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人型異生物保護管理機構のお仕事  作者: 真名瀬こゆ


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第61話 あなたの想いの先

 入江での騒動から三日。唐突に、突然に、私のストーカー事件は終わりを迎えた。

 あの一昨日に発生した入り江ガスマスク事件の犯人連中が、ストーカーの犯人でもあると判明したのだ。

 やはりというか、奴らの狙いはネルちゃんだった。人魚を狙う誘拐犯グループで、あの入り江に訪れる彼にずっと目を付けていたらしい。私を陥れるような真似をした理由はまだ吐かないが、証拠は見つかっているので時間の問題とのことである。

 まだ誘拐犯グループの全員が捕まった訳じゃないらしいが、あとは芋づる式で一網打尽にできそうだ、と流星さんに聞かされたのが昨日。

 私は自宅へと戻ることが許された。

 

 休職期間は前倒しで、昨日の今日で本業に復帰である。長く休みを取っているうちに出社しにくくなりそうだし、仕事をしていれば余計なことを考えずに済むし。

 会社で変な目で見られるかもと心配もしたが、私の男っ気のなさは谷田と尾野が知るところだったので、性に軽薄な女だと軽蔑されることはなかった。むしろ、写真に写っている男の中に好い人はいないのか、と質問攻めにされるくらいだった。

 変な噂といえば変な噂になっていたが、気に病むようなものではない。そのうち消えるだろうと楽観的に受け止められるレベル。

 溜まりに溜まったメールをさばき、引継ぐ業務の説明を受けを繰り返しているうちに昼休みになり、目を通しておいてと机に積まれた書類を眺め、仕事に戻るための準備をするだけで一日が終わった。

 疲れた。しかし、充足感のある疲労である。仕事に戻れて本当によかった。機構員の皆さんには頭が上がらない。

 慣れ親しみ過ぎた帰り道すら新鮮に思える。生きているって素晴らしい。


「――紫峰?」


 もうすぐ改札だというところで、自分の名前が呼ばれた気がした。足を止めてきょろきょろと周囲を見渡せば、すぐに知った顔を見つけた。なんていったって、その美しい姿は目立つのだ。


「流星さん!」


 珍しい。いつも研究所に籠っていて、大君絡みか仕事でなければ出てこないのに――、なんてのんきなことを考えている場合ではなかった。彼の隣に並び立つ女の人を見て、喉からひゅっと変な音が鳴った。

 デート中だった……! そう言われてみれば、お洒落な格好をしていらっしゃる……!

 気軽に声をかけてしまったが、デート中に変な女が彼氏に話しかけてきたら彼女としては嫌だろう。適当に挨拶して仕事場の上司部下であることを匂わせたらさっさと撤退しよう――、私が脳内で立てた完璧な作戦が決行されることはなかった。

 流星さんが女の人に「今日は帰って」と取りつく島もないような言葉を投げつけたのだ。


「えっ!?」

「紫峰、時間はある? 飲みに行こう」

「はっ!?」


 これほど快諾しにくいお誘いもない。

 ただでさえ驚きなのにさらに驚きなのは、流星さんの素っ気ない発言に驚いているのが自分しかいないということ。

 彼女の返事は聞こえなかった。私に聞こえなかっただけかとも思ったが、こちらを見つめる女の人が一歩も動かないので、やっぱり返事はしていないと思うし、了承はもっとしてないと思う。


「流星さん、さすがにそれはないですよ」


 流星さんと飲んでみたい気持ちはあるが、彼女を帰らせたというか、放置している手前で別の女を誘うとは、この人の良識はどこにいったのか。大君の破天荒な恋愛脳にあれこれ口を出せないのでは。

 この距離で声を潜めることに意味があるかは分からないけれど、なるだけ声を抑えに抑えて「彼女さんの前で何を言ってるんですか」と苦言を呈した。


「ああ、別に。気にしないで」


 ああそうでしたか、なんて言えるわけないじゃないですか。

 流星さんが秀才であるのは百も承知で言わせてもらうけれど、頭がおかしい。話の意図がこれっぽっちも理解できない。


「――行くよ」


 私の返事も聞いてくれないんですか。


「いやいや、彼女さん待ってますよ!?」

「帰ったろ」


 そんな馬鹿な、と噛みつこうとしたけれど、視界に入っていたはずの人影は消えていた。本当に誰もいない。自分の目を疑うしかなかった。まさか最初から見間違えじゃあるまいな。


「……、そんな馬鹿な」


 流星さんは私が同行する運びで歩き出していて、後を追うしかなかった。背中に追いつき、少し歩いたところで、恋人がいる男の人と二人で飲みに行くのはどうなのかと自己嫌悪に陥る。せめて仕事の部下であることは断っておきたかった。いや、ちゃんと話をつけて帰ろう。それがいい。


