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人型異生物保護管理機構のお仕事  作者: 真名瀬こゆ


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第62話 夜闇の海

 流星さんと偶然に会った日から、もやもやする毎日を過ごしている。

 結局、あの日は大君から流星さんに連絡があって解散になった。連絡の内容までは聞いていないけれど、流星さんが何よりも誰よりも優先する弟からの連絡なのだから、おざなりな挨拶を残して私を置いていったことには驚かない。ただ、そのときの私は驚き過ぎて呆然としていた。

 垣間見えた彼の内側が混沌とした深淵すぎたのだ。怖いもの見たさのような、危ないものに惹かれるような、本能的な感覚。光の一遍も差さないような心の内に何を抱えているのか、知りたいと思ってしまった。

 そして、そんなことを考えている自分に驚いた。どう考えたって、関われば関わるほどややこしくなる話でしかないのに、と。


 本業に復帰してから最初の金曜日。定時を越えたくらいの時間に流星さんから電話があり、今から研究所に来て欲しいと頼まれた。明日は土曜であるし、特に用事もなかったので一も二もなく了承した。

 ――やっぱり断ればよかったかも、と思ったのは三回目の乗り換えを終えて、帰宅ラッシュとは程遠い閑散とした車両に乗り込んだとき。

 職場から美湊の距離を考えていなかった。二つの職場は家を挟んで反対方向、ただただ遠い。本当に遠いのだ。

 電車移動中は晩御飯のことを頭の隅で考えながら、よいこのいじんじてんを読み耽った。夢魔のように人間と見た目が変わらない異人も多いらしく、もしかしたら、知らぬ間に異人とは遭遇しているのかもしれない。

 揺れる電車の音と振動、寒すぎる空調、まばらに座席を埋める乗客。この路線に乗るのもすっかり慣れてしまった。


 研究所に着いたのは二十時過ぎ。

 途中のコンビニで晩御飯を買い、バスを待っている間に胃袋を満たした。研究所内に食堂も売店もあるけれど、流星さんを待たせるわけにはいかない。


「こんばんは。お疲れさまです」


 敷地の一番奥の研究棟、一人のための研究室では部屋の主が自分のデスクではなく、休憩用のソファーに座っていた。珍しい。

 気だるそうに顔を持ち上げて、上目遣いにこちらに視線を向けた流星さんはどこか疲れが滲んでいた。やっぱり、珍しい。


「お疲れさま。悪いね、仕事上がりに」

「いえ。大丈夫ですよ」


 本業後に副業に来るのは初めてだった。

 流星さんから連絡がくることは珍しくない。その連絡の大半は大君関連で自分が向かえないときだ。仕事の連絡のときもあれど、今から来てくれのパターンはない。


「何かあったんですか?」

「お願いがあるんだ。こっちに」


 流星さんが立ち上がって進む先は海中展望室だ。

 何度も出入りしているその部屋は私にとって、海中展望というよりもネルちゃんの部屋くらいの認識である。

 この長い階段に新鮮味を感じることもなくなったが、流星さんと一緒に降りるときはちょっと警戒してしまう。そういうときは基本的にいいことがない。

 それから、夜の展望室はちょっと怖いから苦手だ。先の見えない真っ暗な海――、陸地で見る空の闇と海に見る闇はちょっと違う。


「連れて来たよ」


 展望室の扉を開いた流星さんは室内に向けて声を張った。

 ネルちゃんが来ているのだろうか。でも、それならそう言ってくれればいいのに。

 流星さんの後に続いて部屋に入り、室内から見える海面を見下ろす。深い黒の海。水面から顔を覗かせている影を見つけた瞬間、私の思考回路は焼き切れた。


「っ、あ、し、シア君――!?」

「お姉ちゃんっ!!」


 真っ白の髪に青い目をした少年人魚。

 降って湧いた安堵にぐるるるると喉が鳴る。じわじわと涙が溢れて、許されるなら感情のままに泣き喚きたかった。

 手すりを掴んで乗り出し、残りの階段を飛び下りそうな勢いの私に、流星さんは道を開けて先に行くことを許してくれた。


「無事だった!! 心配した!! よかった!!」


 ばたばたと荒れた足音を追い越すように階段を駆け下り、シア君の元へと駆け寄って膝をつく。彼がこちらへと伸ばした両手をぎゅっと掴んだ。力加減はできていなかった。

 繋いだ手を引けば、軽い体は簡単に持ち上がる。小さな背中に腕を回せば、同じように背中に回された手。ぎゅう、ぎゅう、ぎゅう、ぎゅう。お互いに力を込め、お互いの存在を確認し、お互いを捕まえる。

 人魚らしい冷たい体温。つるりとした鱗の感触。


 ――生きてる。よかった。本当に。


 耐え切れずにぼろぼろと涙が零れていった。シア君も同じようで腕の中からすすり泣く声が聞こえる。それを聞いてさらに目が熱くなった。

 シア君にかける言葉が浮かんでは積み上がり、頭の中がうるさくなる。声を出そうにも声にならず、口から出ていくのは詰まった吐息だけ。

 とん、と不意に優しい衝撃が背中にぶつかる。

 首を後ろにひねれば、流星さんがすぐそこに立っていた。


「見上げた根性だよ。自力で逃げてきた」

「……」

「事情を聞いて。僕じゃ話にならなかった」


 事情を聞くのが私で大丈夫なのか。子供の相手という観点でいえば、流星さんよりはマシかもしれないが、そもそも二択で絞る必要はないと思う。機構員の偉い人とかがやった方がいいのではないか。

 私の無言の訴えに流星さんは深く頷くだけだった。私たちから離れ、壁の花よろしく無関係のような顔をして佇む姿は、有無を言わせない圧を感じさせる。


「――シア君、本当に無事でよかった」


 どうにか声帯を震わせて、掠れに掠れた声を絞り出す。そうする合図だったようにお互いの背中に回していた腕を戻した。

 まじまじと顔を見なくても、健康的ではない顔色だった。疲労困憊、満身創痍。ふっくらとしていたはずの頬はわずかにこけていて、生気というものが欠けているように見える。何があったのかを想像するだけで苦しかった。内臓という内臓がきりきり痛む。

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