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人型異生物保護管理機構のお仕事  作者: 真名瀬こゆ


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第48話 他愛ない会話

 流星さんの許可も下りているし、自由にしていいならそうしよう。変に気疲れするよりはよっぽどいい。

 探検気分で冷蔵庫を漁れば、中には何もなかった。キッチン近くの棚には水やら保存食やらが積み込まれていて、一週間は住めそうなくらい備蓄がある。

 キッチンを勝手に使用させてもらい、お湯を沸かしてインスタントコーヒーを淹れれば、遠くから「僕のも」と悪びれもない頼みが飛んできた。通常運転。

 湯気が立つマグカップを二つ持ってソファーに向かえば、流星さんは壁にかけられたテレビでニュースを見ていた。この人でもテレビなんて見るんだな、と失礼な感想が弾き出される。浮世離れしているから、俗世には興味ないのかと思っていた。偏見である。


「ありがとう」

「いえ」


 どこに座るか迷って、悩んだ末に流星さんの隣に座った。

 ダイニングに座るという手もあったけれど、あちらからではテレビが見えない。この部屋の中での娯楽はテレビくらいのものだ。それに、下手に距離をとるのは彼のことを意識しているみたいで気が進まなかった。

 コーヒーの香り、窓を打つ激しい雨音、テレビから聞こえる音。静かな部屋は少しだけ居心地が悪い。


「悪いね、紫峰」

「え?」

「今日は君に負担をかけすぎてる」


 流星さんはこちらも見ずに、沈んだ調子でそう言った。

 イレギュラーな事態ではあるけれど、私も仕事で来ているのだから気にしなくてもいいのに。給料だって多すぎるくらいもらっているし。


「流星さんって、本業は海洋生物学者なんですよね?」

「そうだよ」

「どうして異保管で働こうと思ったんです?」


 単純に疑問だった。私のように誰かに誘われて、いや、あれは騙し討ちだったけれど、そうやって機構員になったのだろうか。

 時と場合を間違えなければ、流星さんは他愛ない会話にも応じてくれる。間違えたときの空気感はさておき、今は許容範囲だったようで「父親が機構員なんだ」と涼やかな声を響かせた。


「それで勧められて機構員に。異人っていうものを知っていたし、僕にできることもあると思えたし」

「そうなんですか」

「まあ、やりたくて始めたんじゃないよ」


 流星さんの身の上話を聞くのは初めてのことだ。雑談や世間話はよくするし、仕事の話はもっとするので、関係が悪いことはないと思う。

 初対面で平手打ちされたときには強烈なブラコンだと戦慄し、研究所に招かれたときには詐欺師の悪魔だと思っていたが、今は純粋に尊敬している。どちらの仕事にも真摯、二足の草鞋をきっちりと履きこなしているのだから。


「でも、職業柄、機構員でいると利益になることも多いからね。断る理由もなかった」

「確かに。海洋生物を研究するのに人魚とお知り合いだと、都合がよさそうですね」


 落ち着いた声で語られる言葉は、耳心地のいい響きで私の元に届く。いつの間にか、テレビの音も窓の外の雨音も耳には聞こえなくなっていた。


「紫峰は?」

「なんです?」

「なんで今の仕事をしてるの?」

「……うーん。興味が持てたことだったからですかね。それから、求人として多いっていうのもあって」


 面白い理由ではない。

 選択肢が夢から現実に変わっていたのはいつからだろう。最初は漠然とあっちがいい、こっちがいいと迷ったりもしていたが、いつの間にか道は一本道になっていた。そうなるように就職して、そうなるように生きているのが今だ。


「仕事が人生ではないんだ?」

「……大君からどう聞いているか分かりませんけど、結果としてそうなってるだけですよ」


 くすくす、と流星さんは静かに笑う。

 果たして、大君は流星さんに私のことをなんてお伝えしているのだろうか。言わせてもらえるなら、仕事が人生は流星さんの方じゃないのか。

 にしても、今日の流星さんは饒舌である。それとも、私が彼の側面を知らなかっただけだろうか。本当はおしゃべりが好きなのかもしれない。


「じゃあ、やりたいことは?」

「難しい質問ですね」


 やりたいこと、か。難しい質問だ。

 私は直近ばかりを見つめていて、長期的な目標というか、生きる目的というか、そういうものがない。ただ、今を生きているだけ。

 唐突に未来への不安に襲われることもあるし、不意にこのままでいいのかと自責の念に苛まれることもある。

 いつまで実家から逃げて生活するのか。逃げ続けるにしたってこのまま惰性で毎日を消費していくわけにはいかない。


「……私、人と関わるのあまり上手じゃないですけど、嫌いじゃないんです」


 結局、人は一人では生きられない。一人でいる方が気楽だし自由だけれど、それだけでは心が病んでいくのだ。

 実際、友達は少ないし、世界も狭い。けれど、隔離された無ではない。


「自分と違う価値観を人と接するのは楽しいと思います」


 大君には苦い思い出かもしれないが、あの日、彼と出会えたことは私の人生の転機だ。今までは可もなく不可もなくで、何も求めずに生きていたのだと思い知らされた。

 あの日から、私の世界は極彩色になったのである。

 自分がやりたいことやるのは悪いことじゃない、自由になっていいのだと、この年齢になって新発見してしまった。


「だから、今、楽しいですよ。誘われた理由が理由ですが、流星さんのお仕事をお手伝いしているの、やりがいがあります」


 異保管の補助員になった日、世界が広がった。

 鮮やかになった世界が広大になって、私は自分がどれだけ小さく、つまらない存在だったかを認識した。自己否定をされたが、悪い気はしなかった。むしろ、感動していたくらいだ。

 流星さんは控えめに笑いながら「結局、仕事じゃないか」と私の意見を評した。確かに、それはそうかもしれない。

 私もつられて笑ってしまった。

 大君と流星さんとの出会いも衝撃だったけれど、やっぱり、一番の衝撃はネルちゃんとの出会いだ。私の信じていた常識は破壊され、新たな視点で再編された。


「流星さんは趣味ってないんですか?」

「趣味……。僕も仕事ばかりだからな」

「じゃあ、時間があったら何します?」

「何もしない」


 分かる。本当によく分かる。

 無気力と呼ばれようとも、休養とは秩序を放棄して無になることだと思っている。ただぼんやりとするだけ。


「流星さん、仕事しすぎなんじゃないですか?」

「そうかもね」


 その感じは自覚はあるけど直す気はない、ってやつですね。

 流星さんが抜けて上手く仕事が回るとは思えないが、それでも働きすぎだと思う。大君がいるから他の機構員を入れたくないのかもしれないが、やはり、一人で抱え込んでいる今はどこかで転んでしまいそうで心配だ。

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