11 デライラ
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目を開けると、綺麗な黄金が広がっていた。
私はどれだけ金、金と思っているのだろう。死んでからも金を見るなんて。王家にケチられたことをよほど根に持っているのだろうか。
金のために戦っているわけではないが、金がないと領地を守れないのも事実だ。父も苦労していただろう。
目の前の黄金をぎゅっと掴むと柔らかく細かった。
しかも、その黄金はモゾモゾ動く。何本かブチブチと黄金が抜ける。
「い、痛い……」
最近の黄金は喋るらしい。ぼんやりしていると、広がった黄金が起き上がって人の形になった。
「辺境伯?」
ふむ、黄金に呼びかけられた。天使か悪魔は黄金だったのか。そして、死後の世界は貴族制なのか。
しばしぼんやりしていると、目の前で手をひらひら振られる。
「おかしい、呪いは消えたはずなのに」
黄金は私の服を勝手にめくって見ている。腹に冷気が当たってすーすーする。
「腹の呪いは消えてる。じゃあ、心臓か……」
勝手に私のシャツの胸元のボタンをはずそうとしているので、思わずその手を掴んだ。触れるとはどういうことだろうか。
「ん?」
「あ、良かった。気付いたか」
よく見たら黄金は彼の髪と目だった。書類上の夫に大変よく似た男がラフな格好で側に座っている。
手をついて起き上がると、自室のベッドの上だった。ということは、目の前の男は書類上の夫か?
「どういうことだ?」
「ドラゴンが現れたと聞いて、王都からすぐに戻って来た」
「私の……呪いは?」
「私の回復魔法で何とかなった」
起き上がって自分のシャツをめくる。
ずっと、あの日から毎日あったはずのどす黒いものが腹にない。襟ぐりを掴んで胸元を見るが、そこにも何もない。
「まさか」
書類上の夫の肩を掴んで、すぐにシャツをめくる。腹には何もない。というか、なんだこの腹は。白すぎる。
「いや、待て。男はこっちに出るのか」
呪いが彼に移ったのではないかとズボンを脱がせようとすると、慌てて距離を取られる。
「解呪は魔法で成功した! 移ってない!」
「本当か」
「えっと、心臓部分なら見せられるが……下はちょっと……」
彼は恥ずかしそうにそう言ってシャツを大きくまくった。どす黒い呪いはどこにもない。
私は安堵のあまりベッドボードに背を預けた。
「王宮はどうなった。あのケチ臭い陛下の容態は?」
「知らない」
「は?」
「国王のところに行く前にあなたがドラゴンを討伐して怪我をしたという知らせが入ってきたから、とんぼ返りだ。途中でライナーからドラゴンの呪いの話を聞いて……」
「ライナーめ。私の渾身の遺書を勝手に読んだな」
ライナーには念のために遺書の場所を教えておく必要があった。こっそり見たのだろう。
はぁと私は大きくため息をつきかけて、それどころではないと思い出す。
「いや、待て。なぜ陛下に魔法を使わずに帰って来た。今すぐ戻れ、反逆扱いされる」
「そんなことはない。だって私は辺境伯の婿なのだから」
「それは王命を断っていい理由にならない」
「ではこう言えばいいだろうか。私を一度も守らなかった父よりも、私は辺境伯を助けたかった。それだけだ」
彼の黄金のような金髪がさらりと揺れた。
自分の手を見ると、先ほど掴んだのは彼の髪だったらしく黄金色の髪が数本パラパラと落ちる。
「王命に逆らえばどうなるか分かっているのか?」
「よく分かっている」
「では、なぜ?」
「私はあなたにとってヒヨコで、何の助けにもならないことは分かっている。でも、それでもあなたが痛い思いをしている時、呪いで苦しんでいる時には抱きしめたい」
「……あなたはただの書類上の夫だ」
ヒヨコだと自分で言いながら、何を恥ずかしいことを大真面目にピヨピヨと口にしているのか。
私はドラゴンと戦って先ほど目覚めたばかりだというのに。なぜこんな告白紛いなことを書類上の夫から言われなければいけないのか。
大人しく陛下に回復魔法をかけて、適当な貴族令嬢と結婚し直せばいいものを。せっかく送り出してやったのに。ライナーとセルヴァまでつけて。あの二人はこの男の行動を傍観したのか? 後で倒れるまで稽古をつけてやる。
「私にとっては、ただの押し付けられた夫だ」
「私はただ……あなたに生きていて欲しかった。あなたの痛みなら代わりに受けたかった」
魔物一体狩れないくせに、何を偉そうに言っているのか。女のように綺麗な顔立ちと髪を持っておきながら。
「私のエゴだということは分かっている」
しかもこうやって早々に予防線を張ってくるのも気に食わない。何がエゴだ。人間なんてエゴでしか生きていないだろうが。私だってこの結婚を金のために受け入れたのだ。
しばらく黙って考えた。こんなにイライラするのは、なんとかドラゴンの呪いを解呪しようとする兄を止めた時以来だ。別に私が死ぬことなんてどうでもいいのに、兄は私を助けようと盲目的に行動した。
目の前の書類上の夫の何が最も気に食わないのかを私は黙って考える。
魔物が狩れないことは最初から分かっていた。鍛えれば、なんとか人食いウサギくらいは狩れるだろう。武力がなくても彼には先見の明と金を稼ぐ力がある。それに回復魔法まで。その魔法はドラゴンの呪いでさえ解呪できるほどだ。
一体、私はこの男の何が不満なのか。
「……病み上がりなのにすまない。私が王命に逆らったことでエストラーダ領に迷惑はかけない。どうせ王家にはかなり民衆から不満が溜まっていたようだから、ロイドと一緒にそのあたりは何とかするから」
ベッドのそばから離れようとする書類上の夫の背中を見て、私はやっと分かった。
この男の、大事な場面で逃げようとするところが嫌いなのだ。
「待て」
部下に命令する時のように、声に圧をかけると彼の背中は大きく震えた。
この男はいつもそうだ。武力はない、しかしそれを補うほどの他の能力を持っている。それなのに、なぜこうも予防線を張って安全なところに逃げるのだ。
いつもいつもこの男は困ったように頼りなく笑って、大事なことを口にしていない。
明日私が死んだらどうするつもりだ。




