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人型異生物保護管理機構のお仕事  作者: 真名瀬こゆ


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第70話 人魚を守る仕事

 全身だけでなく、不安や恐怖も水浸しだった。心臓と肺がきゅっと縮み上がって苦しくなる。四肢は重く痺れ、このままでは海の底へと沈んでしまいそうだった。

 どこまで来たのか、ずぶ濡れの視界に映るのは深い青の色ばかり。

 シア君は私の体をぐいと押す。すぐに背中が壁のようなものに当たり、振り返って見えたのはついさっきまで上陸した島の景色だった。無人島は無人島でも人工島なのだろうか。不自然に切り取ったように陸地が終わりを迎え、断面を張りつけたように海へと繋がっている。


「流されないように気をつけてね」


 そう言われて海の方へと振り返ってもシア君の姿はなかった。ちゃぷん、ちゃぷんと水面が波打つばかり。

 言葉の意味を考えるよりも早く、背中と陸地の間に滑り込んでくる異物。人間よりも冷たく、海水よりは温かい何か――人間の手、シア君の手だ。驚くよりも早く、私の手を縛る拘束が断ち切られる。続けて、足も自由になり、私は深く息を吐き出した。拘

 束が解かれた瞬間、助けられた実感が湧く。喉を絞められいたわけでもないのに、今まで呼吸もまともにできていなかったような気分だった。

 いや、安心している場合ではない。何も解決していないのだから。

 ほとんど無音のままに水面から顔を出したシア君は「大丈夫?」と私の顔を覗き込んだ。今、自分がどんな顔をしているか分からないけれど、彼の表情からして酷い顔をしているのだろう。


「助けてくれて、ありがとう。でも、どうしてシア君が」

「お兄ちゃんに頼まれたから。きっと罠があるけど、ネル君以外には意味のないものだからって」


 言葉は足りていないが補完するのは容易だった。お兄ちゃん――流星さんに説得されてここに来てくれたんだろう。

 助かった気持ちは当然にあって、シア君へは深い感謝の気持ちでいっぱいだったけれど、それを超えて彼をこんな危険な場所に一人で来させてしまったことへの自己嫌悪が勝った。言わないこともできたのに「それでも、危ないのに」と口は勝手に動いていた。

 透き通った青い目が私を見つめる。


「お姉ちゃん。僕のこと、助けてくれたもん」


 脳が言葉を理解するよりも先に涙が浮かんだ。目の奥と鼻が痛い。


「ほんとうに、ありがとう」


 シア君だって本調子じゃないはずなのに。不健康に痩せこけた頬、年齢にそぐわない隈がくっきりと浮かんでいる。拘束の痕も消えていないし、体力だって落ちているだろう。精神的な負荷なんて考えるまでもない。

 それなのに、こんな危険なところまで。私なんかのために、ここまで来てくれたのか。


「お兄ちゃんから伝言!」


 目頭を押さえる私に、シア君は声を張った。


「ミタカとアロマナちゃんのことをは任せて。僕と一緒に安全な場所で待機。何かあればブザーを鳴らすこと、って」


 シア君は首にかかった鞄から取り出したものを見せてくれた。異保管の防犯ブザーに小型のナイフ。前者は言わずもがな、後者は私に自由をくれたものだ。

 さすが、流星さんは何でもお見通しだ。

 流星さんの言葉には力がある。海に浸かったままでぼろぼろの状態なのに、もう救助されたも同然だと確信させられる。


「……ネルちゃんは?」

「お兄ちゃんたちと一緒だよ」

「そっか、よかった。流星さんと一緒なら安心」

「お姉ちゃん、もう少し泳げる? 僕が引っ張るから、近くの別の島まで行こ。ここは見つかっちゃうかもしれないし」


 シア君の進言は正しい。流星さんの指示は的確で安全だ。

 しかしながら、流星さんが想定していない点が一つある。三鷹さんとアロマナちゃんが決裂していること。私が消えたことによって、三鷹さんの構想は完全崩壊とはいかずとも、ネルちゃんを捕獲しようという本懐は遂げられない。となれば、彼は取りうる行動は逃げる一択だろう。


 ――商品になり得る人魚を連れて。


「アロマナちゃんを助けないと」

「え?」


 満身創痍だろうと、命令違反だろうと、動かないわけにはいかない。


「シア君、流星さんと合流できる?」

「できる、けど」

「私、アロマナちゃんが危ないから助けに戻るよ。私がそうしたって、流星さんたちに伝えてくれる?」


 アロマナちゃんには、まだまだ文句も言い足りないし、彼女は罪を償うべきだ。今までそうしてきた子供たちのようにオークションに出され、買われていくのは因果応報かもしれないが、そんな復讐劇のような結末では何も解決しない。

 それだって、生きているならいいが、この場で命が奪われることだってあるかもしれない。


「でも――」

「大丈夫。私、人魚を守るのが仕事だから」


 不安そうなシア君の意見を押しとどめて、逃げたはずの陸に上がる。水を吸った服が身体に張り付いて気持ち悪い。

 川沿いを上がっていけばさっきの場所に戻れるだろうが、ガスマスクの人たちに見つかる可能性もある。陸地から上がって行って場所が分かるだろうか。


「お姉ちゃん、これ、持って行って」


 揺るがぬ決意に満ちていた私の背中にかかる声。シア君から差し出されたのは、さっき彼が見せてくれたナイフとブザーだった。それから、スマホ。

 スマホの画面を見れば、地図アプリが開かれていて、私がさっきまでいたであろう場所と島の端にマークがついていた。前者は私のスマホで、後者は防犯ブザーの位置だろう。

 アロマナちゃんを逃がすには十分な装備である。


「ありがとう」

「気をつけてね」

「うん。シア君もなるべく早くここから離れて。危ない人が近くにいるから気をつけてね」


 シア君は言いたいことがもっとあっただろうに呑み込んでくれたのかもしれない。不安と心配を募らせた表情は陰っていたけれど、そっと水中へと消えていった。

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