいかと思って。それに、あなたはアクセサリーをつけないだろうから」

「さっきからアクセサリーと連呼しているのは何だ?」

「サムエルがここでは祭りの最終日に男性が女性にアクセサリーを贈る伝統があるって、言ってたから」


 少しの間考えて、私は笑った。後ろで私の髪の毛を持っていた夫がビクリと震える。


「それはサムエルに騙されたな」

「え!」

「そんな伝統などない」

「そんなぁ……教えてもらえなかったってショックだったのに」

「祭りの最終日に良いムードになって告白する男女が多いだけだ。魔物もこれからの季節は少なくなるから皆余裕ができていてな。サムエルなんて妻から逆プロポーズをされていたはずだ。しかも四回断ったと聞いている。毎年毎年、四回だから四年だぞ」

「えぇ!」

「幼馴染の妻の方がサムエルより強かったからな。サムエルは自分の方が強くなるまで結婚したくなかったようだ。まぁ、五回目つまり五年目でサムエルが折れたわけだが。確か決闘までして手の指を骨折する騒動になったな、もちろんサムエルが。どちらかというとそれが伝説だ」

「うそぉ……そんな物騒な……」


 シュンとなったり、驚いたりする夫が面白くて私は声を上げて笑った。格好いいわけではないが、ひたすら可愛い。

 ひとしきり笑ってから夫の手の中にある小瓶を受け取る。


「私にくれるのか?」

「元々あなたにプレゼントしようと思って商人に頼んでいたものだし……風呂上りとか毎朝髪をセットする前につけてくれたら」

「面倒だな。たかが髪だぞ。毛根以外は死んでるんだろう。死骸にそこまで金と時間をかけるとは」

「うわぁ、言うと思った……侍女がつけるだろう」

「あなたがつければいいだろう。朝は特に」

「私は私で同じものを持って……」


 夫はそこで奇妙に固まった。

 言わない方が良かっただろうか。表情には出さないが一瞬だけ、口から出した言葉を後悔しかける。


「ふぅん、あなたと同じものだったのか」

「いや、小瓶は違うし……あなたの髪質は私のとは少し違うからちょっと成分は違うし……というか、え? 朝は特にって」


 小瓶を葉巻のようにもてあそぶわけにいかず、テーブルの上に置くと私は立ち上がった。


「夫を気取るのではなかったのか。朝はあなたが面倒くさがる私の髪につけたらいいだろう。なんだ、その口実のプレゼントなのかと思ったぞ。思わせぶりに出してくるから」

「それってつまり……? え? 今までみたいに別々には寝ないってこと?」

「嫌なら毎朝ニワトリみたいに起こしに来てつけにきてくれてもいいぞ。私のニワトリ」

「え、いや、毎晩毎朝つけるよ」


 私は身を屈めて夫の目を覗き込んだ。そこに嘘も偽りもなさそうだったことに安堵する。私は間違っていた。強い男が欲しかったのではなかった。戦闘中でもないのにこうやって寄り添ってくれる男が欲しかったのだ。


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