「いいんですか、デート」

「大河を仕事場に送った帰りに捕まっただけ。約束があったわけじゃない」


 ここにいる理由としては納得のものだ。想像に違わない。ただ、私が聞きたいことの回答ではない。

 人混みの中を流星さんと歩くのは初めてで新鮮だ。

 彼の独特の空気感は周囲を行き交う人々ちょっと違う。異人だからなのだろうか。大君も大概目立つが、あの子は紛れ込むのも得意だ。今の流星さんのようにどこか異質な空気を漂わせているようなことはない。


「……、大君のこと過保護になるのは分かりますけど、大変じゃないですか?」


 単純に疑問だった。流星さんはただでさえ忙殺されそうなほど仕事を詰め込んでいる。それなのに、こうやって大君を仕事場まで送り迎えをすることもしているなんて、自分の時間は皆無なんじゃないかと推測している。

 どの程度、大君の生活に介入すべきなのかは正確に理解していないが、それでも流星さんは大君にかまけすぎな気がする。


「……大河に僕らが夢魔の中でも訳ありだって話は聞いただろ?」

「はい」

「普通から外れた存在を排除する思考は夢魔にもある。男でありながら男を好きな大河も、男なのに男にしか誘惑が効かない僕も、夢魔としてはじかれ者だ」


 流星さんは進行方向を見つめたまま、淡々とした声で兄弟を語った。

 こんな街中で話していいような内容には思えなかったが、それでも止めようという気にはならなかった。流星さん声はすぐに空気に溶けてしまい、誰にも聞こえていないような気がしたから。

 街灯に照らされた横顔は表情に乏しいが、瞳は温かな慈愛に輝いている。


「ずっと二人で生きてきた。機構に保護されるまで」


 流星さんの言葉は雑踏に消えてしまいそうなほど儚かった。

 下手に触れたら壊れてしまいそうなほどに繊細で、柔らかで優しい空気。流星さんは本当に大君が大好きなんだ、という事実を改めて知らしめられた。

 どう声をかけたらいいか分からない。

 いや、流星さんも私からの感想は求めていないか。彼が紡ぐ言葉だけを覚えておこう。


 不意に流星さんの足が止まり、私も同じように足を止めた。険しくなった表情に進行方向を確認すれば、先ほど帰ったと流星さんが言い切った彼女さんが立っていた。

 血の気の引いた顔色、虚ろな表情、定まらない視線。

 人の流れを割る障害物のように仁王立ちする彼女は、流星さんとは違った意味で異質だ。私、やっぱり帰りますよ、と言う前に二人の会話が始まってしまう。


「流星」

「どうかした? 今日はもう帰るって言ったでしょう」


 流星さんの平然とした様子が怖い。

 普通、こんな状況で彼女に遭遇したら、浮気じゃないと主張する方が先なのでは。

 しかし、反応がおかしいのは彼だけでなく、彼女の方もだった。予定をないがしろにして他の女と並んで歩く恋人を前に、不機嫌そうな様子はなく虚ろな目で佇んでいる。焦点が合っていない。


「ねえ、いつになったら大河に会わせてくれるの?」

「大河に会うために他の男に股開くような女は一生会えないんじゃない?」

「酷い男、でも私が愛してあげる」


 彼女は満足そうに笑みを湛え、ふらふらと人の波に消えた。あとを追うにもすでに姿は見失っていた。

 なんだ、今の。なんであんな狂気的な会話を。一体どうして。

 流星さんも彼女さんもおかしい。絶対。流星さんに至っては、何事もなかったように再び歩き始めた。


「……あの人、流星さんの恋人さんですよね?」

「対外的には」

「失礼ですが、大君に恋しているような口振りでしたけど」

「大河のストーカーだからね」


 ……なんて?


「……た、大君のストーカーと付き合ってるんですか?」

「そうだよ」

「そうだよ、って。なんでそんなこと」


 もはや驚きを通り越して恐怖でしかない。私調べだが大君のストーカーと言えば質が悪いのが多くて有名だ。

 自分ではない誰かを好きな女性が好きなのだろうか。特殊性癖的な。流星さんが好きになってしまったのなら盲目的になっているところもあるかもしれないけれど、そんな気配はちっとも感じられない。


「大河を守りたいから、あとは効率を考えて」

「こ、効率?」

「夢魔は人間の精気が必要な生き物だ。もちろん、僕もね。必要ないと頭で思っても本能は制御できない」

「…………」

「だったら、大河のストーカーを抑えるついでに精気をもらえばいい。大河の兄だって近づいて、付き合って、その間に洗脳して、僕とも大河とも関係ない人間に仕立てて別れる」


 この人は何を言っているんだ。さも当然のように言っているが、大君を想うがあまり思考回路がどうにかなっているんじゃないだろうか。

 ストーカーと付き合って洗脳って、それは夢魔がどうこうは関係ないだろう。単に流星さんの人間性に難があるということだ。ドン引きする反面、流星さんの技術の幅広さにも感服してしまう。海洋生物と異人についても知識人である上に、洗脳もできるのか。


「流星さんに好きな人ができたらどうするんですか……?」


 流星さんは答えてくれない。こちらを見る目は大君のことを話していた時と同じくらい凪いでいて、街に溢れる光を乱反射して輝いていた。

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