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人型異生物保護管理機構のお仕事  作者: 真名瀬こゆ


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第65話 巣窟

 私のことなのに私よりも流星さんの方が詳しい。なんで。初めて聞く話ばかり、それも突拍子のないやつ。証拠もない。

 ただ、そんな馬鹿なことと笑い飛ばせなかったのは、そうであれば納得がいくことばかりだったからだ。


 ……違う、今は私のことに囚われているじゃない。心配すべきはシア君のこと。

 流星さんがこの話をしたのは、私にシア君の傍にいて欲しいと思ったから、それにはきちんとした理由があると証明したのだ。


 頭ではそう分かっていても、心の整理はちっともつかない。終着点には辿り着けずに延々とめぐりめぐる思考回路。繋がれた手に感じる体温だけが現実。

 ぼんやりとしているうちにいつの間にか眠りについていた。眠ったというよりは、気絶に近いのかもしれない。

 夢は見なかった。


 眩しさに目を開ければ、海の中に差し込んだ太陽の光がゆらゆらと揺れていた。白い柱が何本も何本も色濃くなる海底に向かって伸びている。綺麗。夜の海に感じていた息苦しさはちっとも感じない。


 やっぱりというか、流星さんはいなかった。後ろの水槽ではシア君が丸くなって眠りについている。

 私の目には痛々しい少年人魚でしかないけれど、お金を積んででも彼が欲しいという人間が存在することは理解できた。普通に生きていては出会うことのない特異な生物、私の欲目ではなく万人の目から見て美しいと評せる生物。人間が人間を買うことだってあるのだから、人間が人魚を買おうとしても驚くことではないのだろう。

 

「……」


 人魚の目から見た人間ってどんななんだろう。

 人間は海の中では生きることはできないし、劣等種族に見えているだろうか。金のために同胞を誘拐する浅ましい生物だろうか。


「おはよう、紫峰」


 上から降ってくる声に驚く気力もなかった。のろのろと顔をあげれば、昨日に見えた疲れはどこへやら、涼やかな様子の流星さんが立っていた。朝から眩しいことである。この人、本当にいつ休んでいるんだろうか。


「……おはようございます」

「シアは僕が見てるから、シャワーとご飯と必要なこと済ませておいで」

「はい」


 昨日の今日で鬱屈した気持ちでいっぱいだ。そして、その鬱屈を押し潰す作業に勤しむ元気もない。

 緩慢な足取りで展望室から研究室への階段を上りきる。

 研究所生活を終えて、借りていた部屋の片づけも終わっているけれど、私に割り当てられたロッカーの中身を使えば、一泊二泊なら生活できる。まあ、なくてもこの施設の中でなら必要なものが集まるのだけれど。

 深く考え始めては足が動きそうになく、無心のままに身支度を整えた。心に巣食ったぶよぶよとした不透明な気持ちは、シャワーでも洗い流せないし、着替えたところで入れ替えできないし、おなかを満たしても解消されない。


 行動がプログラムされた自律人形のごとく、無駄なく行動して研究室に戻れば、大君と三鷹さんが揃っていた。


「おはようございます、紫峰さん」

「おはようございます」


 三鷹さんの顔を見るたびに罪悪感で心臓がきゅっと締めつけられる。

 花火大会の日の告白にはまだ返事をしていない。

 長く引き延ばせば延ばすほど、返事をするのが億劫になってしまう。それならさっさと断ってしまえと短絡的な思考で答えが弾き出されているのだが、三鷹さんはそれを察しているようで私が返事をしようとするとわざとらしく話題を変えられてしまい、未だに言い出せていない。


「灯、朝から海にいったのか?」

「え?」


 不思議そうに首を傾けた大君は「研究所のジャージじゃん」と私の格好を指さした。確かにその通り。


「……昨日の夜に流星さんから仕事を頼まれて、そのまま研究室に泊ったから」


 こういうのがつくづく向いていないと思う。


「マジ? 顔色悪いけど、ちゃんと寝たか?」

「うん。平気」


 不要な行動をしたつもりはないけれど、もう少し早く戻ってくるべきだったかもしれない。主不在の城、流星さん不在の研究室はどうしたって収まりが悪い。二人が来る前に私がシア君の付き添いを交代しておかなければならなかった。

 この状況をどうしたものか、と考え始めた途端にテレパシーが通じたように海中展望室に繋がる扉が開く。

 ポーカーフェイスもいいところな流星さんは二人に挨拶をすると、普段通りに机に座って業務をし始めた。シア君に誰もついていなくていいのかと勝手にあたふたする私とは正反対の落ち着きだった。


