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人型異生物保護管理機構のお仕事  作者: 真名瀬こゆ


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第64話 はずれ者

 流星さんが持ってきてくれたアウトドア用の寝具を有難く受け取り、シア君の眠る水槽の傍に簡易な寝床を作った。

 二人で並んで座る背後には水槽、目前には海。海中展望室の名前の通り、ここは海の中。もう慣れたと思っていたけれど、こうしてじっとしているとどことなく息苦しさを感じる。空調はしっかり管理されているのだから無用の心配と分かっていても、海の中では生きられないという本能がそう思わせるのか、妙な閉塞感はなかなか消えてはくれなかった。


「……、紫峰がいたから、シアはここに来たんだと思う」


 ぽつり、隣から落とされた音は広い部屋の中で侘しく反響する。

 流星さんはこちらを見ずにガラス越しの海中を見ていた。綺麗な横顔から真意を読み取ることはできない。


「紫峰は自分の体質のことどれだけ理解しているの?」

「……体質?」


 彼が何を言っているのか、さっぱり分からなかった。体質といわれても、思い当たることなんてない。持病もアレルギーもないし、オカルトじみた何とか体質みたいなのを感じたこともなかった。

 独り言のように進行する会話は止まらず、かたちのいい唇は「親兄弟に何か言われたことは?」と質問を積み重ねる。

 目線が合わない。二人しかいないから私に向けられた言葉だと分かるけれど、他に誰かいたら絶対に私が話し相手だとは気づかないと思う。


「特に思い当たることはないんですが」

「じゃあ、周りと違うなって思ったことは? 成育環境、情操教育、慣習や規則。自分は他と違うのかもと思ったことがあるだろ」


 断言だった。詰問するような物言い。

 そこまで言われて、一つ思い当たることはあった。周りと自分だけが違うと強烈に印象づいている出来事。


「……家を出るまで、両親には何度も見合いを強要されていました。姉と兄には家を出た方がいいと強く勧められて、それ以来は実家に帰っていません」


 このことは彼も知っているはずだ。そもそも、私が異保管の機構員手伝いになった理由の一つとして、私の自由と引き換えになる仕送りが楽になるよとそそのかしてきたのは流星さんだ。

 長いまつげがゆっくりと上下して瞬く。


「素晴らしいご兄姉だね。大事にした方がいい」

「……」

「それに対して、ご両親は最低だ。理由は知らずとも嫌悪感は持っていただろう? その感覚は間違ってない」


 反論はない。兄と姉が褒められることは当然だと思うし、両親を貶されても不快感はない。実際、そう思っているから。理由は分からないけれど、異様なお見合いの数々は私のためのものではなかったと確信している。

 でも、どうしてそれを流星さんが知っている口で語るのだろうか。


「紫峰が見合いを強要されていた理由は、君の商品価値を正しく査定するためのものだ」


 心臓の奥がじりじりと痛む。息苦しさが悪化している。

 私の身に起きていた異常な習慣の理由は本当に知らない。けれど、察してはいた。私を売り渡す先を探しているのだろう、と。

 ずっと目を背けていた真実を目の前に引き出された。


「自分の意思で帰ってくるように促されているのは、自らの意思で商品になることを選ばせるため。誘拐や身売りで商品になるとそれだけで価値が下がる。買ったところで逃走や反抗されるし、懐くわけがないからね」


 喉が乾く。乾いて乾いてしかたない。舌が口内にはりついて、唇もくっついて、このまま水分を失って枯れるのではというほど、干からびていた。

 寒くないはずなのに寒くて、暑くないはずなのに暑い。だらだらと流れる冷や汗は止まらず、目の奥がつきつきと痛んだ。


「…………私の、何を、知ってるんですか?」


 しゃがれた老婆のような声。自分で声を発したはずなのに、他人事のように酷く苦しそうだなと想えた。まるで最期の声を絞り出すような悲壮感。

 流星さんはようやくこちらへと視線を向けてくれた。夜の海よりも黒い瞳は同情心に満ちていて、私を憐れんでいる。同時に、親しみみたいなものを感じて、さらに私を困惑させた。


