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人型異生物保護管理機構のお仕事  作者: 真名瀬こゆ


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第57話 幸せのかたち

 最近、頭を悩ませる事柄が多すぎる。

 シア君の誘拐事件、私のストーカー事件、三鷹さんの告白。最後のを他と並列にするのは違うと分かっているけれど、悩むという大きな意味では同じカテゴリだ。

 昨日の花火大会が終わったあと、三鷹さんは何事もなかったように帰っていった。どぎまぎとしているのは私だけ、寝れないかと思ったけれど、考えすぎて気疲れして逆にぐっすり眠った。

 早く返事をしなければ、自分がどんどん嫌な奴になっていく気がする。

 本末転倒な話ではあるが、本業がお休みで助かった。こんなに多くの事象を対処できるほど、私のキャパシティは大きくない。


「灯」


 今日も今日とて、友情に厚い大君は私の研究所籠りの生活に付き合ってくれていた。にっと白い歯を見せると「入り江まで巡回行こうぜ」と外に誘ってくれる。


「うん。行く! ちょっとだけ待ってね。区切りいいとこまでやらせて。すぐ終わるから」


 研究所で仕事をする時間が増えたせいというか、おかげというか、流星さんの業務を少しだけ下ろしてもらえるようになった。これでもほんの一部だけだというから、彼の仕事量はとんでもない。恐ろしくスペックの高い出来た人だ、強烈なブラコンくらいあって当然の欠点なのかもしれない。

 

「終わった。行こ」

「おー!」

「流星さん、行ってきます」

「ああ、気をつけてね」


 引きこもりがちな私のために、大君はよく外に行く用事を作っては誘ってくれている。

 別件とはいえ、ストーカー被害者である二人が揃って行動することの良し悪しは悪しのほうが強いと思う。ただ、美湊の周囲は機構員の警備もあるし、そこまで警戒しなくてもいいと流星さんのお墨つきもあって割と気軽に出歩いている。


「今日もいい天気だね」


 カレンダーで見れば夏の終わりであるが、体感はまだまだ夏を続行していた。通り雨や台風が増えてきたり、たまにひんやりとした朝があって、季節の移ろいを感じることはあるが、それでも暑い方が勝っている。

 毎日違う青を見せてくれる海を横目に、当たり障りない雑談をしながら、歩き慣れた道をのろのろと進んでいく。入り江に繋がる洞窟の前に到着したところで、大君はぴたりと足を止めた。


「なあ」

「んー?」

「昨日、ネルに告白した」

「――――――えっ!?」


 たっぷりの猶予を持って、私は盛大に驚いた。声にしたいと思った数多の言葉が口に押し寄せて「と、うとっ、えっごっげぼっ!」と勢いのままに張った大声で咳込んだ。

 大君、今、なんて。え、え。

 かっと目を大きく開いた私と、居心地悪そうに肩をすくめる大君とで無言のまま見つめ合う。私が驚きに何度も瞬いていると、彼はさささっと視線を逃がした。照れたように頬を染め、後ろ髪をがしがしとかき混ぜる姿に、私の心の中のオーケストラが厳粛な愛の旋律を奏で始める。


「おめでとう!!」


 まさか、とうとう、この日が来ようとは……!


「ま、まだ、どうなったか言ってねえだろ!」

「そのにやけ顔で駄目だったわけないでしょ!」


 大君は喜怒哀楽が分かりやすい。仲良しの私じゃなくたって、彼にいいことがあったのは一目瞭然だろう。

 暗いニュース続きだったので、一層に喜ばしいことだった。

 大君もネルちゃんも、すごくすごくいい子たちだ。関係を変える言葉を告げずに想い合っているときも幸せそうにしていたけれど、これからはもっと素敵な日々が待っているはず。

 祝いの言葉ばかりが口から飛び出す私の頭を、大君はぺちりと優しい力加減で叩いた。


「ありがと、灯」

「自分のこと見たいに嬉しいよ。本当におめでとう。これからは、不用意に愛を振りまかないようにね。ネルちゃんのこと泣かせちゃ駄目だよ」

「ん、頑張る」


 にやけるのを抑えるようにして笑う大君から漂う幸福感といったら、筆舌に尽くしがたい。私まで幸福をおすそ分けしてもらっている。

 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら入り江に入れば、声が反響して余計に祭りごとのように思えた。何度だって言う。おめでたいし、私も嬉しい。


