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人型異生物保護管理機構のお仕事  作者: 真名瀬こゆ


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第56話 花火大会

 赤に近い橙に染まった太陽はゆっくりと時間をかけて沈んでいく。夕日の陽はすべてを温かく包み込んでくれる。ここでは一日がちょっとだけ長い。

 私と三鷹さんは並んで研究所の屋上に置かれたベンチに座っていた。

 三鷹さんに誘われた花火大会。結論として言えば、流星さんから研究所の屋上ならいいと許可が出たのだ。花火を見れるのはいいけれど、親公認のデートみたいでどうにも気恥ずかしさがある。


「紫峰さん、はい。飲み物どうぞ」

「ありがとうございます」


 美湊の花火大会会場はもっと駅寄りで、打ち上げ場所は研究所とはは遠く離れた海上だ。ここからでは出店が並ぶ一帯の喧騒も聞こえなければ、浴衣姿の人々を見かけることもできない。祭りの雰囲気には味気ないかもしれないが、私には三鷹さコンビニで買った缶ビールで十分だった。

 肩がぶつかりそうでぶつからない距離。三鷹さんはきょろりとあたりを見渡して「にしても、ここは研究所の屋上とは思えないですね」と感嘆したように呟く。


「確かに」

「お昼寝したら気持ちよさそうです」

「あはは、もう少し涼しくなったら丁度いいでしょうね」


 外観からも立派だろうと思っていた屋上庭園は、私の想像を優に超えた場所だった。扉を開ければ一面に芝生。屋上を囲う柵に沿って植えられた大小さまざまな木花。この研究所に来る途中にある森林ほどではないが、潮の匂いに混ざって、緑と花の匂いがした。

 ここから見える景色は花火がなかろうとも絶景だ。永遠に続く水平線。生き物のようにうねる海面。一日中見ていても飽きないと思う。

 ……まさか、この庭の手入れも流星さんがしているのではないだろうな。息抜きにはいいかもしれないけれど、ここまで整えられえた様子からしてそれなりの労力がかかっているはずだ。


「紫峰さん、ありがとうございます」

「え?」

「俺、美湊に住んで長いですけど、こんなに充実した日々は初めてです」

「……、私は何もしていないですよ」


 むしろ、下手を打っている。三鷹さんが理解ある人だったからこうし手同僚になれて、和気藹々と雑談をしているけれど、悪党だったらそうはいかなかった。


「それにお礼を言うなら私の方です。もう何度も繰り返していて、聞き飽きたかもしれませんが、本当にありがとうございます」

「ふふ、もう十分、言ってもらいましたよ。それに俺は俺がしたいようにしてるだけなんで、それこそお礼言われるものじゃないですって」


 大君、流星さん、ネルちゃん、三鷹さん、みんなが私を守ってくれようとしている。

 ワガママな話だけれど、責められた方が楽だったと思う。決して、責められたいわけじゃない。ただ、どうしていいか分からなくなる。心に巣食ったもやもやとした得体のしれない罪悪感はどうしたら取り除けるのだろう。

 途切れることなく言葉のやり取りをしていると、花火大会を開始するためのアナウンスが聞こえてくる。距離ですり減った音はほとんど聞き取れなかった。


「始まりますよ」


 夕闇は紺と橙を混ぜた色でまだ完全な夜には早いが、空を彩る光を見ることはできるだろう。

 長い前口上を聞かされるのかと思いきや、すぐにぶつりと放送が切れる音がした。滴を落とすように、段々と高揚が心に満ちていく。

 広がる鮮やかな光の円、心臓を打つような低音。

 私と三鷹さんの口から間抜けな嘆息が漏れる。開幕の一発は美しい大輪であった。


「紫峰さん――」


 花火と花火の合間、三鷹さんは手にしていた缶ビールを手に「乾杯」と目を細めた。差し出された缶ビールに私のそれを優しくぶつければ、彼は満足したように頷き、ぐいと缶を傾けた。私もならって喉を潤す。お酒を飲むのは久しぶりだった。

