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人型異生物保護管理機構のお仕事  作者: 真名瀬こゆ


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第37話 迷子の少年

 今日から夏休み。今年は一週間丸々のお休みだ。嬉しい。こんなに休んだら、復帰したくなくなる。

 久しぶりに友達と遊びに行きたいし、一人でだらだらと買い物に出かけたい。実家には帰らないし、地元にも近寄らないけれど、お兄ちゃんとお姉ちゃんには会いたい。完璧。


「紫峰、今送ったやつ、印刷してファイリングしてくれる?」

「分かりました。ファイルはいつものでいいですか?」

「ああ」


 本業としては夏休みであるが、副業としては出勤である。休日出勤。

 こっちの仕事も本来は休みの予定だったのだが、どうしてもと頼まれて出てきた。一日くらいなんてことないし、ネルちゃんにも会いたかったので私に不都合はない。


「ごめんね。夏期休暇なのに仕事させて」

「いえ、毎日予定がある訳じゃないので問題ないです」


 それよりも、あなたの夏休みはいつですかと聞いてみたいが、世にも恐ろしい返事が聞けそうなので実行には移していない。

 流星さんは冷たくて素っ気ない言動が多いが、基本的には優しい人だ。悪魔みたいな所業をすることもあるにはあるのだが、それは大君絡みだけ。

 作った笑顔を浮かべていることが多いが、素では表情の変化に乏しく無表情。怒ってるように見えて何も考えていなかったりする。そうしていると、造形の美も相まって作り物のように見えることが多々あった。

 今だって机に向っているだけなのに色気が止まるところを知らない。私も年を重ねれば、あんな雰囲気を出せるのだろうか。……いや、無理だな。

 上半期のレポートをしまい込んだファイルを流星さんの元に持っていけば、緩く笑って小さくお礼を言われる。


「紫峰、悪いんだけど入り江に行ってもらってもいい?」

「……構いませんけど、何かあるんですか?」

「三鷹のおかげであそこに人が近寄るってことが分かったからね。定期的に巡回しようと思って」


 巡回するのは賛成だ。ネルちゃんはしばらくあの場所を使うことはないだろうが、人魚以前にあの場所は流星さんの研究用ビオトープでもある。人の出入りがあるなら把握しておいて損はないと思う。


「それ着て行って」

「……白衣?」

「一目で研究所のスタッフだって分かるでしょう」


 なるほど、口で説明するより分かりやすい。ハンガーにかけられた白衣には私の名札がつけられていた。機構用のスマホといい、週一の手伝いの割には着実に環境が整えられている。


「何かあったらすぐに報告」

「はい」


 入り江への道は慣れたものだ。歩きにくいと思っていた岩場も靴さえ間違えなければどうってことない。

 燦燦とした太陽、今日も天気がいい、風も穏やかだし、行楽日和――、でも、ここには誰もいない。人がいない静けさが自然の雄大さを訴えかけてくる。人間一人ちっぽけな存在で、この広大な海には人魚の他にも世間に知られていない生き物がもっといるんだぞ、と。

 夏休みに海にいる、という今だけを切り取るなら、休日としては大変に充実したものだと思う。下手すると寝て一日終わることもあるし、太陽の下にいるだけ健康的だ。


 薄暗い洞窟に入れば、反響する波の音が聞こえてくる。うーん、涼やかな夏。この薄暗さに嫌な緊張をしていたのも懐かしい。

 閉ざされた入り江に足を踏み入れた瞬間、私は目にした光景に飛び上がった。


「えわっ!?」

「――っ!?」


 ――入り江に少年。

 散歩気分も一瞬にして吹っ飛ぶ。巡回と言いつつ、誰もいないと思っていた私は盛大に悲鳴を上げていた。驚きに寿命が縮んだ気がする。心臓を押さえれば、鼓動が暴れていた。研究所に来るようになってからこういうのが多すぎる。

 私の驚きの騒音にこちらを振り返った少年は、ぱちぱちと大きな目でこちらを見上げた。

 真っ白の髪、焼けた小麦色の肌、海を彷彿とさせる青い目、空を映したような青い鱗。


「人魚――」


 人魚の少年。


「かっ、可愛い……!」

「ひっ――」


 衝撃に心の声を叫んだところ、がっつり怯えられた。やばい。これじゃあ変質者じゃないか。


「お、お姉さん、誰?」


 少年は波打ち際から随分と陸に上がったところに座っていた。多少の渇きは問題ないらしいが、できるだけ水に触れているのが望ましいのに何でそんなところに。

 私が変質者だったら、彼が海に逃げる前に捕まえてしまうよ。


「こんにちは、ええと、私、ネルちゃんのお友達なんだけど」

「ネルくんの?」


 どうしよう。共通の知り合いを話に出すという常套句を用いてみたが、変質者の度合いが上がった気がする。

 しかも、彼の警戒心がちょっとだけ緩んだのが分かってしまい、余計に罪悪感に苛まれる。無垢な子供たちはこうやって汚い大人に騙されてしまうのかもしれない。最悪だ。

 とりあえず、流星さんに電話。いや、でも、その前に彼を海水につけるのが先か。いつぞやの三鷹さんのように突然に人が現れたとき、今のままでは間違いなく見つかってしまう。

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