「紫峰さん、一緒に巡回に行きません?」

「えっ」


 別におかしな提案ではない。朝一で入り江に行くのは仕事のうちだ。ガスマスク事件以前は大君が率先して担当していたけれど、以降はあのときに使われたガスが異人にだけ効果のある特殊なガスだったことが原因で、人間である私と三鷹さんにお鉢が回ってきていた。


「三鷹、紫峰。入り江は頼むよ。大河はちょっとおつかいを頼まれてくれない」

「えっ」


 三鷹さんに返事をしたのは名指しされた私ではなく、こちらに視線も向けずにパソコンをいじっている流星さんだった。

 ネルちゃんや大君のことを言えた義理ではない。心の声が表情にも肉声にも出ていた。

 シア君の傍にいることはもちろん大事だけれど、彼が海中展望室にいることを隠し通すためにもいつも通りを徹底しなければならない。流星さんが私を外へと促したのは当然だった


「に、荷物置いてから行くので、先に行っていてください……!」


 どもる私を気にした様子もない三鷹さんは「分かりました」とすんなり首肯した。私とすれ違うように研究室から出て行く背中を見送る。こういうときに突っ込んでこない人で本当によかったと思う。谷田と尾野だったら、根掘り葉掘りしてくるところだ。


「最近、省吾と仲いいんだな」


 別のところに引っかかる奴がいたらしい。

 思春期の中学生みたいな態度はしばらく見ていなかったけれど、まだ卒業はしていなかったようだ。

「……そう? 前よりは親しくなったけど、それくらいじゃない?」

「灯って仲良しのハードル高くね?」

「大君が低すぎるんだってば」


 なぜか私のデスクに座っている大君はるくると椅子を回していた。またネルちゃんに会うに会えなくなってしまったから、不満が溜まっているのかもしれない。


「紫峰。さっさと行って、さっさと戻ってきてくれる? 他に頼みたいことあるんだから」

「……、はい。すみません」


 荷物をロッカーに詰め込み、防犯ブザーを首から下げ、白衣を羽織る。手早く外に出られる準備をして「行ってきます」と出発の挨拶をする。二人が手を振って返事をしてくれたのを確認して、朝日降り注ぐ海辺へと足を踏み出す。


 事件以降、美しい入り江に向かう足は重かった。

 今、思い出してもあの日の恐怖は薄れない。特に振り返った瞬間に視界に映ったガスマスク。自然と鳥肌がたって、寒気に身体が震える。


「寒いですか?」

「いえ、大丈夫です」


 三鷹さんと他愛ない会話をしながら、入り江に続く洞窟を通り抜ける。そして、絶句した。

 陸地に横たわっている人影。びくり、と自分の肩が大きく跳ねる。フラッシュバック。じりりと後ずさってしまった私の背中を三鷹さんが支えてくれた。


「人魚、ですね」


 ――――に、人魚?

 よくよくと見てみれば、波で見え隠れしている脚部は魚の尾だ。シア君の時と同じ、人魚が入り江に迷い込んでしまっている。あのときと違うのは、倒れている人魚は私たちの騒ぎ声にも瞼を閉ざしたままだということ。気絶しているようだ。

 そんな彼女の状況よりも先に私の頭に飛び込んできた情報がある。知っている人魚。彼女を知っている。

 瞼の下の瞳の色は紫水晶の色、燃えるような赤の髪、波に濡れるエメラルド色の鱗。


「あ――、あ、アロマナちゃん!?」


 なんで彼女が入り江に――。

 彼女の元に走り寄り、顔を覗き込んでみても目が開くことはない。ただ、ゆっくりとし胸が上下しているので、最悪ということはなさそうだ。

 まずは流星さんに連絡、とポケットに手を入れたところで、横たわっていたアロマナちゃんの目がかっと見開かれた。


「ひっ――」


 突然の開眼に引きつった悲鳴が出る。びっくりした。

 大丈夫、と尋ねようとしても声が出ない。あれ、と疑問に思って喉に触れてみようとしても腕が上がらなかった。

 なんだがぼんやりして、頭が上手く働かない。どうして、駄目だ、ふらふらして、身体を起こしていられない。どさりと砂浜に倒れ込んでも痛みがしなかった。砂の感触もない。段々と視界も狭くなっていく。耳鳴りが酷くて、頭が痛い。


「迫真の演技だったね」

「うるさい」


 ゆっくりと落ちていく瞼、遠ざかっていく意識。最後に見たのは水面を叩くアロマナちゃんの美しい尾ひれだった。

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