 こんな特等席でビールを飲みながら花火観賞なんて、随分と贅沢な話である。


「綺麗ですね」

「はい。私、本当に久しぶり見ましたけど、やっぱりいいものですね」


 ひゅるり、ひゅるり、どどん。夜空を飾る極彩色の花火。闇の色が濃くなった空、輝きが一層に増して見えた。

 花火の種類なんて詳しくはないが、プログラムを説明する声と空の模様を比較すると、聞いたことがある名前と見たことある花火とが紐づいたりする。


「紫峰さん」

「はい?」


 三鷹さんは上手く隙をつくようにして、私の名前を呼んだ。

 打ち上げ場所から距離も離れているし、断続して打ち上げ続けられているわけでもないのでいつだって会話はできる。それをしないのは三鷹さんの気遣いに他ならない。

 こちらを見上げるようにして覗き込んでくる彼の瞳は、今日の夜空みたいに澄んでいた。


「俺のこと嫌いですか?」


 どろりとした甘い囁きが心に絡みつく。まるで毒みたいだ。侵されるように胸が苦しくなる。


「そんなことないです。……そう見えますか?」

「素っ気ないなって思ってます」

「えっ? す、すみません、そういう態度をとったつもりはなくて」

「大河くんとが羨ましいですよ」

「大君は別というか……、三鷹さんは仕事の取引先の方ですから」


 何よりも、私を恋愛の意味で好きだという点が異なる。

 私は未だに未知の生物である三鷹さんとの距離感を掴めないでいた。悪い人じゃないのは分かる。むしろ、彼はいい人だ。私が三鷹さんのことをいいなと素直に思えて、付き合ってみるのもいいかもしれないと前向きに考えられていれば、もしくは、絶対に付き合わないという断固とした決意があれば、こんな中途半端ではなかったかもしれない。

 私は彼の好意に甘え、中途半端を貫いてきたのだ。


「俺はもう友達だと思ってたんですけど」

「それは光栄です」

「ほら、そういう所が素っ気ないんですよ!」


 私は曖昧に笑った。確かに、ここはイエスかノーで返すべきだったかもしれない。

 私たちの会話は、花火の音に中断させられる。花火のおかげで考える時間があるのは私には有難かった。落ち着いた速度じゃなければ、変な言葉を返してしまいそうだ。


「紫峰さん」


 三鷹さんは何度も花火の合間に私の名前を呼ぶ。そして、短い会話を続けた。その声がいつもと違う響きなのはいつからだっただろう。

 もうどれくらい花火を見続けていただろう。気合の入ったアナウンスが次がメインの演目であることを教えてくれる。

 三鷹さんはそれまでしてきたのと同じように私を呼んだ。呼ばれるままに横を向いて、見なければよかったと後悔した。

 どきりとしてしまうほど、真っすぐに私へ向けられた視線。眼鏡越しにも分かるほどの恋慕が揺れる瞳。


「俺、あなたのことが好きです」


 三鷹さんは私の手から缶ビールを取りあげ、代わりにゆっくりとした動作で自身の指を絡めた。冷えていた手には熱すぎる体温。


「返事を急かすつもりはありません。ただ、俺の告白が忘れられちゃってるんじゃないかと思って」


 見つめ合う、沈黙、胸が苦しい。

 全身を循環する血液が沸騰している。つま先からどろどろと溶けて、消えてなくなってしまう。

 どうにか口を開いて返した私の言葉は花火にかき消された。自分でも、何を言ったのか覚えていない。でも、多分、三鷹さんが言うところの素っ気ない言葉を発したのだと思う。

 それから三鷹さんの視線はずっと空に向けられて、私も同じように空を見上げた。心臓の音か、花火の音か。判別のできない私の耳は馬鹿になってしまったらしい。

 繋いだ手は振りほどけなかった。

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