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人型異生物保護管理機構のお仕事  作者: 真名瀬こゆ


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第66話 悪人

 体がだるい。四肢が重くて仕方がない。喉が渇いた。水が飲みたい。起きなきゃ。でも、体が動かない。血が足側に溜まって、ふくらはぎが膨らむような感覚。体に熱がこもっている。汗をかいているのに寒い。


 ――頭が重い、気持ち悪い。


 ゆっくりと意識が現実に引き戻されていく。耳には水の流れる音が、鼻には木々や土のにおいが届く。瞼が痙攣するように動き、眩しさに慣らすようにして目を開けた。

 まず視界に入ってきたのは緑だった。生い茂った植物。頬がくっついているのも硬い土の地面だ。屋外。それも大自然の中。


 え、外? 私、なんでこんなところで寝ていたんだ?


 意識を失っていた前に何をしていたかが思い出せない。疑問符を大量生産しつつも、とりあえずは起きようと身をよじった。身体が動かない。足首同士がくっついていて、背中では手首同士がくっついている。いや、くっついているというか縛られている。


「え!? なんで!? ここどこ!?」


 寝起きとは思えない盛大な叫びに、背後から「やっと起きたの!?」とヒステリックな悲鳴が返ってきた。後ろに目を向けたいが、動きが制限されている私には振り返るのも重労働だった。

 上手く動けず、もぞもぞと芋虫のごとく蠢く私にしびれを切らしてか、私の背中に衝撃が走り、反転するようにごろりと転がされた。ぱしん、と私の体を叩いた乾いた音といい、背中に触れた感触といい、私を叩いたのは人間の手ではない。


「わっ――あ、アロマナちゃん!?」


 無理矢理に顔の向きをかえられた私は、無様な体制のままで、不機嫌を募らせた人魚の存在を認めた。動きずらそうしている彼女も、私と同じように腕を拘束されているようである。

 そして、意識を失う前の記憶を想い出す。そうだ。三鷹さんと入り江に巡回に行って、そしたら彼女が倒れていて――。


「怪我は!? 大丈夫!?」

「――っ、このノロマ!!」


 ぱしん、と思いっきりに尾ひれで顔を叩かれる。痛い。鼻が潰れる。ああ、さっき、わたしを転がしたのもこの尾ひれだったか。

 とりあえず、人を罵る元気があることは分かった。

 きょろきょろと周囲を見渡してみても、ここがどこか分からない。入り江じゃないこととは確かだ。あたりの雰囲気は例の無人島に似ているけれど、あの島ならどこ見ても水路が目に入るはずだから違うのだと思う。


「アロマナちゃん、三鷹さんは――?」


 あの入り江にいた人間が捕縛対象なら彼もそうだろう。姿が見えないが、私たちと同じように拘束されて転がっているに違いない。


「……後ろよ」


 後ろ――って、自力じゃ振り返れないんだよなあ。

 再び、振り返るために蠢いてみたが、また自分では視界を切り替えられず、外部からの助力によって目的を果たした。

 先ほどと違うのは、力任せの衝撃ではなかったことと、肩に置かれたのが人間の手だったこと。


「起きたんですね。おはようございます」


 三鷹さんだった。


「え? ――え?」

「鼻血が出てますよ。ぶつけたんですか?」


 眉を顰め、まるで自分が怪我をしたかのように痛々しそうな表情を浮かべた三鷹さんは、私の顔に影を作るように顔を寄せる。薄く開いた口から舌を伸ばすと、ぺろりと私の口から鼻を舐めた。

 彼は舌を出したまま遠ざかっていき、その舌先が赤に汚れているのを私に見せつけた後で口内しまい込む。


「は、え?」

「他に怪我はありませんか?」


 何の反応もできない私に対し、三鷹さんは幸せそうに頬を緩めてた。

 お腹の底の方が絞られているような痛みがする。緊張に息が荒くなり、思考は混乱に支配されている。血の気が引くのが分かった。冷や汗が止まらず、視界がくらくらと揺れる。

 ひゅう、と乾いた音が鳴った。

 自分の喉の音かと思ったが、違う。エメラルド色の尾ひれが動く音だ。

 拘束をされていないアロマナちゃんの下半身は、私の上に覆いかぶさった三鷹さんの顔を引っ叩いた。鈍い衝突音。勢いよく眼鏡が吹っ飛んでいく。


「この嘘つきっ!!!! 協力してくれるって言ったじゃない!」

「……気性の荒い人魚だなあ。もう少し大人しければ可愛げもあるのに」


 三鷹さんは叩かれた頬をさすりながら、さもないように声を響かせる。

 何が、どうして、何が、なんで――、一体、何が起きているのかちっとも理解できなかった。ただ呆然と瞬きをするしかない。


「先に裏切ったのはそっちじゃないですか」

「ネルに手を出したからよ!」

「それは俺がやったことじゃなくて、あの人たちが勝手にしたことです」

「屁理屈ばっかり並べないで!! あんたが指示出したんでしょうが!!」


 極度の緊迫で身体のあちこちが硬直しているし、恐怖で上手く動けないけれど、ぼんやりと目の前で起こっている口論の争点が見えていた。

 理由は分からないし、それを考える余力はない。

 しかし、事実は事実なのだろう。


「三鷹さん」

「はい。何です、紫峰さん」

「どういう、つもりですか? どうして人魚を誘拐なんて――」


 動揺に固まる体、弱々しく震える声。呼吸が浅く、速くなっていく。

 三鷹さんは歯を見せて笑う。

 知っているはずの子犬のような愛嬌のある笑顔であるのに、今は得体が知れないものしか見えなかった。化け物。ゆっくりと伸ばされた手は私の顔の輪郭をするするとなぞる。


「俺の幸運の女神」

「……?」

「あなたのおかげで俺には幸せの風が吹き始めた」

「…………?」


 口にする理解不能の内容に反し、私の顔にかかる髪の毛を払う仕草は優しい。

 意味不明が渋滞している。いっそのこと、発狂でもしているなら、乱心だと決めつけもできるのに三鷹さんの態度はいつも通りだった。明るい調子に人懐こい言動。


「紫峰さんのことは会社で会う前から知ってました。あの入り江で高額の人魚と話をしていたから」

「え――?」

「あなたと巡り合わせたときの俺の高揚は理解できないでしょうね。俺に人魚を捧げる使者だと確信しました……!」


 三鷹さんの高笑いが響き渡る。聞いたことのない笑い方。

 心臓の裏側を引っかかれるような不快感と血という血が腐敗していくような焦燥感に襲われる。

 高額の人魚? 人魚を捧げる使者? 

 三鷹さんと出会う前に会った人魚はたった一人、ネルちゃんだけだ。三鷹さんは私が異人を知るよりも前から、その存在を知っていたのだろうか。ずっと人魚を追い求めていたのだろうか。ネルちゃんに目をつけていたのだろうか。

 混乱する頭で分かることは一つ、三鷹省吾は悪人だ。

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