第46話 事件の手がかり
とぼとぼと一人で湖に戻れば、そこは静寂に包まれていた。
古びたベンチには美しい青年。長い足を組み上げ、遠くを見つめる姿は人魚に引けを取らない神秘さがある。本当に麗しい人だ。同じ人間だとは思えない。
「戻りました」
「おかえり。アロマナに捕まってたんだってね」
「ええ、流星さんと同じことを言ってましたよ」
流星さんは鼻で笑うだけだった。何の話かは伝わっているようだ。
シア君はネルちゃんと海の底に帰ったのだろうし、私たちだけでここに居座る理由はない。このまま帰路に就くのかと思いきや、彼はぽんぽんと自分の隣を叩いた。促されるままに腰を下ろせば、流星さんは「話を整理しよう」と静かに言葉を紡いだ。
「シア君から有益な情報は聞けたんですか?」
「今までに誘拐に遭った人魚とシアの共通点がある」
「なんです?」
「子供」
……子供の人魚ばかりが、誘拐されている?
人魚の誘拐事件についての資料は見せてもらえていないが、流星さんがそう断言するならそうなのだろう。しかし、被害者が誰であれ誘拐は忌むべき犯罪であるが、相手が子供だと聞くと一層に凶悪に思える。
今日、陸地に上がっていたシア君を見て実感したが、人魚はちょっとでも海から上がってしまうととてもか弱い生き物だ。歩けないこいうことは逃げることができないこと。もし、私が誘拐犯だったとして、今日のような状況だったら彼は格好の餌食だった。
「君ももう知っているだろうけど、人魚は人間のいる陸地に近寄りたがらない。同族だけの閉鎖的なコミュニティをよしとしているからね」
流星さんは淡々と先を続ける。
「それに加え、ネルをはじめ機構員から誘拐事件の注意喚起がある。ここみたいな安全の確保された孤島ならともかく、そうそう海岸へ寄ってくる人魚がいるとは思えない」
「……そうですね」
「度胸試しにしたって、誘拐が多発していることは頭にあるはず。無防備に顔を出したりはしないだろう」
その意見には賛成だ。
誘拐事件が起こっていると分かったうえで迂闊な行動はとらないと思う。多発しているとなればなおのこと。誘拐の対象になっている子供たち以上に周囲が気を配るはずだ。ネルちゃんがいい例である。
「つまり、手引きしている人魚がいるとしか思えない」
「……」
「紫峰もそう考えていただろ?」
私はぎこちなく頷いた。
信じたくはないが、シア君の置かれていた状況や彼の口振りからは誰かの影が感じられる。どんな意図があってそんな行動をとっているのか分からないが、やっていることは犯罪である。どうしたって止めなければ。
「結局、シア君は誰と海岸に来たんですか?」
「――確証がられたら教えるよ。今はここまで」
流星さんの声は冷ややかだった。遠くを見る目は冷たく光っていて、感情が見えにくい。怒っているのか、軽蔑しているのか。私には想像するしかできない。
ぱったりと口を閉ざした流星さんに、私は真実を問いただすことをしなかった。話してくれないのは私に信用がないからか、とがっかりした気持ちは少しだけあった。けれど、よくよく考えなくても私に知らせるメリットはない。名前を聞いたところで、その人魚のことを私は知らないし、何ができるわけでもないのだから。
「この話はここだけの話にしておいて」
「ここだけって……」
「大河にも三鷹にも、勿論、ネルにも黙ってて」
「ネルちゃんにもですか?」
「誰からどう話が漏れるか分からない」
それはそうかもしれないが。せめて、同じ人魚であるネルちゃんには伝えてもいいのでは。
私の心の声が聞こえたのか、流星さんは否定を濃くするために首を横に振って見せた。
流星さんがどれだけ思慮深いかは知っているつもりだ。大君ならば思いつきでものを言っていないか、と確認してしまうところだが、こと彼に限って気まぐれのかん口令ということはないだろう。沈黙を守ろうと言うのなら従うしかない。
「そういえば、ネルちゃんってまだ若いですけど、地区管理担当なんですか? 未遂とはいえ事件なのに他の人魚側の機構員は出てきませんよね?」
「いや、あの子はあくまで僕との連絡係。美湊に住む人魚の仲間内でもっと上の立場の機構員もいるよ。末席に嫌な仕事が押し付けられるのはあることだろ」
「……連絡係って嫌な仕事なんですか」
「人魚は人間に限らず、他の種族の前に顔を出したがらないからね」
人魚の種族の特性は多少学んだ。
生活区域は当然、海。人魚は注意深く、警戒心が強いため、海面に顔を出すことがあっても、陸から離れた大海や無人島などの人気のない場所を選ぶ。人間だけでなく、他の異人とも関わることも避けていて、同種族だけの閉鎖的なコミュニティを作る。
私が最初に抱いた感想は、密やかな神秘。
しかし、私の傍にある実例がネルちゃんであるがゆえに、あまり閉鎖的だとか排他的だという面はしっくりこない。
「ネルも大河って理由がなきゃ、引き受けなかったと思うよ」
「そんなもんですか」
「少なくとも、僕だけじゃ対面の報告は叶ってない。僕は人魚たちからは嫌われてるから」
「……」
しれっと言っているけれど、流星さんはそんなふうに思われて嫌だったりしないのだろうか。
仕事だからと言ってしまえばそこまでだが、流星さんは人魚のために中々骨を折っている。どれだけ人魚が他の種族と慣れ合わない生き物だったとしても、流星さんが分かりにくい性格をしていることを差し引いても、彼にだけは心を開いたっていいと思う。
しかし、私の主観的な意見を口にしたところで、バッサリと切られるのがオチだろう。横目で隣を盗み見れば、何を考えているか分からない綺麗な横顔があるだけだった。




