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人型異生物保護管理機構のお仕事  作者: 真名瀬こゆ


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第44話 人魚と恋

 私はどんな人を好きになるだろう。いや、それよりも、私を好きになってくれる人はどんな人だろう。

 積極的に誰かを好きになるよりも、私を好きになってくれた人と付き合う方が上手くいきそうな気がする。逃げだろうか。いや、でも――。

 悶々としていると、小さな声がぼそぼそと何かを告げた。ここに声を発する存在はネルちゃんしかいない。何か言っただろうか、と視線だけで聞き返せば、長いまつげを伏せたネルちゃんがかたちのいい唇を動かす。


「大河ちゃんは?」

「へ?」


 何が、と聞き返さなかっただけ自分を褒めたい。

 まず思ったのは、大君がどうかしたのか。次に、まさか大君が私の好みに当てはまるんじゃないか聞いてるのという驚愕。大君は普通の枠には収まらないよという主張、大君はいい友人であるけれどそれだけだという確信。

 私はぶんぶんと首がちぎれるほどに何度も横に振った。


「…………、でも、大河ちゃんは灯ちゃんのこと大好きよォ」


 ネルちゃんの表情はどれかといえば寂しそうな笑顔なのだが、寄った眉は困ったようであるし、瞳に浮かんでいるのは涙でしかない。思いつめている。絶対に余計な心配してる、と胸中で自分の声が響き渡った。

 大君とネルちゃんが相思相愛らしいことは勝手に察していたけれど、彼の反応を見て、改めて本当に相思相愛なのだと確信した。素敵だ――、自分のことじゃなければ、こんなに眩く感じられるのに。


「大君が私を恋人にしようと思ってるなら勘違いだよ。あれは、そう、友達が取られて寂しくなっちゃう思春期絶頂の女子中学生の態度だから」


 私が茶化したように答えれば、ネルちゃんも「あらあら」といつものような調子で返してくれた。それでも霧は晴れきらないようで、こちらを向く紫水晶は不安で曇っている。

 ネルちゃんと大君の付き合いも短くはなさそうであるし、大君のトンデモ感は察しているだろう。人となりを知っているからこそ、乙女心はぐらぐらと揺れてしまうものなのか、大君の気が多いところが気にかかっているのか。

 私の否定を聞いても、ネルちゃんの表情は変わらずのままだった。


「……ネルちゃんって大君のどんなところが好きなの?」


 大君からは聞いて飽きるほど聞かされているが、ネルちゃんには聞いたことがない。そもそも、ネルちゃんが大君のことを好きかも聞いたことがない。

 ネルちゃんは白い指で波と砂を混ぜながら、「そうねェ」と呟く。その横顔はさっき綺麗だと思った横顔よりも何倍も綺麗で、心から愛おしく思えた。

 恋する友人はとても可愛くて、自分の心に素直でいて、――少しだけ羨ましくなる。


「一番は放っておけないところかしら。大河ちゃんって見た目の割に可愛くて天然でしょ? 社会に対して初心っていうか」


 分かる。しかし、年下の人魚から見てもその評価なんだな。


「あとはね、裏表がないところ。アタシのこと好きなんだなって、全部から伝わってくるの。目も声も心も全部」


 それも分かる。大君は心底、ネルちゃんを愛している。


「自意識過剰かしらァ」

「絶対にそれはない」

「ふふ、人魚が陸に恋するなんて夢物語だけどねェ」

「そんなことないよ」


 大君のことを大事に口にするネルちゃんは、ネルちゃんのことが好きだと語る大君とそっくりで、そんな二人を想うとなぜか涙が出てきた。

 ネルちゃんも人間と人魚じゃ別種だから上手くいかないって思ってるのかな。

 ネルちゃんの横顔から大海原へと視線を向ければ、遮るものがない水の世界が目に映った。月並みだが、自分なんてちっぽけな存在なのだと思い知らされる。二人の恋路の障害もそうであればいい。この広い世界では取るに足らないことであれ。


 私の思考をぶち壊すように、脳裏に現れたイマジナリー流星さんが「君の感覚は浅はかでおかしいの。刹那主義が無責任を言うな」と酷評を叩きつけてきた。言いそう。いや、すでに言われたことあったかも。


 でもやっぱり、二人が幸せならそれでいいと思う。大君の相手がどんな人か分からないときにもそう思っていた。そして、今、相手がネルちゃんだと知ったうえで、余計にその気持ちは強くなっている。


「夢物語だなんて、私はそんなふうには思わない」


 クルーザーの上で流星さんに返事をできなかったが、やはり私の答えはあの日と変わらない。

 二人の恋は二人のものだ。

 ずっと海を眺めていた私の頬が、暖かな何かに押される。押されている側へ首をひねれば、もっと強く頬に何かが沈んでいった。ネルちゃんの人差し指である。なんで。

 ネルちゃんは私の頬をとんとんと人差し指の腹で叩く。それから、熱の籠った息をゆっくりと吐きだした。


「灯ちゃんのこと好きになっちゃうの分かるわァ」


 下から見上げられるようにして向けられた瞳。甘ったるい視線が向けられて、美の暴力から逃げるように背中が反り返った。どうにか作り出した距離が、すぐに詰められて消失する。

 見たことのない表情。なんで、そんな男の人みたいな顔しているの。仕草一つとっても十八歳とは思えないほど艶っぽくて、瞬きが勝手に止まっていた。


「灯ちゃん」


 心臓から奇怪な音がする。やばい。これはやばいタイプのドキドキだ。私が人生であんまり経験してこなかったやつ。脳が誤作動している。相手は性別が男だとしても友達だぞ、紫峰灯。さらには友達の好きな人でもあるんだぞ。

 未だに近づいてくるネルちゃんが緩く首を傾ける。照れと緊張に耐え切れなくて自然と目を逸らした。逸らした先に見たのは唇。短絡的な頭がキスされるかもと騒ぎだして、慌てて否定を言い聞かせる。頭の中が騒がしい。


「――、アタシ、灯ちゃんのこと好きよ」


 ごくり、と喉が大きく鳴ってしまい、いよいよ羞恥で爆発したくなる。

 煌めく瞳に吸い込まれそうだった。なんとなくで理解していた現象を実際に体感する。こういうことかと思った。誰も彼もを虜にしてしまいそうな魅惑。

 ネルちゃんの目が糸のように細められる。美しい弧の隙間からこちらを見つめる視線にあるのは――。


「灯ちゃん?」

「……」

「ふふ、顔真っ赤。ドキドキしちゃった?」

「……う、うるさい」


 からかわれている。素直にときめいた自分が恥ずかしい。耐性がないにしたって、ちょろすぎないか私の恋に関する神経。

 両手で顔を隠して俯いたところでこの場から消えられるわけでもない。ネルちゃんはくすくすと笑声をこぼしながら未だに頬をつついてくる。やめて。

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