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人型異生物保護管理機構のお仕事  作者: 真名瀬こゆ


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第42話 真実への道は

 雑談もそこそこに人間と人魚で分かれて腰を下ろした。ベンチに私と流星さん、湖の中に積まれた岩にネルちゃんとシア君。雑談をする距離感としては遠いけれど、雑音を立てるものがないこの島では特に不便があるものではなかった。目線の高さも一緒だし。

 ここに来るまでの水路と同じく、この湖も人工物のようだ。限りなく自然物に見得るけれど、身も蓋もないことを言えば海水の溜まったプールである。


「時系列を整理しよう」


 流星さんの高らかな声が響く。事情聴取の始まり。

 私の仕事はこれから始まる会話をレコーダーで録音することと、流星さんが暴力に訴えようとしたときのストッパーだ。あとは空気が膠着した時の緩和剤――、これはクルーザーの上で流星さんに頼まれたことで、流星さんは自他ともに認めるほど人魚人気が低いらしい。無人島に一人で行かない理由のすべてがこれだと言っていた。


「アタシがシアがいないってご両親から通報を受けたのが朝の七時過ぎよォ。起こしに行ったら部屋にいなかったって」

「ご両親に発見報告はしてるんだろう?」

「もちろん。ここに来る前に一度、海に戻ったもの」

「で、君は何時にどうして家を出た?」


 シア君の肩がぴゃっと跳ねる。一緒に揺れた尾びれが水面を叩いて波紋が出来上がった。分かりやすくびくついている。

 私はカウンセラーでも調査官でもない。しかし、私の心にはいつだって敏腕刑事のヤスさんがいらっしゃる。心の中のヤスさんはシア君の反応を見て、にたりと口元を歪めた。

 素人目の私にも分かる。どう見ても後ろめたいことのある反応だ。


「……お、覚えてない」

「じゃあ、最後に覚えていることは?」


 流星さんの質問は端的で最もなのだが、いかんせん相手が七歳児だという前提が抜け落ちている気がする。私の目から見ればいつも通りだし、彼に怒っているつもりはないのだろうが、私がシア君だったらこの魔王はどこの地獄からやってきたのだろうかと思うところだ。声色は刺々しいし、視線は鋭いし、にこりともしないし。


「昨日、の夜、は……、いつも通りに、寝た……」


 やばい、これは早々に泣いてしまうのでは。


「流星ちゃん、もうちょっと優しく聞いてあげて」

「優しくすれば知らないで押し通すだろ」


 うわ、怖え。

 こんな血も涙もないことを言う奴の顔はどんなだろう、と横目に隣を窺ったのは反射的な行動だった。想像した通りの美丈夫が、無表情のまま冷たい目で人魚をねめつけている。

 いつもの外面で対応すればいいだけのような気もするのだが、流星さんはつんけんとした様子を崩さない。人魚に嫌われている、というより、流星さんが人魚を嫌いなのではと思ってしまう。