「僕ら兄弟みたいに異人の中のはずれ者がいるんだ。人間にもはずれ者がいてもおかしくないと思わない?」

「わ、私がそうだって言うんですか」

「そうだよ」


 はずれ者? 何が、どうして。私は普通の家に生まれて、普通に育って――、お見合いなんて意味不明なイベントはあったけれど、それ以外に異質なことなんて何もなかった。

 体から魂が飛び出してしまったような、ふわふわとした変な感覚に襲われる。流星さんは本当に私の話をしているんだろうか。


「異人には異人の特性があるように。人間には人間としての特性がある。君にはそれが欠けている。だから、夢魔の魅了も効かないし、人魚が本能で抱くはずの嫌悪を感じていない」


 いつから、私の何かを知っていたのだろう。どうして、私の何かを知ったのだろう。私の何かとは何なのだろう。


 大君のことは単純にモテるだけだと信じて疑っていなかった。守ってあげたくなるような可愛らしい性格だし、いつもにこにこして元気にしている姿を見るとこっちも元気になる。顔も恐ろしく整っているし、彼の中身を知らずとも好きになってしまう人がいても驚かない。

 彼の欠点といえば貞操観念が終わっていることくらいで、自分が彼を恋愛対象として見れないことが異常なことだと思いもしていなかった。

 ネルちゃんと仲良くできているのも、ネルちゃんが心が広く、見識が深いからだと認識していた。種族の特性よりも機構員としての意識が勝っているから、人間とも分け隔てなく接してくれているのだと。

 彼がいい子なのは本当のことだ。ただ、彼が他の人間と関わっているところが思い浮かばない。流星さんとは大君のことでぎすぎすしていたし、三鷹さんとは会話している姿を見たことがない。ネルちゃんが相手を選んでいるなんて思いもしていなかった。


「自覚はないだろうね。人間だからこそ異質な体質は、人間同士では意味のない体質だから」

「急にそんなこと、言われても」

「今だから話した。そういう紫峰だからシアは頼ってきた。紫峰以外は頼れなかった。君がいなきゃ、今頃は一人で海を漂っていたと思う」


 シア君――、背後の水槽の中、疲れた顔で眠り続ける少年人魚は安全な場所にいる。もしも、ここに逃げてこなかったらなんて、考えたくもない。


「人間としての嫌悪感がなかろうと、君が頼れる相手だと思わなきゃシアはここに来なかった。シアが迷子になって入り江に辿り着いたとき、誘拐かもと懸念した紫峰が助けようとしたことを覚えてた。だから、ここに来た」

「…………そんな、ことは」

「君は優しい。君は他人の手を掴む人間だ。掴まずにはいられない。だから、ここにいる」


 伸ばされた手を掴む、私じゃなくてもそうしたはずだ。流星さんだって、大君だって、三鷹さんだって。迷子の人魚がいたら助けただろうに。私が特別なんてことはない。


「紫峰はシアと一緒にいてあげて。今、この子が手を伸ばせる先は君だけだから」


 自分でもよく分かっていない体質が、シア君の拠りどころになれる資格になるのだろうか。気持ちだけじゃ解決しない問題を解決してくれるのだろうか。

 どうやって返事をしていいか分からなくて、私は何も言えなかった。シア君のことを、人魚を助けたいと思っている。そのためにできることがあるなら力になりたいとも思う。


「それで、紫峰は僕に手を伸ばして。最初から君だけに押しつけるつもりはない。君の体質をいいように使うみたいで悪いけど、頼らせて欲しい」

 

 流星さんが私の手を握ってくれたけれど、私の手は動きもしなかった。糸が切れてしまった人形のように、血の通っていない作りもののように、ただただ掴んでもらっているだけ。

 どうにか握り返したくても、手のひらを押しつけるのが精一杯。そうしていると、流星さんは「やっぱり、紫峰みたいな人間は損だね」と困ったように笑って、ぎゅうと強く手を握ってくれた。

 心は落ち着かないし、頭の中は考えごとでうるさい。心臓は未だに痛むし、体の不調は火を見るよりも明らかだったけれど、この手が繋がれているだけで呼吸は続けられそうだった。

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