「それでさ、灯にお願いがあって」


 薄暗い洞窟の中、私の先を行く大君の表情は見えなかった。けれど、声が震えているのは分かる。


「何?」

「灯、兄貴を説得するの、手伝ってくれないか」

「……」


 潮木流星。大君とネルちゃんの恋路に立ちはだかる最大最強の障害であり、問題の多い異種族間での恋を懸念する心優しいお兄さん。

 私は口元を歪め、言葉を飲み込んだ。

 先ほどまでの浮つきをすべて消し去って、感情を失った真顔を浮かべる。したくてしたわけではなく、自然になってしまった結果である。

 私は大君の依頼と正反対のことを流星さんから依頼されていて、それを突っぱねてはいた。ただし、何の根拠もない。二人がいいならいいじゃないか、という無責任なもの。

 人魚のことを知れば知るほど、流星さんの正論が胸に突き刺さっていた。

 ――でも、それでも、やはり、私は二人の味方でいたい。


「実はね、流星さんに大君とネルちゃんのこと止めて欲しいって言われてたの。人魚との恋なんて上手くいくはずないって」

「……だろうと思った」


 寂しそうな声色。大きな背中が小さく見える。

 とうとう、大君にこのことを口にする日が来てしまった。


「でもね、大君とネルちゃんのこと知れば知るほど、二人と親しくなればなるほど、私は応援したいなって思った」


 流星さんは二人を見ていればいずれ分かる、と言っていたが、ついぞ私は二人が別れるべきだとは思えなかった。幸せになれないなんて嘘だと思った。

 本当に、心から、私は二人が大好きなのだ。もし、ほんとにもし、抗えない事情でどうにかなってしまうことがあっても、心が通っている今を捨てるなんてして欲しくない。


「灯……」


 大君の足が止まり、私の足は波打ち際まで進む。

 陽の差す入り江、振り返った先にいた大君は見たことがないくらいに綺麗だった。


「絶対、幸せになってね。私、力になるか――」

「灯ちゃん!!」

「ぐええ」

「わ、灯!!」


 自分で言うのもなんだが、感動的な言葉を言っていたつもりであったが、最後まで紡ぐことは許されなかった。後ろから首を引かれ、力がかけられるままにのけ反った。喉潰れる、首折れる。

 当然、背面からの攻撃に受け身を取れるようなフィジカルなド持ち合わせておらず、私は引きずり込まれるように浅瀬に倒れ込んだ。ざぶり、と波が打ち寄せて、耳に水が入り、背中が濡れた砂に埋まる。

 見上げた視界には、頭側から私の顔を覗き込むネルちゃんの顔があった。逆さまから見ても麗しい。


「ネルちゃん、おはよ」

「ありがとう」


 紫色の瞳から、雫が落ちる。私の頬を海水ではないの水が伝っていく。

 ぽろぽろと静かに泣くネルちゃんの姿は、神々しいまでに美しかった。まるで紫水晶が新しい水晶を生み出すように滴が零れ落ちてくる。

 私は頭を海水に浸したまま、手を伸ばして柔らかな金髪に触れた。濡れた髪はぺたりとしていて、梳いてやることはできない。


「……力になるから、私にできることがあったら言ってね」


 私は今度こそ、すべて告げた。

 泣きながら笑うネルちゃんの顔が遠ざかっていき、代わりに眉を下げてほほ笑む大君の姿が視界に入る。差し出された手を取れば、そのまま上体を起こすように引っ張られた。

 身体の後ろ半分がびしょ濡れである。


「待ってろ。俺、タオル持ってくる」

「ご、ごめんね、灯ちゃん」

「ううん。でも、次からは先に声かけてね」


 あとは喉を狙うのは止めて欲しい。悪意はないのだろうが、私がか弱い乙女だったらぽっきり逝ってしまっている。

 髪の毛の水分を絞りながら適当な注意を投げかけると、ネルちゃんは「ふふ、ええ、そうするわ」と微笑んだ。可愛い。大君もネルちゃんも浮かれているんだろうな、と思えば、これっぽっちも怒る気にはならなかった。

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