 こほん、私はわざとらしく咳き込んでみせた。


「シア君、今日、私と入り江で会ったよね。お昼前に」

「……うん」

「あのとき、起きたらここにいたって言ってたけど、自分で入り江に来たんじゃないんだよね?」

「そう」


 私はベンチから立ち上がり、その辺に落ちていた木の棒を掴むと、地面にがりがりと大きな間を持たせた縦線を二本引いた。一本目が七時、二本目が十一時だ。


「私と会うまで、あの入り江にどれくらい一人で居たか分かる?」

「ちょっとだけ。起きたら知らない場所で、すぐにお姉ちゃんが来た」


 十一時の上にマルとバツを書く。マルがシア君の意識が戻った時間。バツが私が入り江に訪れた時間。


「どこかで二度寝して、入り江に流されちゃったのかもね。海岸の傍で休憩したりしなかった?」

「してない」

「ほんとにー?」

「ほんとだよ!」

「遊びに来たって言ってたけど、本当はどこに行きたかったの?」

「秘密の――」


 ばっと、シア君は小さな両手で自分の口を塞いだ。ぱたぱたと青い尾ひれを揺らしながら、口をもごもごとさせている。駄目か。

 少年が何かを隠しているのは一目瞭然であるが、本人は上手く隠せたと思っているらしい。流星さんの視線は氷点下を突き抜け、ネルちゃんも厳しい表情で耳を傾けている。

 こんなに自然豊かな環境なのに、空気が全然おいしくない。吸えば吸うほど肺が重くなっていきそうだ。


「でも、僕、一人で海岸に近寄ってないよ」


 これなんだよなあ。わざわざ一人とつけているが、じゃあ誰と来たのかなって。


「――紫峰、ネル。シアと二人にしてくれ」


 流星さんの依頼に、私とネルちゃんははっとして見つめ合ってしまった。ふるふると小さく首を横に振るネルちゃんの気持ちが手に取るように分かる。私も無理だと思う。


「あの、流星さん」

「君の言いたいことは分かるよ」


 それこそ、シア君に軽口を叩いたようにほんとにー? と尋ねてしまいたいくらいに信用がない。いや、絶対に言えないけど。

 本当に心底から流星さんを疑っていた私は、微塵の忖度もせずに「大君に接するくらい優しくしてください。できないのは分かってます。でも、気持ちはそれくらいじゃないと会話が成立しませんよ」と明け透けな苦言を呈していた。図太くなったものである。


「ご忠告、痛み入るよ」


 口では殊勝なことを言っているけれど、態度はまったくの逆だ。何なら、さっさとこの場から離れろと言わんばかりの圧が感じられる。

 流星さんとシア君を二人で残すのは不安しかない、と猜疑心に満ちた目をしていた私の耳に「シア。ちゃあんと、流星ちゃんの質問に答えるのよ」と言って聞かせるネルちゃんの声が聞こえてきて驚愕した。

 さっきまで意見が一致していたはずのネルちゃんは、きりりとした目つきでシア君を見据えている。この数分でどんな心変わりがあったというのだろう。


 困惑のままに人魚二人を見詰めていると、ふっと息をついた流星さんは「悪いようにはしない。するつもりなら、君をここに連れてきたりしてない」と肩をすくめた。それはそうかもしれないけれども。

 現実、シア君が途中から一言も口を開いていない。気がかりでしかない。


「レコーダーはもう止めていい」

「はい」

「終わったら携帯を鳴らすから、島の反対くらいまで離れてて」

「……、本当に大丈夫ですか?」

「しつこい」


 最後の最後まで後ろ髪を引かれていた私の背を押したのはネルちゃんの一声だった。岩場から水面に飛び込み、こちらに近寄ってきた彼は「流星ちゃんの仕事だから」とシア君にしていたような口調で私に退席を促した。


「分かった」


 渋々の返事はなかなか消えない残響とともに音になった。

 本音を言わせていただければ、心配でしかない。ただ、シア君がどう受け取るかは分からないが、流星さんに彼を傷つける意図はないのは分かっている。

 何度も後ろを振り返りながら、私はのろのろと湖から離れて森の中に身を沈めた。水路を通って隣を泳いでいたネルちゃんは「アタシは駄目ね」と深いため息をつく。


「みんなを守るために必要なことなのに、シアに流星ちゃんの相手をさせるのは可哀想なんて思っちゃって」

「……、私はそれが駄目なことだと思わないけど」


 流星さんは悪い人じゃない。粗暴なところはあれど、世話焼きで心配りのできる人だ。ただ、彼のその柔らかい部分を知るには時間がかかる。いいところを知ったうえで言わせてもらうけれど、流星さんに子供の相手は向いていない。

 ネルちゃんは困ったように笑うばかりで、それ以上、湖での事情聴取について言及することはなかった。


「灯ちゃん、こっち。せっかくだから、島を案内するわァ」


 ネルちゃんは本当によくできた子だと思う。私なんかよりよっぽど話の続きが気になるはずなのに。

 シア君のあの口振りでは、海岸近くに誰かと来ていたのは間違いないと思う。そして、その誰かは人間ではなく、人魚のはずだ。

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