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人型異生物保護管理機構のお仕事  作者: 真名瀬こゆ


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第29話 分かり切った答え合わせ

 まずい、と横目で海を見ればネルちゃんの姿は消えていた。いつの間に――、だが、一安心である。

 異保管としては、目撃者を対処する以前に目撃者を作らないことに尽力すべしとされている。浅い知識しかない私でも分かる原則だ。


「もしかして、お邪魔してしまいましたか?」


 三鷹さんは眉尻を下げて首を傾げた。その困った顔は会議室でも見た気がする。ノックしないで入ってきたときの表情。多分、私もあの時と同じ顔をしている。いや、今の方が血の気の引きが増しているかもしれない。

 お邪魔、とは――。私は三鷹さんの見る視線の先を辿った。砂浜に座るイケメンが一人。


「いえ、彼は仕事仲間ですので」


 こんな僻地の隔離された入り江に男女がいたとして、まずは逢引きを疑うのは当然の流れかもしれない。


「同じ会社の方ですか?」

「私の副業の方の同僚です」

「そうなんですか! よかった、彼氏じゃないんですね!」


 明らかにほっとしました、という表情で胸をなでおろす三鷹さんに、私は苦虫を噛み潰したような気持ちになってしまう。好意を抱いていただけるのは有難いが、光栄である以上に申し訳ないという感情が勝る。

 私にはそんな価値はないのだ。どうか考え直して欲しい。


「あの、三鷹さんはどうしてここに?」

「俺、会社から近いのでこの辺に住んでるんです」

「そうなんですか」

「休みの日に海岸沿いを走ったりしていて」


 自然に囲まれた道を走るなんて、随分と健康的な趣味だ。その点は見習いたい。


「そしたら、紫峰さんに似た人が岩場を走っていたので、何度も転んでいて、怪我していないか心配でたまらず追いかけちゃいました」


 追いかけないで欲しかった。

 これでネルちゃんが見られてしまっていたら、すべて私のせいじゃないか。きりきりとお腹が痛み、ぎりぎりと心臓が締めつけられる。不安と緊張に冷や汗が流れた。夏なのに寒い。灰が膨らまずに浅い呼吸を繰り返した。息を吸うほどに苦しくなる。


「すごいですね、ここ。秘密の場所って感じで――」

「灯、戻ろう」


 はしゃいでいる三鷹さんの感想を大君の声が食い潰す。

 いつの間にか、隣に並んでいた大君が私に聞こえるだけの声量で「大丈夫か?」と尋ね、そっと背中に手を添えてくれた。その温かさに少しだけ安心する。


「え、あ、ああ。うん」


 私がてんぱっているのが見ただけで分かったのだろう。いつもとは逆、私を気遣うようにして半身を乗り出した大君が、三鷹さんとの壁になってくれた。


「あんたも出てくんね。ここ、そこにある海洋生物研究所のビオトープなんだ」

「わっ、そうなんですか!? 俺、知らずに入ってきてしまって」

「看板も出てねえし、それはしょうがない」


 大君がこんなに頼もしく見えたことはない。

 三鷹さんを押し出すように外へ向かう大君に手を引かれ、私はようやく息ができるようになってきた。心臓の奥が鈍い痛みを訴え続けているけれど、歩けないほどの痛みではない。

 洞窟から出て、潮風に吹かれる。ウミネコの声、波の音。ああ、本当に何事もなくてよかった。


「俺、お騒がせしちゃって……。すみませんでした」

「そんなこと」


 しょぼん、と肩を落とした三鷹さんは子犬のようだった。

 こちらが悪いことをしたような気分になってしまう。いや、誰も悪いことはしていないんだけれど。

 三鷹さんは無理矢理に作ったような笑顔を作ると「連絡、くださいね」と言って、走り去っていってしまった。あの人はいつでも嵐のようだな。


「……あの人、灯のこと好きなの?」

「知らないよ」


 これ以上、私の心に負荷をかけないで欲しい。


「手、めっちゃ冷たいけど大丈夫か?」


 大君は繋がった手を持ち上げ、ぐっと力強く握った。大君の手は温かい。安心を求めて握り返せば、大君は「灯?」と心配そうに顔を覗き込んでくる。


「ごめんね、ありがとう。もう大丈夫」

「おう」


 大君の手を離した瞬間、私の頭に冷静が降臨した。

 現れたのはなぜか走馬灯から続投のヤスさんで、彼は「潮木流星に電話だ!」とまるで犯人を言い当てるかのようなテンションで叫んだ。

 そうだ、電話!

