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人型異生物保護管理機構のお仕事  作者: 真名瀬こゆ


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第41話 人魚に出会える島

 桟橋に寄せられた小型クルーザーは、私たちを島に降ろしてそのまま来た道を帰っていった。島に置いてきぼりなのか、と訴えたが、この島に人がいるのを傍目から分からないようにしたいから、と相手にされなかった。

 美湊海洋生物研究所から船で片道十五分。泳いでは帰れない。ちょっとだけ不安だ。


 無人島ではあるが、人の手が入っていないということではないらしい。

 草木に覆われた中に一本道が敷かれている。たまに分かれ道があるが、分岐の先は不自然に存在する水辺に繋がっていて、人魚と会うための場所なのだというのが一目で分かった。


「変わった形の島ですね……?」

「そもそも、人魚のために整備された島だからね。僕らからしたら対面用の場所でしかないけど、人魚からしたら安全に海上に顔を出せる場所。その辺の水場から不意に人魚が出てくるから驚かないように」


 いや、そんなしれっと言われても。

 その辺から人魚が飛び出してくるんですか。魚が跳ねるだけでも驚く自信あるのに。

 流星さんは島の中心に向かってどんどん進んでいく。私はその背中を追いながら、きょろきょろと周りを見渡していた。物珍しい。道沿いに川が流れているが、正確には川でなく水路なのだろう。流れは緩やかだが、随分深そうである。自然物ではなく人工物。

 小さな魚影群に目を取られていると、ばしゃりと一際大きな水音が進行方向から聞こえた。視界に影がかかる。次いで、耀く翡翠の鱗が目に入った。


「ネルちゃ――ぐわっ!?」


 水路から現れたネルちゃんは声も上げずに私へと飛びかかってきた。いきなりの衝撃に耐えられるわけもなく、押し倒されるままに背中を地面に強打する。激痛。瞬間的に息が詰まる。

 目を開ければ至近距離に天使のお顔があった。端正、可憐、優美、綺麗。瞳の紫水晶は本物の宝石よりも美しい。


「ネルちゃん、重い」

「やだ、酷ぉい」


 下半身に乗っている魚の身体の感触が不思議だ。ぬるりと動いてくすぐったい。着替えたばかりのジャージがまた濡れてしまう。

 どかそうと肩を押しやってもびくともしなかった。華奢なくせに。逆に手を取られ、指を絡めるようにして地面に押しつけられた。


「さっきはありがとう」

「ううん。ネルちゃんは大丈夫? 落ち着いた?」

「ええ。灯ちゃんのおかげよォ」


 それはよかったけれど、この体勢のまま話続けるのはやめて欲しい。不整脈が起きそう。

 この角度から顔を見るのは初めてだけれど、改めて見ても言葉に表せないほど美しい。まじまじとその美貌を見ていれば、鈍い衝突音――ネルちゃんの顔が消え、身体にのしかかっていた重みも消えた。直後、どぼんという水没の音が響く。

 ちょっと首を持ち上げれば、片足を上げた流星さんが見え、起こったであろう事象を理解した。それから、ただただ引いた。この人は、なんて暴力的なのだろうか。


「紫峰」


 差し出された手を取れば、力任せに引き上げられる。見目に反して力があまりにも強く、立ち上がると同時に肩の関節が駄目になったと錯覚した。すぽん、と抜けてしまったかと思った……、無事だった……。

 ぱちゃちゃ、と静かな音とともに顔だけを覗かせたネルちゃんは、頬を膨らませて「流星ちゃん酷いわァ」と不満を漏らした。それで済ませるネルちゃんもネルちゃんだが、無言で蹴り飛ばす流星さんも流星さんである。


「紫峰に何着ジャージを買わせるつもり?」


 それはごもっとも。しかも、私の自腹じゃなくて、研究室の経費だし。


「こんな道端じゃなくて湖で話すから。先に行っていて」

「はァい」


 ネルちゃんはつんと唇を尖らせながらも、素直に返事をして水中に消えていった。

 入り江ではぼろ泣きだったから心配していたが、ちょっとは元気になったようでよかった。


「紫峰はやっぱりネルに甘いよ」

「流星さんが厳しすぎるんですよ」

「ネルがちゃんとしてるなら、僕だってああはしない」

「……本当ですか?」


 雑談しながらも再び歩き始めると、視界がだんだんと開けていくのが分かる。木の本数が減っているのだ。その隙間から見える透き通った青に心が跳ねる。全景が見えなくても察しがつく、あれは絶景だ。

 感嘆の声は自然に漏れていた。

 緑に囲まれた湖。青の色は空や海よりも絵の具の原色の青に近い。底に引きずり込まれそうなぞっとする青。

 湖の畔には人魚が二人。翠と碧。こんなの絵画だ、現実なわけがない。


「灯ちゃん! 流星ちゃん!」


 ネルちゃんはこちらに大きく手を振ってくれる。私は目に入ってくる情報量に圧され、軽く手をあげることしかできなかった。

 人魚と会話するために作られたものなのだろうか、水際には古びたベンチが設置されている。そこに辿り着くなり、流星さんは長い足を組んで座った。「じゃあ、話を聞かせてもらおうか」と挨拶もなく本題を切り出す。

 ネルちゃんと流星さんが話始めたところで、私はもう一人の人魚の前にしゃがみこんだ。


「こんにちは」

「さっきのお姉ちゃん……」

「ネルちゃんの友達で紫峰灯です。よろしくね」

「僕はシア」

「シア君、さっきは驚かせてごめんね」

「ううん。大丈夫」


 ネルちゃん以上に号泣だったシア君の目元は、少しだけ腫れぼったくなっている。痛そう。でも、ただの迷子で済んで本当によかった。

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