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第8話 気がつけば親友

 日常に突如ぶち込まれた謎のイベントから二週間後。あの日の恐怖と憤りは随分と薄れた。頬の腫れもとっくに治った。

 事件から変わったことといえば、潮木大河が友人と呼べる存在となったこと。最初こそ頻繁にくる連絡に詐欺や勧誘を疑ったりもしたが、がんがん連絡を寄越され、ちょくちょくと顔を会わせているうちに、そうなるのが当然であるように仲良くなった。

 今や、都合さえ合えば二人で飲みに出かけている。

 色気がないことに、二人で出かけはするがそれはデートではない。暇を持て余した友人同士が、一緒になって時間を潰しているだけなのだ。彼は友人であって、恋人ではない。


「灯!」

大君(たいくん)……?」


 基本的には事前に連絡を取っているが、ときたま大君はふらりと私の帰路の途中に立っていることがある。都心で仕事がすることが多いそうで、近くで撮影があったときは無言のままやってくる。今日もそのパターン。駅よりは職場に近い位置で待ち構えていた大君は笑顔で駆け寄ってきた。


「え、例のイケメン!?」


 私の横にいた谷田が大君の存在を認めた瞬間に大声で騒ぎだす。反射的にその背中を叩いたが、彼が黙ることはない。興奮した様子で私の背中をばしばしと叩き返してきた谷田は「顔ちっさ、足なっが」と大君の見てくれを褒め称えている。気持ちは分かるけど、叩くならもう少し手加減して欲しい。あと声の音量を下げろ。


「お仕事おつかれ~、灯」

「大君もお疲れさま。この辺で仕事だったの?」

「そ、終わったとこ。時間ある? 飲み行こ?」

「や、ごめん。今日は――」


 今日は同期三人で久々に飲みに行く予定だ。

 尾野の旦那さんがたまには息抜きしてきたらと彼女に提案してくれたのが事の発端である。私と尾野と谷田。一番都合がつかないのが尾野で、一番都合がつくのが私である。久しぶりに尾野の時間ができたとなれば、それはすなわち乾杯の合図である。


「いやいや、俺ら帰るって。尾野にも連絡しておくし」


 谷田は未だに私の背中を叩き続けている。こいつは私と大君の関係を勘違いしている。友達だと何度言えば分かるのだこの暴走機関車は。男っ気のない私も悪いのかもしれないが、すぐそっちに結びつけようとするのは間違っている。


「灯の同僚さん?」

「そうだよ。今日同期と飲みの予定があって。大君――」

「じゃ、俺も混ぜて」


 仲良くなるにつれ、大君は完全に私との距離感を見失った。いや、見失っているのは私も同じかもしれないけれど。

 大君とは四つ年が離れているが、今や親友でもあり、弟のような存在である。そんな彼は当然のように同行を主張した。了承を得られると思っている大君の感覚も大概だが、甘やかしている私にも責任がある。

 私が何かを言う前に、谷田が「是非是非」と軽いノリで大君を歓迎した。私が彼の存在を話した時から、谷田は大君に興味津々なのだ。元々、アイドルのきらきらに魅せられている谷田は、大君の話を私から聞くなり、載っている雑誌を買って職場で広げていた。この機会は奴にしてみれば絶好のものでしかない。


「谷田。前から言ってるけど、大君、本当に距離感おかしいからね」

「それはもう察したわ」


 谷田は納得顔で何度も頷く。

 平日の夜、予約がなくとも入店で待たされることもなく、目前にビールとお通しが並ぶまではあっという間であった。

 結局のところ、全員、集まってただ飲みたいだけなのである。


「乾杯!」


 ジョッキのぶつかる音を聞くとストレスが発散される気がする。喉を通っていくビールのおいしさったらない。この瞬間の快感のために仕事をしていると言ってもいい。

 大君と谷田がお互いに自己紹介をするのを聞きながら、私は枝豆を貪った。コミュニケーション力に爆発している二人には仲介人など不要なようで、勝手に話は加速している。その社交性は本当に羨ましいものだ。


「谷田さんも灯と同じでSE?」

「や、俺は営業よ」


 ちょっと驚いたのは、大君がちゃんと敬称をつけて谷田を呼んだこと。その配慮と敬意はどこからきた。


「大河君はなんでモデルしとんの?」

「高校んときに親父の紹介で。そのまま続けてる」

「そりゃ身内にこんなのいたら夢あるよな」


 谷田は羨望の目で大君の顔を見つめている。アイドルはアイドルでも男性アイドルに心を奪われている谷田は、綺麗な顔をした青少年が女の欲望にさらされながら輝いている姿が好きらしい。自分が男性だからか、性別が逆の状況は生々しくて敬遠してしまうと言っていた。

 自分が美しいと自覚している十九歳が好き、という主張は耳にたこができるほど聞かされている。正直、何言っているか未だによく分からないが、個人の嗜好に口を出すのは野暮でしかない。


「モデルって儲かる?」

「谷田、それは引くわ」

「いやちょっと好奇心で」

「うーん、儲かるかって言われても、他で働いたことねえしな。でも、お金で困ったことはない。実家暮らしだからってのもあるけど」


 賃金の話などちょっと踏み込んだ話だろうが大君は嫌な顔はしなかった。私なら失礼な奴だと値踏みするが、彼は違うのだろう。自分がいくら稼いでるのかも分かっていないような顔で「兄貴の仕事も手伝ってるし」と続けた。下世話だが、これは貯金額とかも把握してないな。

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