 慌てて携帯を手にし、流星さんへと電話をかける。スリーコールも待たずに「はい、潮木」と静かに対応された。


「流星さん! ネルちゃん、入り江に大君と一緒にいました」


 無事でしたよ、と続けようとしたが、電話の向こうで呆れた吐息が聞こえ、思わず言葉を噤んでしまう。


「ほらね、紫峰。これが優しくできない理由だ」


 今、そんなこと言わなくたって。

 流星さんは、ネルちゃんが大君と入り江にいるのを知っていたのだろう。それならば、なんで研究所で言ってくれなかったんだ。


「身をもって体感したでしょう。ネルを無意味に甘やかさないように」


 エスパーか。私の心はお見通しか。

 今度はくすくすと楽しそうに笑い声を押し殺しているのが聞こえてくる。手のひらで踊らせてそんなに楽しかったですか、そうですか。

 しかし、今はそれに噛みつくよりも大事なことがある。


「流星さん、この入り江って人が近寄るんですか?」


 あんなに不用意に人が近寄るのであれば、入り江の管理を考えなければならないだろう。元々、流星さんはネルちゃんが入り江に顔を出すのをよしとはしていなかったが、大君とどうこう以前に、人魚として駄目な気がする。


「いいや。僕の研究に使っているビオトープってことになっているから、うちの研究員でも近寄らない場所だけど。誰かいたの?」

「ええ。それが私の本業の取引先の人で」

「……そう」


 流星さんは「とりあえず、戻っておいで」と言って電話を切った。

 入り江が使えなくなってしまったら、大君とネルちゃんは悲しむかな。でも、誘拐なんてされた日には後悔してもしきれないし。嫌な考えが終わりなく巡り続ける。気を抜いたら疲れた心臓が飛び出してしまいそうだ。


「ありがとう、灯」

「え?」


 突然のお礼の意味は分からなかったが、私は自然と「どういたしまして」と口に出していた。いや、お礼を言うのはこちらではないか。お返しにはならないけれど、深い反省のままに「ごめんね。私のせいでいろいろと」と頭を下げた。下げずに入られなかった。

 大君は私の謝罪には触れず、私の手を引いて研究所への道を歩き始める。未だ、頭の中は散らかっていた。


 二人で研究室に戻れば、流星さんは出迎えの言葉よりも先に「その怪我どうしたの?」ときゅっと眉間にしわを寄せた。思った反応と違う。説教が始まるかと思っていたのに。素直に急いでいて岩場で何度も転んだことを話せば、少しの沈黙のあとで「応急処置はするけど、痛むようなら病院に行っておいで」とどこからか救急箱を取り出した。


「ほら、座りな」

「え、いや、自分でやります」 

「大河、悪いけど展望室でネルを迎えてやってくれない? すぐ来ると思うから」

「でも……」


 心配そうにこちらを見やる大君に「私は大丈夫だから」と元気をアピールすれば、渋々といった様子で展望室へ続く扉へと消えていく。流星さんと二人で残された研究室の空気は何とも言えない。


「……悪かった」

「……はい?」

「ネルのこと心配して急いだんだろ?」

「あ、あー、いや、私の走り方が下手くそだったと言いますか、流星さんに謝られることでは」

「いや、僕が悪いよ。君なら慌てふためくって分かってたのに」


 あまりに殊勝な態度で謝られては私も強くは言えなかった。確かに最初から入り江にネルちゃんがいると知っていれば、変な急ぎ方はしなかったかもしれない。そもそも、流星さんがそういう言い方をしたのは、私が知った顔でネルちゃんを全肯定したからであって、大君と一緒にいたから遅刻したというのは真実だった。

 私はどっちにも怒っていないし、むしろ、どっちにも謝罪する立場だと思っている。


「入り江で何があったの?」


 手当てをされながら入り江であったことを洗いざらい報告すれば、流星さんは感情の起伏もなく、ほとんど無反応ともいえるくらいで「お疲れさまでした」と労ってくれた。おかしい。人魚が目撃されたかもしれないのに、こんなに淡泊な反応をするなんて絶対におかしい。

 有り余る違和感の中、今日はもう帰っていいからとタクシーを手配してもらって帰路につくことになった。こういう対応をされるのもしっくりこない。

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